出場の理由

 試合会場の外にあるベンチを、エム商会のみんなが囲んでいる。

 ベンチには、試合を終えたミアがいた。


「うぇーん、フェリシアさーん」

「よしよし」


 フェリシアの胸で、ミアが泣く。

 嬉しそうに、フェリシアが頭を撫でる。


「ミアさんってやっぱり……」

「ミアって、やっぱり……」


 リリアとシンシアが、呆れたようにつぶやいた。

 最近ずっと上昇を続けていたミアの評価グラフが、一気に下降していくのが見える。


「まあ、いちおう第五階梯だったしな」

「そうだな」


 ミナセとヒューリは一定の評価を与えてくれたらしい。

 そんなみんなを、マークが苦笑しながら眺めていた。


 しばらく泣いていたミアが、ようやく泣きやんだ。フェリシアに涙を拭いてもらいながら、それでもまだ鼻をすすっている。

 そのミアに、ミナセが声を掛けた。


「ところで、ミアはどうして武術大会にエントリーしたんだ?」


 今まで誰も聞かなった疑問をミナセが聞いた。

 ミアが、ウサギみたいに真っ赤な目で答える。


「私、お役に立ちたかったんです」

「役に立ちたかった?」

「はい」


 意外な答えに、みんなは驚いた。


「宿でお酒を飲んでた時、ミナセさんとヒューリさんが話してたのを聞いて、凄く納得したんです」

「私とヒューリの話?」

「はい。最近国内の護衛で、賊と戦うことが減っているって。それは、自分たちの知名度が上がっているからだろうって言ってました」

「そう言えば、そんな話をしたかな」

「その時お二人が言ってたんです。戦わずに済むならそれに越したことはない。賊だろうと何だろうと、命を奪うことには変わりはないし、それは気持ちのいいものではないからなって」


 エム商会の護衛が一緒なら、商隊の安全は保証されたようなもの


 その話は、当然盗賊や山賊たちにも知れ渡っている。というよりも、何度も痛い目にあわされてきた彼らこそ、エム商会の強さを知り、そして恐れていた。

 すでにイルカナ国内において、エム商会がついている商隊が襲われることは皆無と言っていい。何かあるとすれば、それは国境を越えた隣国内でしかなかった。


「だから、うちの会社の名前が周辺の国にも知れ渡れば、ミナセさんたちが戦う機会も減るだろうって思ったんです。そうしたら、ミナセさんたちがいやな思いをすることも減るだろうって思ったんです」

 

 ミアの言葉を、みんなは黙って聞く。


「この大会には、ミナセさんが出ます。だけど、ミナセさんはうちの中の最強です。いくらその強さをみんなに見せ付けたって、ほかの社員の強さは分かりません。でも、最弱の私が出て、それでも凄いってことを外国から来た観客に見せることができたら、効果があると思ったんです」

「そうなのか!?」


 ミナセが本気で驚いていた。


「ミアさんってやっぱり……」

「ミアって、やっぱり……」


 リリアとシンシアが、今度は尊敬のまなざしを向けた。

 ミアの評価グラフ、V字回復である。


「それで、わざとあんなに目立つプロフィールを書いたのね?」

 

 フェリシアが、微笑みながらミアに聞いた。

 ミアが、真顔で答えた。


「えっ? あれは、思い付くままに書いただけです」

「……」


 フェリシアが、微笑みながら固まった。

 グラフが、ちょっと下がった。


「まあでも、お前の狙いは達成できたと思うぞ。光の魔法の第五階梯なんて、それこそインパクト大だったからな」


 気を取り直してヒューリが言った。

 ミアが、悲しそうに言った。


「予選を突破しなくちゃ、意味がないんです」

「いやいや、そんなことはないぞ。あれでも十分……」

「でも、本戦に出場しないと賞金がもらえないじゃないですか」

「それはそうだけど」

「賞金をもらったら、やりたいことがあったんです」

「やりたいこと?」


 ヒューリが聞いた。

 ミアが答えた。


「お菓子屋さんをはしごして、限界までお菓子を食べまくる! その夢を叶えるために、どうしても賞金が欲しかったんです」

「……」

「強さを見せ付けて、お菓子を食べまくる。その両方を達成できないと意味がないんです」


 ヒューリ反応できず。


「ミアさんってやっぱり……」

「ミアって、やっぱり……」


 リリアとシンシアの目には、後悔の二文字が浮かんでいた。

 V字回復は、きわめて一時的な現象だった。

 

「ほかの試合でも見に行くか」

「そうだな」


 ミナセとヒューリが、ミアを放置して会場へと向かう。


「屋台に行ってみない?」

「行く」


 リリアとシンシアが、ミアを放置して歩き出す。

 ミアを囲む輪が崩れた。マークはやっぱり苦笑いをしていた。

 その時。


「ミア!」


 聞き慣れない女の声がした。だが、その声を聞いてミアが立ち上がる。

 動きを止めた社員たちの間から、ミアが顔を出した。

 そして。


「マギさーん!」


 大きな声を上げながら、声の主の胸に飛び込んでいった。


「ちょ、ちょっと」


 抱き付かれた女が、慌ててミアを抱きとめる。


「ミアちゃん、久し振りだな」


 斧を担いだ男が笑った。


「やっぱり……かわいい」

「窒息させる」


 無表情に男がつぶやき、無表情のまま隣の女が詠唱を始める。


「だからやめとけ」


 後ろにいた男が、女の後頭部を叩いて詠唱を止めさせた。

 突然の出来事にミナセたちは驚いていたが、その中からマークが進み出て、女を叩いた男の前ににこやかに立った。


「はじめまして。エム商会のマークと申します。マシューさん、でよろしかったでしょうか」


 マークが丁寧に挨拶をする。

 マークに体を向けて、男が答えた。


「お会いできて光栄だ」


 右手を差し出して、マシューが笑った。

 その手をマークも笑顔で握る。


「その節はミアが大変お世話になりました。ありがとうございました」

「礼を言うのは俺たちの方だ。ミアとフェリシアさんには、本当に助けられた」


 挨拶を交わす二人の近くに、社員たちが集まってきた。


「お久し振りね」

 

 フェリシアがガロンに微笑み掛ける。

 ガロンが目を垂らす。シーズがフェリシアをじっと見つめる。その視線を、不自然な動きでエイダが遮っていた。


 イルカナ東部を中心に暗躍していたならず者の集団、アウァールス。その討伐依頼を引き受けたマシューたちに、ミアが無理矢理同行させてもらったことがあった。一行が危機に陥っていたところにフェリシアが合流。その危機を脱して、無事に依頼を達成している。

 

「皆さんも、武術大会を観戦しに来たんですか?」


 マークに聞かれたマシューが、残念そうに答えた。


「まあね。ミアがエントリーしてるって聞いて急いで来たんだが、試合は終わっちまったみたいだな」


 見られなくてよかった……


 肩を落とすマシューたちの前で、社員たちが胸をなで下ろした。


「それと」


 マシューが、今度は苦笑いをしながら言った。


「じつは、うちのメンバーが一人エントリーしてるんだ」

「誰ですか!? マシューさんですか!?」


 割って入ってきたミアに、マシューが答える。


「俺じゃない。エイダだよ」

「エイダさん?」


 意外な答えに驚きながら、ミアがエイダを見た。

 エイダは魔術師だ。一般的に、一対一の戦いにおいて魔術師は不利だと言われている。

 そのエイダが、なぜかフェリシアを睨みながら、ぼそっと言った。


「負けない」



 マシューたちの生まれ故郷、ウロル。イルカナの北西に位置し、十年前にはこの国に攻め込んできたこともある軍事国家だ。

 武術や魔法が盛んなウロルでは、年間を通じて様々な大会が開催されていて、魔術師も含めた多くの猛者が参加している。その中に、パーティー同士で戦うという人気の大会があった。

 周りに勧められて、一度だけマシューたちは、その大会に参加したことがあった。


 ランクA二人を擁する、知名度も実績も十分のパーティー。マシューたちは、優勝候補として人々の注目を集めた。

 だが、マシューたちは決勝で負けた。しかも、相手は一人。パーティー同士の戦いが呼び物の大会にも関わらず、たった一人でエントリーをしたその男に、マシューたちは圧倒されてしまったのだった。


「そいつの名は、サイラス。ウロルに一人しかいない、ランクSの冒険者だ。そいつを見返してやりたくて、俺たちは修行の旅に出た」


 マシューの言葉にエイダが反応した。

 拳を握り締め、唇を噛む。


「そのサイラスが、冒険者をやめて軍に入ったって噂を聞いたんだ。軍人になっちまったら、もうサイラスが大会に出ることはないだろう。それじゃあ俺たちが雪辱を果たす機会がない。残念に思っていたところに、今回の大会だ。やつが招待選手として参加すると分かって、俺たちは喜んだ」


 エイダ以外のメンバーも、気が付けば鋭い気を放っていた。

 サイラスへの雪辱が、パーティー全員の意志だということがよく分かる。


「だが、この大会は個人戦だった。悔しいが、個人戦じゃあうちのメンバーの誰が相手をしても、やつには勝てない。だから一度は諦めたんだが、こいつがどうしても出るって聞かなくてね」


 エイダを親指でさして、マシューがやっぱり苦笑した。

 話をじっと聞いていたマークが、静かに聞いた。


「サイラスさんというのは、そんなに強いんですか?」


 マークの表情は変わらない。だが、声はいつもよりも一段低い。

 そのマークが、ちらりと隣を見た。そこには、いつの間にかミナセが立っていた。


「やつは、化け物だ」


 並ぶ二組の黒い瞳を交互に見ながらマシューが答える。


「俺たちは五人。それも、昨日今日組んだパーティーじゃない。連携しての戦いには自信がある。その俺たちが、やつ一人に圧倒された」

「圧倒ですか?」

「そうだ」


 マシューがミナセに視線を向けた。


「相手にならなかったとは言わない。だが、あの試合を見て俺たちが勝てると思ったやつは、一人もいなかっただろうな」


 ミナセの目が広がっていく。

 ミアから聞いた話と、自身の目で見た印象から、ミナセはマシューたちの実力を高く評価していた。

 そのマシューたちを圧倒する人間がいるなど、すぐには納得できない話だ。


「サイラスさんは、どんな戦い方をするんですか?」


 マークが聞いた。


「サイラスは、風を操る」

「風?」


 首を傾げるマークにマシューが答える。


「やつの周りには、いつも風が吹いている。ある時はそれがやつを加速させ、ある時はそれが奴を守る」

「風……」


 ミナセが小さくつぶやいた。


「秘宝と言われているやつの剣が風を起こしてるって噂もあるが、実際のところは分からねぇ。確かなのは、ほかの対戦相手も俺たちも、やつの風にやられちまったってことだ」


 マシューが説明する不思議な”風”の話を、社員たちが興味深げに聞いている。

 そのたくさんの視線に気が付いて、マシューが急に頬を染め、目を泳がせ始めた。

 それを見たマギが、目をつり上げてマシューを睨む。


「と、とにかく」


 マシューが慌てて言った。


「あんたがミナセさんだろ? あいつは、風を使わなくても十分強い。こっちの頭の中を覗いてるんじゃないかと思うくらい、完璧に動きが読まれてることも珍しくないしな」

「頭の中を、覗いている?」

「そうだ。もしかすると、風よりそっちの方がやっかいかもしれねぇ」


 そう言うと、マシューはくるりと向きを変えた。


「とりあえず、俺たちは宿に戻る。本戦の会場で会おうぜ」


 マギの視線から逃れるように、マシューが早足で歩き出す。


「まったく」


 ため息をついたマギが、ミアの肩を叩いた。


「じゃあミア、またね」

「はい!」


 笑うミアに笑顔を向けて、マギも歩き出す。

 ほかのメンバーも、手を振り、あるいは無言のままで、マシューとマギに続いていった。


「風……」


 ミナセが再びつぶやく。

 隣のマークが、何かを考え込むように、去っていく五人をじっと見つめていた。

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