無敵の戦士
すでに決着の着いた試合場もある中で、三番の試合場だけが静まり返っていた。観客たちも、じっと黙って試合場を見つめている。
最前列の客にかろうじて届くかどうかというミアの声。遠くから見守る社員たちに、それが聞こえるはずもない。
しかし。
「あの子、あれを使うつもりだわ」
フェリシアが言った。
「あれって何だ?」
ヒューリが聞いた。
聞いたのはヒューリだが、ほかの社員たちも、そして周りの観客たちも、フェリシアの答えに注目している。たくさんの目とたくさんの耳がフェリシアに集中した。
「あれっていうのはね」
フェリシアが答えた。
「光の魔法の第五階梯よ」
「第五階梯!?」
ヒューリが激しく反応する。
「光の魔法!?」
「第五階梯!?」
ざわざわ……
答えを聞いた観客たちが、驚きながら繰り返す。その波が次々と伝播していく。
「光の魔法の第五階梯?」
「そんな魔法、使える人間いるのか?」
観客たちの驚きは、やがて疑問へと変わっていった。
魔法の分類方法の一つ、修得難易度。魔法を、もっとも修得が簡単な第一階梯から、修得が困難な第五階梯までの五つに分ける方法だ。
その、第五階梯。しかも、そもそも修得が難しいと言われる光の魔法。”滅多にお目に掛かれない”どころか、”目にすることはまずない”という次元の魔法だ。
異様な空気が広がっていく中で、それを気にすることもなくフェリシアが続けた。
「あの子ね、攻撃魔法は全然使えないのよ。得意なはずの、光の魔法でさえもダメだったわ」
「前にもそう言ってたな」
ミナセが応じる。
「そうなの。だからね、ものは試しだと思って、飛びっ切り難しい魔法を練習してみたの。そうしたらあの子、それを修得しちゃったのよねぇ」
「どんな、魔法なんだ?」
ミナセが恐る恐る聞いた。
フェリシアが、笑いながら答えた。
「魔法の名前はね、インヴィンシブル・ウォーリアー。無敵の戦士っていう意味よ」
「インヴィンシブル・ウォーリアー?」
「そう。攻撃魔法じゃないんだけどね、その名の通り、発動すれば、無敵の戦士になれる魔法なの」
ざわざわ……
「インヴィンシブル・ウォーリアー」
「無敵の戦士」
再びざわめきが起きる。
「その魔法の発動が最後に確認されたのは、私の持っている資料によると、百十五年前よ」
「百十五年前!?」
「そう。ここからずっと西にある、魔法が盛んな国の大司教が、攻め寄せる敵から王様を守るために使ったらしいわ」
「大司教クラスの魔法なのか」
「その時はね、一分くらいで解けちゃったらしいんだけど、ちゃんとその間に王様を逃がすことができたそうよ」
説明をしているフェリシアの顔は、やけに得意げだ。
「この魔法の発動中はね、どんな物理攻撃も、どんな魔法攻撃も効かなくなるの」
「そうなのか?」
「そうよ。火の魔法の第五階梯で試したから、間違いないわ」
「……」
フェリシアの話に、ミナセは言葉を失った。
「だけどフェリシアだって、漆黒の獣との魔物討伐の時、自分で使った第五階梯を、自分のシールドで防いでただろ?」
ヒューリが横から口を挟む。
それにフェリシアは、やっぱり得意げに答えた。
「あんなの目じゃないわ。あの時私は、シールドに魔力と集中力のすべてを注いでいたから一歩も動けなかったけれど、インヴィンシブル・ウォーリアーは、攻撃を受けながらでも自由に動けるもの」
「な、なるほど」
「そもそもあの時の第五階梯は、広範囲攻撃魔法だったでしょ? 一点に対する威力としては、それほどでもないわ」
「それほどでもって……」
「今回私がミアに試したのは、インシネレイト。私が全力でシールドを張っても防ぐことが難しい、単体の敵対象としては最強クラスの魔法よ。その直撃を受けても、あの子平然としていたんだから」
現実離れしたフェリシアの話に、ヒューリの目は大きく開いたままだ。
「でも、それだけじゃないの」
「まだあるのか?」
ヒューリの声に、フェリシアのボルテージが一段と上がる。
「あの魔法はね、術者の体に、ありとあらゆる身体強化魔法が掛かった状態になるの。力も反応もスピードも、常人では絶対についていけないくらい強化されるわ」
ヒューリが唖然とする。
「もう一つ言っておくとね」
もう誰も何も言わない。ただフェリシアの話を聞くのみだ。
「あの魔法って、体の中に魔力を凝縮するのよ。だからね、発動する直前まで大した魔力を感じないの。だから、すっごく油断するのよねぇ」
楽しそうなのはフェリシアだけだった。
社員たちも観客たちも、笑っている者など一人もいない。
百十五年間発動が確認されていない魔法。
最強クラスの攻撃魔法でさえも跳ね返す防御力。
光の魔法の第五階梯、インヴィンシブル・ウォーリアー。
「光の魔法……」
「第五階梯……」
「無敵の戦士……」
フェリシアの話が正確に伝わっていったとは思えない。離れていればいるほど、断片的で曖昧な情報に変わっていったのは間違いない。
それでも、ミアがとんでもないことをしようとしていることだけは伝わった。観客たちは、何が起きるのかと、固唾を呑んでミアを見つめていた。
ミアの詠唱は続く。目を閉じて集中しているのが分かる。
対戦相手が、さすがに痺れを切らしてきたようだ。
「おい、いい加減に……」
その時。
カッ!
ミアの目が開いた。
「来るわよ!」
フェリシアが興奮して叫んだ。
静まり返った会場に、ミアのはっきりとした声が聞こえた。
「すべての光よここに集え。すべての光よ、我に宿れ」
呪文の最後の言葉が響き渡った。
「インヴィンシブル・ウォーリアー!」
瞬間。
ドゴーーーーン!
強烈な光の爆発が起きる。
「ひえぇっ!」
審判が後ろにひっくり返った。
「なんだ!?」
目を閉じ、両腕で頭をかばいながら対戦相手が叫んだ。
衝撃があった訳ではない。爆風も含めて、体に感じるものは何もなかった。
対戦相手がそっと目を開き、両腕を下ろして自分の体を確認する。ケガもなく、痛みらしいものも感じない。
その男の耳に、大きな声が飛び込んできた。
「お待たせしました! 無敵の戦士ミア、見参です!」
膨大な魔力をその身に纏い、全身を金色に輝かせながらミアが言う。
「この状態で、手加減はできません。思いっ切り行っちゃいますので、ちゃんと避けてくださいね!」
男に向かって無茶なことを言っている。
男は、それに答えなかった。残念ながら、目はすでに虚ろになっている。
普通の人間が、強大な魔力を間近にして意識を保てるはずがない。自分の中の魔力の流れがかき乱されて、あっという間に体に異常をきたすのが普通だ。
それなのに。
「じゃあ、行きますよ!」
ミアはやる気だった。高ぶる気持ちが男の状態をまともに認識させていない。
「用意!」
ミアが腰を落とした。
目が爛々と輝いていた。
「ドンッ!」
掛け声と共に、ミアの右足が地面を蹴る。常人をはるかに越えるパワー、驚異的な瞬発力、猛烈な速度で、右足が地面を蹴った。
ドカーーーン!
爆発音がした。
「キャーーーーー!」
悲鳴が聞こえた。
ドドーーン!
着弾音が、響き渡った。
ミアのいた場所に、えぐり取られたような穴があいている。
対戦相手の男はピクリとも動いていない。
その対戦相手のはるか後方、階段状の観客席に、土煙が上がっていた。
「ゲホッ、ゲホッ」
「大丈夫か?」
観客たちが、互いの無事を確かめ合う。
「俺は大丈夫だ。でも……」
着弾地点から逃げ延びた男が、自分のもといた場所を見る。
煙が晴れた。
着弾地点の様子が見えた。
観客席にめり込んで、ピクピクしているミアが、そこにいた。
「じ、場外」
ひっくり返ったままで、審判が告げる。
対戦相手は動かない。
観客たちも、動かない。
その中でただ一人、とっても楽しそうな女がいた。
「あの子、毎回ああなのよ。力任せに踏み切るものだから、いっつもどこかに吹っ飛んでいっちゃうのよねぇ」
嬉しそうに、フェリシアが言った。
「やっぱりミアって、可愛いわぁ」
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