告白
ミアの個性的なプロフィールを見て、恥ずかしいから会場に入りたくないという声も一部社員からは出たのだが、観る気満々のフェリシアと、そしてマークの説得により、結局六人は揃って観戦をすることになった。
ミナセが出場する本戦のチケットはロダン公爵が社員全員分を用意してくれるのだが、予選ではそうはいかない。予選会場の入場チケットは、みんなでちゃんと並んで買っている。
六人が会場に入ると、すでにかなりの観客がいた。
「予選なのに、お客さん多いんですね」
「そうだな」
驚くリリアにミナセが答える。そのミナセが、ふとある一点に目を留めた。
そこは試合場の片隅。大会関係者たちが忙しく動き回る中に、一人の男がいた。不思議な空気を纏うその男は、周囲の慌ただしさなどまるで気にする様子もなく、のんびりと周りを見渡している。
何者だ?
怪しいという訳でもない。特に目立つということでもない。
それでもミナセは、その男のことが妙に気になった。
「ミアの試合場は、たしか三番よね」
フェリシアの声で、ミナセは我に返る。
「あ、ああ、そうだ」
ミナセの返事が少し遅れた。フェリシアは、ちょっと不思議そうにミナセを見つめたが、すぐに視線を戻して試合場を探し始める。ミナセも、男から視線を外して、フェリシアと一緒に三番の試合場を探し始めた。
「えっと、三番は……」
「あ、あそこだ……って、全然座れないじゃん!」
試合場を見付けたヒューリが驚いて叫んだ。
会場内には、四つの試合場がある。その中の三番がよく見える位置の席は、すでに観客でいっぱいだった。
「ミアちゃんが出るんだろ?」
「楽しみだな!」
「でも、あの子って戦えるのか?」
「どうでもいいさ。あの子が見られるんなら、俺はそれで満足だ」
ミアの出番を待つ観客たちは大いに盛り上がっている。その客たちが、離れたところに座った社員たちを見付けた。
「ほかの社員も応援に来てるぜ」
「ほんとだ。俺、あっちに行こうかな」
「おいおい、今日はミアちゃんの応援だろう?」
顔見知りが手を振る。手を振り返す社員たちを、たくさんの目が見つめる。社員たちの周りの席が一気に埋まっていった。
「選手でもないのに、何だかやけに注目されてるんですけど」
「気にするな。私たちなんて、毎晩こんな感じだぞ」
落ち着かないリリアにヒューリが言った。ミナセもフェリシアも、そしてマークも、集まる視線に動じることなく平然としている。
リリアは、熱い視線を意識しないように、途中まで目を通していた大会要項を引っ張り出して、シンシアと一緒にそれを読み始めた。
「予選と本戦で、ルールが少し違うんだね」
シンシアに要項を見せながら、リリアが言う。
予選のルールは、大まかに言うと次の通りだ。
武器は自由。ただし、大会指定の、衝撃を吸収する魔法の布でくるむこと
防具の着用は自由。ただし、防具の有無に関わらず、頭部または胴体への有効な攻撃が認められた時は負け
気絶、降参、または審判が試合続行困難と見なした時は負け
試合場の枠から全身が出たら負け
本戦用のルールでは、一番最後の”試合場の枠から全身が出たら負け”が、”試合場から全身が落ちたら負け”となっている。
予選会場は、突貫工事で作った簡易的な会場がほとんどだ。中には、窪地を少し整備しただけの、何とものどかな会場もある。試合場も、単に白線で枠が描かれているだけだ。
対して本戦は、アルミナにある本格的な闘技場で行われる。中央には舞台が用意されていて、選手たちはその上で戦うことになっていた。
「ところで、何でミアはメイスを使わないんだ?」
「さあ」
ヒューリの言葉にミナセが首を傾げる。メイスは、ミアが使える唯一の武器だ。北の高原での特訓でも、ミアはそれを使っていた。
「あいつ、まだ攻撃魔法を使えないんだろ?」
ヒューリがフェリシアに確認する。
「そうよ。何一つ使えないわ」
フェリシアが答えた。
答えてフェリシアは、顎に指を当てる。
「もしかして、あの子……」
フェリシアがつぶやいた、その時。
ジャーン、ジャーン、ジャーン!
大きな銅鑼の音が響き渡る。試合が始まる合図だった。
ワァー!
歓声が沸き起こる。同時に選手たちが会場内に姿を見せた。選手たちは、そのまま四つの試合場へと分かれていく。
「ミアちゃーん!」
「ミアー!」
たくさんの声援を受けて、ブロンドの髪が飛び跳ねた。両手を思い切り振って、ミアが観客に応えている。
「あれが野菜好きの……」
「有名人だったんだな」
国外から来た観客は、ミアの人気に驚いていた。
「すごい歓声ですね」
「あいつ、全然緊張してないな」
社員たちの声も、大歓声にかき消されてほとんど聞こえない。
顔をしかめ、あるいはやりにくそうにしているほかの選手たちをまるで気にすることなく、ミアは三番の試合場へとやってきた。
ミアの試合は午後一番。ミアと、そして対戦相手がそのまま試合場の中へと入る。
すべての選手が揃い、審判たちが配置についた時、会場の中心にいた人物が片手を上げた。
歓声が止んでいく。会場が静まり返る。そこに、男が声を張り上げた。
「これより、予選三日目、午後の部を開始する!」
ワァー!
静かだったのはわずかな時間。あっという間に会場は盛り上がりを取り戻した。
「行けー!」
「がんばれー!」
大声援の中、選手たちが試合場の中で向かい合った。二人の間に審判が立って、ルールの確認を始めている。
三番の試合場でも、ミアと対戦相手が、審判の話を頷きながら聞いていた。
入場の時と変わらず、ミアに緊張は見られない。審判に何かを聞かれたらしく、元気に右手を挙げて答えている。
対戦相手がちょっと呆れているのが分かった。
「相手は大したことなさそうだな」
ヒューリがあっさり言う。
「でも、あの子武器を持っていないのよ」
「あ、そうだった」
フェリシアの指摘に、ヒューリが苦笑いをした。
「まあでも、負けはしないだろう」
「そうですね」
ミナセの言葉にリリアが続く。隣のシンシアも、無言で頷いていた。
リリアとシンシアは、高原での訓練やインサニアとの戦いを通じて、ある程度相手の力量を見極められるようになっていた。実戦経験を重ねたことで、二人の実力はすでに相当なレベルにまで引き上げられている。
それは、ミアも同じだった。
エム商会の中では確かに最弱だったが、そもそも、エム商会の強さは世間一般レベルとは比較にならないほど飛び抜けている。その中で日々修行をしているのだ。ミアは、じつは本人が思っている以上に強かった。
試合場では審判が説明を終えたようだ。ミアの相手の武器が指定の布で巻かれていることを確認すると、即座に二人から離れていった。
審判が右手を上げる。そして、それを振り下ろした。
ワァー!
いよいよ試合開始だ。
観客たちが注目する。ミアがどんな戦いをするのか、たくさんの目が試合場を見下ろしていた。
ところが。
「あいつら、何してるんだ?」
ミナセが首を傾げる。
「何だか楽しそうね」
フェリシアが笑う。
「おいおい、武術大会だぞ、これ」
呆れたようにヒューリが言った。
観客たちも黙り込む。ほかの試合場ではすでに戦いが始まっているというのに、ミアと対戦相手の二人は構えてもいない。それどころか、何やら笑って話をしていた。
観客たちが耳を澄ます。せいぜい最前列の客くらいにしか聞き取れないとは思うのだが、二人が何を話しているのか知るために、観客たちは口を閉ざし、試合場に向かって耳を傾けていた。
その二人は……。
「初めまして。私、ミアって言います」
「ああ、知ってるよ。あんたらは有名だからな」
試合開始の合図とともに、ミアが自己紹介を始めた。相手は、それにおとなしく付き合っている。
対戦相手の男は、イルカナ国内からのエントリーだ。エム商会のことは知っていたし、ひそかに今回の対戦を楽しみにもしていた。
ミアがまったく構えないので、ここぞとばかりに近くでミアを観察する。
光り輝くブロンドの髪と、煌めく金色の瞳。元気いっぱい陽気なオーラを放つその体は、まさに健康的な美しさ。
顔だけ見れば美少女。全体で見れば美女。
噂通り、いや、噂以上!
こんなに近くでエム商会の社員が見られるなんて、そうそうあるものではない。地元に戻ったら、絶対自慢してやる。
男の顔が自然と綻ぶ。
ニコニコしているミアにつられて、男の顔もニコニコし始めた。
すると。
「あの……告白しても、いいですか?」
「こ、告白!?」
突然ミアから意表を突く言葉が飛び出した。
俺に一目惚れでもしたってのか!?
途端に男が動揺し始める。
「い、いや、そ、それは、ちょっと困る、かもしれない」
うちに帰れば妻と子供が……
でも、そんなこと言ってる場合か?
家族は応援に来ていない。今なら……
よからぬ妄想に男が身悶える。心の中で、天使と悪魔が激しい攻防を繰り広げる。
そこに、ミアの声がした。
「私、確かめてみたいんです」
「確かめる?」
「はい」
確かめるって、何を?
自分の気持ちってことか?
それとも俺の……?
「最近覚えた魔法が実戦で使えるのか、私、確かめてみたいんです」
「……は?」
全然違った。
当然だった。
「魔法、ね」
告白という言葉の意味を、ちゃんと分かって使ってほしい
明らかに男はがっかりしていた。
そんな男に向かってミアが言う。
「私、ヒーラーなので、攻撃魔法は使えません。だから安心してください」
ヒーラーだから攻撃魔法が使えないというのは間違っていた。
安心してくださいというのも、間違っている気がした。
それでも。
「何だか分からんが、使ってみればいいんじゃないか?」
脱力中の男が投げやりに答える。
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
嬉しそうに、ミアがお礼を言う。
「呪文が長くて発動までに時間が掛かるんですけど、ちょっと待っててくださいね」
呪文が長いというところに少ーし引っ掛かったものの、ミアの嬉しそうな笑顔に負けて、男は頷いた。
呆れ顔で二人を眺めていた審判も、ここまで来たらと成り行きを見守ることにする。
「では、いきます」
そう言って、ミアが詠唱を始めた。長い長い呪文を、じっくりとミアが唱え始めた。
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