懇親会
大会は、予選が進むごとに熱を帯びていった。
注目を集めていたミアは、大きなインパクトを残しながらも初戦で敗退。魔術師かつ女ということで注目されていたエイダは、順調に勝ち上がっていく。
試合会場で歓声が上がり、町の酒場で話が盛り上がる。
安い賃金ながらも仕事を得た難民たちは、騒ぎを起こすこともなくなっていた。アウル公爵の巧みな調整のおかげで、受注を巡る業者からの不満も出ていない。
カミュ公爵だけはずっと不機嫌なままだったが、大会は狙い通りの成果を挙げていると言えた。
滞りなく日程が消化されていく。
そしてついに、本戦に出場する五人の猛者が決定した。その中にはエイダの名前もあった。
その五人と違い、最初から本戦出場が決まっているのが各国の招待選手たちだ。
招待選手は、全部で五人。
東のカサールからは、最強の兵士リスティ。
西のコメリアの森からは、五つある小国を代表して、戦士ターラ。
北西のウロルからは、兵士長サイラス。
開催国であるイルカナからは、もと漆黒の獣の団長で、今はロダン公爵配下の正規兵となったカイル。ロダン公爵が直々に選んだイルカナの代表だ。
そして、特別枠として招待されたエム商会のミナセ。国民からの注目度と期待度は、全選手中でダントツだ。
いずれも確かな実力を有する強者たち。
その五人が、本戦開始二日前の夜、王宮の敷地内にある迎賓館に集まっていた。
「国を代表する戦士の皆さん、この度は本当によく来てくださった」
イルカナの国王が、杯を片手に挨拶をしている。
王の脇には完全武装の四人の兵士が控え、斜め前にはロダン公爵が睨みを利かせていた。雰囲気は和やかだが、王の警備は万全だ。
「この大会は、国同士の交流を深めると同時に……」
王の話を聞きながら、ミナセはさりげなくほかの選手の様子を観察していた。
右隣には、軍服に身を包み、きちんと前を向いているカイルがいる。傭兵になる前はどこかの国の正規軍にいたと聞いたことがあるが、その軍服姿はとても様になっていた。
新参者のカイルが、古参の兵士たちを抑えて国の代表に選ばれたのだ。反発はあったに違いないが、そんなことはまるで気にしていないかのような堂々とした姿だ。
カイルの向こうでは、髭面の大男が必死に欠伸を噛み殺していた。一生懸命話を聞こうとしているのだが、どうにも眠気が去ってくれないようだ。
コメリアの森代表、戦士ターラ。山賊や魔物から森の住人たちを守る、部族を超えて尊敬されている男だ。
目を閉じたり開いたりしているターラを見て、ミナセがそっと微笑む。
左に目を向ければ、そこには頬のこけた長髪の男がいた。その目は、王を見ているようで見ていない。王の挨拶などどうでもいいと言わんばかりに、興味なさげな顔をしている。
カサール代表、リスティ。
国境を接している東方の軍事国家、キルグ帝国からも一目置かれている、カサール軍最強の兵士だ。
普段のリスティは、物憂げでうつろな目をした、何を考えているのか分からない男だった。しかし、その男がひとたび戦場に立てば、飢えた獣のように獰猛な顔を見せる。戦場で戦う姿は”狂犬”と称され、敵だけでなく、味方からも恐れられていた。
今は、その片鱗さえも見せることなく、気だるそうに前を向いている。
そして、四人目。リスティの向こう側で、王の話を静かに聞いている男がいた。
こいつだったのか
予選会場にいた不思議な男。その男が、そこにいた。
飄々とした表情に、力みのない自然体。普通の人がその姿を見れば、とても戦士などとは思えないだろう。
ウロル代表、兵士長サイラス。
ロダン公爵が最も警戒する人物。マシューに”化け物”と言わしめるほどの傑物。本大会の優勝最有力候補だ。
その横顔は、穏やかでとても落ち着いている。
だが。
私の視線に気付いている
ミナセは感じていた。ミナセが目を向けた瞬間から、サイラスの意識がミナセに向いている。
視線を感じる能力。やはりサイラスも、それを持っていた。
顔には出さずとも、周囲の警戒は怠っていないってことか
ミナセが表情を引き締める。
ミナセが気持ちを、引き締めた。
その瞬間。
「!」
ミナセの目が広がる。
サイラスが、笑った。前を向いたまま、意識をミナセに向けたままで、サイラスが不敵に笑った。
視線を感じる能力は、戦士や兵士、剣士であれば身に付けている者も多かった。しかし”意識を感じる”能力は、非常に特異だ。ヒューリでさえも、その領域には達していない。
それは、ミナセが奥義を修得するために鍛え上げた感覚。気配だけでなく、相手の意識までをも捉える力。
やつは、私の意識を捉えている
ミナセはそう思った。
ミナセはそう、確信した。
視線を前に戻して、ミナセは王の話を聞く。
しかし、その耳に王の話はあまり入ってこなかった。
世の中は広いな
ミナセが笑う。
サイラスに意識を向けたまま、サイラスと同じように、ミナセも笑っていた。
長かった王の話も終わり、ようやく立食形式の懇親会となった。参加者たちが、グラスや皿を手に談笑している。
この会場に、予選通過者たちは呼ばれていない。不公平なようだが、素性の分からない者を王宮に入れることはできなかった。
イルカナの貴族や大会関係者が、招待選手とその随行団をもてなしている。同時に、各国の随行団同士の引き合わせをしていた。
招待選手の滞在先はバラバラだ。
ターラとその一行はロダン公爵邸に。リスティとその一行は、カサールと親交のあるカミュ公爵邸に。サイラスとその一行は、アウル公爵邸にそれぞれ滞在していた。
ゆえに、互いに顔を合わせるのは今日が初めてだ。
あちらこちらで挨拶が交わされていた。あちらこちらで、情報収集と腹のさぐり合いが始まっていた。
面倒なことが苦手なミナセは、懇親会開始と同時に部屋の隅へと逃げようとする。その腕をがっちりと掴んで、ヒューリが言った。
「こらこら。ミナセは大会のヒロインなんだから、ここにいなきゃだめだろ」
「ヒロインなんかじゃ、ない」
文句を言いながら、それでもミナセは渋々その場に留まった。
ヒューリは、ミナセの付き添いとしてこの懇親会に参加している。一国の王が出席するような公式の場を経験しているのは、エム商会ではヒューリだけだ。
「私が近くにいてやるから心配すんなって」
ヒューリの言葉がやけに頼もしい。上流階級出身は伊達ではなかった。
そこに。
「一回戦の相手があんたじゃなくて、ほんとによかったよ」
突然男が声を掛けてきた。振り返ると、そこには両手にグラスを持ったカイルがいた。
「ま、誰と当たっても楽じゃないけどな」
そう言いながら、右手のグラスをミナセに、左手のグラスをヒューリに手渡す。
本戦の対戦表は、この日の朝発表されていた。本戦もトーナメントだ。招待選手のカイルにはシードが与えられていて、二回戦からの出場となる。
「ありがとうございます」
ミナセが、グラスを受け取って礼を言った。
同じくグラスを受け取り、礼を言った後、ヒューリがカイルにいきなり質問をぶつける。
「それにしても、あの漆黒の獣が、何でまた正規軍に入ったんですか?」
傭兵たちの間で大きな話題となっていた出来事。
漆黒の獣が解散。そのほとんどが、イルカナ国軍に編入された。
何色にも染まらぬ自由な意志を表していると言われていた漆黒の装備。
様々な誘いを断り続け、独立した傭兵団として生きてきた彼らが、束縛の強い正規兵になった。
その理由は、ヒューリも非常に興味のあるところだった。
「やっぱ気になるか?」
「気になりますね」
苦笑いのカイルにヒューリが迫る。
やれやれと言った表情で、カイルが答えた。
「ま、簡単に言うと、惚れたってやつだな」
「ロダン公爵にですか?」
「それはもちろんある。だけどな、どっちかって言うと、ロイ様にお仕えしたいっていう気持ちが強いかな」
「ロイ様に?」
ヒューリが驚いた。
まじめな顔で、カイルが続ける。
「セルセタの花の入手作戦の後、ロイ様がな、何度か俺たちを訪ねて来られたんだ。その度に団員たちに声を掛けて、僕は皆さんに助けてもらったって、丁寧にお礼をおっしゃっていた」
「へぇ」
「だがな、ロイ様は、ただ礼を言いに来るだけじゃあなかったんだ。駐屯地の様子や装備の状態、訓練のやり方や団員たちの気持ちなんかを驚くほど観察していた。そして、俺やアランにいろんな質問をしてきた。そりゃあびっくりするくらい、いろんなことを聞かれたよ」
カイルの顔が綻ぶ。
その顔は、とても嬉しそうだ。
「ロイ様は、以前に比べてずいぶん逞しくなられた。だが、成長期に大きな病気を患った影響は大きい。おそらくロイ様は、公爵のような武人にはなれないだろう」
「それは、残念ですね」
「いや、そんなことはないさ」
はっきりと否定して、カイルが続けた。
「あの方はな、おそらく、公爵とは違ったタイプの将になる。自身が先陣を切るようなことはしなくても、兵士たちが喜んであの方に従い、喜んで命を捧げるような将に、間違いなくあの方はなるよ」
カイルは語る。
ロイのことを、とても誇らしげに語った。
「俺は、ロイ様を守りたい。ロイ様が守るこの国を守りたい。なんてことをアランに言ったらな、”いいんじゃないですか”って、あっさり言われた。団員たちに言ったら、”じゃあ俺たちもそうします”って、簡単に言いやがった。で、漆黒の獣は解散となった訳だ」
「なるほど」
解散の理由は意外なものだった。なるほどと言ったものの、ヒューリの顔には明らかに疑問が浮かんでいる。
将とは、常に先陣を切って部隊を率いるもの
父もそうだった。自分もそうだった。ロイの父のロダン公爵もそうだった。
だから、ヒューリにはカイルの言葉が素直に受け入れられなかった。
その時。
「うちと同じだな」
ミナセが笑った。
「うちの社長も、そんな感じだろ?」
それを聞いてヒューリが目を見開き、そして笑った。
「そうだな。たしかにそうだ」
納得だ
大いに納得だ
「団長は、いい上司を見付けましたね」
「俺もそう思うぜ。ちなみに俺は、もう団長じゃあねぇ。それと、上司じゃなくて、上官だ」
カイルが笑う。
ヒューリも笑う。
上司でも上官でも、どちらでもよかった。
喜んでついて行ける人がいる。全力で支えたいと思う人がいる。
それは、本当に幸せなことだった。
「団長、頑張ってくださいね!」
「だから団長じゃねぇ!」
やけにテンションの高い二人の前で、ミナセも笑う。グラスを傾けながら、ミナセも楽しそうに笑っていた。
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