プロフィール

「あの子、何を考えているのかしら?」

「ミアのことだから、賞金でお腹いっぱい食べたいとか思ってるんじゃないか?」


 フェリシアのつぶやきに、ヒューリがひどいことを言っている。


「ミアさんには、きっと深い考えがあると思う」

「私も、そう思う。ミアは、凄い人」


 リリアとシンシアの、ミアに対する評価は最近やたらと高い。

 マークとミナセは特にコメントなし。ただ二人とも、ミアの出場に反対するようなことはしなかった。

 

 エム商会で打ち合わせがあった数日後、大会の開催が正式に国から発表された。この発表は、国民に驚きをもって迎えられる。

 イルカナは、どちらかと言えば経済を重視してきた国だ。国を挙げての大規模な武術大会など、過去に例がない。


「なんでこの国で武術大会なんだ?」

「さあ」


 国中に戸惑いが広がっていった。

 それでも。


「周辺諸国にも大々的に宣伝してるらしいぞ」

「こりゃあひと儲けできそうだな」


 商人たちが動き始める。


「俺たちにも仕事があるってよ」

「そいつはありがたい」


 難民たちに、期待と希望が広がる。


「エム商会からも選手が出るらしいぜ」

「ほんとか!?」


 狙い通り、エム商会の名前で盛り上がる。


 国内のあちこちで工事が始まった。人の動きが活発になった。国中の人たちが関心を持ち始めた。

 驚きから期待へ、戸惑いから楽しみへと気持ちが変わっていく。国内が活気に満ちていく。

 武術大会の開催は、国の狙い通り、人と金を大きなうねりの中へと巻き込んでいった。


 そしていよいよ大会が始まる。

 国内はもとより、近隣諸国からも多くのエントリーがあった。招待選手を除いて、それらの選手は予選からのスタートとなる。

 本戦枠は、ちょうど十だ。そのうち招待枠が六の予定だったのだが、エルドア王国の不参加により、五となった。つまり、予選を勝ち抜いて本戦に進めるのは五人となる。

 国内数カ所に作られた予選会場では、この五つの枠を巡って熱い戦いが繰り広げられていた。

 その中の一つ、王都アルミナの中にある予選会場に、エム商会のみんながいた。


「えーっと、ミアの出番は……」

「あったわ。午後一番の試合ね」


 会場に貼り出されている大きな対戦表を見ながら、ヒューリとフェリシアが話している。


「大会の期間って結構長いんだね」

「全試合トーナメントって、過酷」


 リリアとシンシアが、大会要項を興味深げに読んでいる。


「国外からの参加者も多いんだな」

「そうですね。近隣諸国から観客も大勢来ていると聞きました」


 マークとミナセが、選手紹介用の冊子を眺めていた。


 この大会では、試合を盛り上げるための工夫が各所になされていた。その一つが、きめ細やかな情報の提供だ。

 対戦表が、会場だけでなく町の広場などにも設置されていた。試合の結果は随時書き込まれていき、進行状況がすぐ分かるようになっている。

 大会概要や試合のルールなどを書いた要項も無料で配られているし、参加選手を紹介する冊子まで作られている。冊子には出身地などの簡単なプロフィールが載っていて、応援する選手を決める手掛かりとして、多くの人が熱心に目を通していた。


「ミアのプロフィールには、何て書いてあるんだ?」


 ミナセが持っている冊子をヒューリがのぞき込んだ。エントリーにはミア一人で行ったので、どんな内容で登録したのか社員たちは知らない。


「えっと、ミアは……」


 ミナセがパラパラとページをめくる。出身国別に分けて書かれているのだが、当然イルカナからのエントリーが一番多いので、ミアの名前をすぐには探し出せない。

 すると。


「この子、面白いな」

「何でこんな子が武術大会にエントリーしてんだ?」


 やはり選手紹介の冊子を見ながら、二人の男が話している。


「エム商会ってのが何だか分からんが、女で、しかもヒーラーだぜ」


 社員全員が、ピクリと反応した。


「使う武器がこれって、なんつうか、変な勘違いしちまいそうだな」


 慌て出したミナセと一緒に、ヒューリも必死に探し始める。小さな文字を目と指で辿り、ページを急いでめくっていく。

 そして見付けた。ミアのプロフィールを、二人は見付けてしまった。


「……」

「……」


 ミナセとヒューリが黙り込む。

 冊子をマークが受け取った。マークが苦笑する。

 冊子をリリアが受け取った。シンシアと一緒に目を丸くする。

 冊子をフェリシアが受け取った。フェリシアが、楽しそうに笑った。


「あの子、やるわね!」


 たくさんの選手紹介の中に、それはあった。異彩を放つその内容は、間違いなくミアのものだった。


 名前:ミア

 出身:アルミナ

 性別:女

 職業:ヒーラー

 武器:鍛え抜かれた美しい体

 一言:エム商会の最弱社員が猛者達に挑む! 野菜大好き美少女ミア、頑張ります!


「この子の試合っていつだ?」

「えーっと……おっ、今日の午後一番だぜ!」

「よし、席取りに行くか!」


 予選会場の観客席は、ほとんどが自由席だ。男たちは、”エム商会の最弱社員”もしくは”野菜大好き美少女”を近くで見るために、入り口に向かって走り出していた。

 エム商会を知らない観客さえも惹き付けてやまないミアの魅力。


「やっぱりあの子、可愛いわぁ」


 それを素直に受け入れられるのは、やっぱりフェリシアだけだった。

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