御前会議
イルカナ王国三公爵の一人、ロダン公爵。軍を統括し、長年に渡って領土を守り続けている、国の守護神たる人物だ。
そのロダン公爵が、首を傾げた。
「武術大会?」
思いも寄らない提案に戸惑っているようだ。
「左様。税収の増加に加えて、国民のガス抜きを図ることもできます。なかなか良いアイデアだと思いますが?」
提案者の男が、メガネを押し上げながら答える。ロダン公爵が、顎をさすりながら考え込んだ。
その隣には、太った体を背もたれに預け、不機嫌そうにペンをいじっているカミュ公爵がいた。衛兵を統括し、国内の治安維持を担っている、イルカナ王国三公爵の一人だ。
「莫大な経費が掛かるのではないか? 衛兵を警備に当てれば、治安維持にも支障が出る。あまり賛成はできんな」
「経費が掛かるのなら、それ以上の収益を上げればよろしい。衛兵の力を借りるのも、特定の期間だけです」
メガネが即答した。
今度は、ロダン公爵がメガネに聞く。
「周辺諸国を刺激したりはしないだろうか。腕自慢の者たちを登用して兵力を強化しようとしているなどと、つまらない誤解を与えたくはないものだが」
「ならば、隣国からも選手を招待してはいかが? 加えて、同行してくる使節団に、これはという選手がいたら自由に声をお掛けくださいと伝えておけば、それほど角が立つこともないと思われますが」
あっさりとメガネが答えた。
神経質そうな顔立ちに鋭い目付き。取っ付きにくさを前面に押し出して、メガネの奥から二人を見るのは、アウル公爵。治安維持以外の内政を一手に担う、やはりイルカナ王国三公爵の一人だ。
ロダン公爵とカミュ公爵が黙り込む。用意周到なアウル公爵が、自信たっぷりに出してきた提案なのだ。どんなに質問を重ねたところで、完璧な答えが用意されているに決まっている。
「お二人に別の案がおありでしたら、どうぞ遠慮なくおっしゃっていただきたい」
メガネの奥がキラリと光る。ロダン公爵が腕を組む。カミュ公爵が、苦々しげに目を閉じた。
大陸の中央に位置する王国、イルカナ。北西の大国ウロルとの戦いが終結して以来、この十年は平和な日々が続いていた。戦後の混乱を乗り越えて、今では大陸でも有数の豊かな国として繁栄している。
だがその繁栄に、最近翳りが見え始めていた。南のエルドア王国との国境付近に、大量の魔物が発生するようになったのだ。その討伐のための経費が嵩むようになり、ここのところ様々な名目で増税が行われている。
エルドア王国は、数年前から国内が混乱していた。国境付近の魔物も、そして治安も完全に放置されている。
イルカナとエルドアの関係は古来より良好ではあったが、今のエルドアに共同戦線を張る余裕などあるはずもなく、イルカナ単独での討伐を余儀なくされていた。
軍費の増加に加えて、エルドアとの交易が減ったことによる税収の減少、さらにはエルドアから流入してくる難民の問題。
イルカナ国内の、特に南部において、国民の不満と不安が高まっていたのだった。
そこでアウル公爵が提案したのが、武術大会の開催だった。狙いは、公爵の言った通り、税収の増加と国民のガス抜き。一時的とは言え、それはある程度の効果が期待できるだろう。
ロダン公爵もカミュ公爵も、そう思った。そうは思ったのだが、すぐには賛成をしない。
ロダン公爵は迷っていた。自国の選手が勝てば、仕組まれた大会との疑念が生まれる。他国の選手が勝てば、自国の士気は下がる。国の代表とは関係のない在野の選手が勝ったとしても、自国選手の不甲斐なさに国民は落胆するだろう。
どんな結果になったとしても、イルカナにとって良いことがないように思う。
カミュ公爵も、迷っていた。武術大会ともなれば、諸国の荒くれ者たちが集まってくる。当然揉め事も増える。面倒なことは避けたい。金のことしか考えていないアウル公爵も気に食わない。
そして何より。
「陛下のお考えを、お聞かせ願えますでしょうか?」
不満を含んだ声で、カミュ公爵が聞いた。ほとんど何も発言することなく、上座で呑気に髭をいじっている老人、イルカナ国王その人に鋭い視線を向ける。
「うむ、そうじゃのぉ」
鋭さの欠片もない反応。穏やかと言えば聞こえはいいが、緊張感がないとも言えるその声で、国王が答えた。
「一時的とは言え、税収も増える。祭りは人の気分も高揚させる。やって悪いことはないと、余は思うぞ」
「……」
カミュ公爵が、眉間にしわを寄せた。国王の言っていることは、アウル公爵の説明とほとんど変わらない。
さらなる不満を込めて、国王を見る。
「エルドアからの難民が頻繁に騒ぎを起こしております。大会のために衛兵から人員を割くのは難しいでしょう」
「ならば、その難民を活用するというのはどうじゃ?」
「活用する?」
「うむ。例えば……」
「例えば?」
「……ロダン公爵よ、何かいい知恵はないかな?」
ギシッ
椅子が軋んだ。
太った体を不機嫌そうに揺らしながら、カミュ公爵がペンをいじる。
それをちらりと見て、ロダン公爵が答えた。
「大会運営のために難民を雇うということは、可能かもしれませんな」
「それじゃ!」
国王が身を乗り出した。
カミュ公爵が、眉をひそめる。
「難民に仕事を回せば、仕事を取られたと、国内の業者が不満を募らせましょう」
「そこは私が調整いたします」
アウル公爵が即座に言った。
カミュ公爵が黙る。その横顔をまたもやちらりと見ながら、ロダン公爵が言った。
「それよりも、試合の結果による影響を、私は危惧します」
考えていた懸念を、王に伝える。
「ふむ、確かにそうじゃな。アウル公爵よ、何かいい考えはないかな?」
ギシギシッ
椅子が大きく軋んだ。
それを気にするでもなく、外したメガネをハンカチで拭きながら、アウル公爵が答える。
「要するに、試合が白熱したものになればよいのでしょう? どちらが勝っても惜しかったと観客が思うような。対戦相手をうまく組み合わせて、実力の伯仲している者同士を戦わせればよいのでは?」
「ふむ、そうじゃな。相手を抽選で決める必要もないわけじゃ」
国王が大きく頷く。
ロダン公爵が、小さく首を傾げた。
「しかしロダンよ。そもそも我が国には、他国の選手に負けぬような者がおるのか?」
カミュ公爵が問い掛けた。
「衛兵の中にはおらぬ。わしの知る限り、おぬしの配下にもそんな者はおらぬ。だからと言って、おぬしが出場する訳にはいかぬであろう?」
問われたロダン公爵は、渋い顔をして黙り込んでしまった。
ロダン公爵がこの話に乗り気でない最大の理由が、じつはそれだ。
思い付く候補者は何人かいる。しかしカミュ公爵の言う通り、自信を持って推せる者は、残念ながらいなかった。
十年前、数で勝るウロル軍に槍をかざして攻め掛かり、それを撃退した英雄ロダン公爵。その名は、国内はもとより周辺諸国にも響き渡っている。
だが、今のイルカナに、ロダン公爵のような存在はいない。当時の公爵のような、群を抜いて強い存在はいなかった。
実績で選ぶなら兵団長のギルだが、実力で言えば……
ロダン公爵が考え始める。
すると。
「ロダン公爵が以前申しておった、何とか商会という者たちならどうじゃ?」
ふいに国王が聞いた。
その問いには、ロダン公爵ではなくアウル公爵が答えた。
「エム商会のことですな?」
「それじゃ!」
国王がまた身を乗り出す。
「そのエム商会になら、強い者がおるのではないか?」
「商人たちの間では評判だと聞きます。エム商会は、護衛で失敗しない。そして、エム商会は美人揃い。アルミナでその名を知らぬ者はいないとのことでしたな」
「ほほぉ。そうなのか、ロダン公爵」
ここでエム商会が出てくるとは思ってもいなかったロダン公爵が、目を見開いた。
「美人揃いかどうかはともかく」
驚きながらも、ロダン公爵が答える。
「社員の何人かが相当な強さを持っているということは、間違いないと思われます」
ロダン公爵も、社員たちが戦うところを直接見たことはない。だが、”調査”の結果から、少なくともミナセとヒューリ、そしてフェリシアの三人が桁外れに強いであろうことを、公爵は確信していた。
「その強さはいかほどなのじゃ?」
国王は興味津々だ。
「情けないことではございますが、おそらく、軍や衛兵の中には勝てる者がおりますまい」
「ほう、それほどか!」
自国の兵の弱さを嘆くこともなく、国王が興奮したように叫ぶ。
同時にメガネがキラリと光った。
「エム商会が出るとなれば、話題にもなるでしょう。大会への関心を高めることもできます」
アウル公爵はかなり乗り気だ。その目は、すでに何かの計算を始めている。
「ロダン公爵よ、その者たちに出場するよう頼むことはできるか?」
「それはできると思いますが……」
「私は反対です!」
突然大きな声がした。
「我が国の威信を、ただの市民に託すなど!」
カミュ公爵が、真っ赤な顔で立ち上がる。
「しかし、ほかにおらぬのであろう?」
「!」
国王の言葉に二の句が継げず、カミュ公爵は黙り込んだ。
その顔をじっと見ていたアウル公爵が、冷静に言う。
「ですが、カミュ公爵のおっしゃることももっともです。国の代表としては、軍か衛兵の中から誰かを立てるべきでしょう」
「ふむ、そうじゃな」
国王が頷く。どうやら武術大会の開催は決まりそうだ。
ロダン公爵が、腕を組んで考え込む。
大会を開けば、おそらくは……
やがて公爵が、国王に向き直った。
「私の配下から、選手を選抜いたします。エム商会へも、私が声を掛けてみましょう」
ロダン公爵が、大会の開催を了承した。
「頼む。我が国からは二人、そなたの部下と、エム商会から出せばよかろう」
「そうですな。それがよいと思います」
国王とアウル公爵は満足げだ。
「カミュ公爵も、それでよいな?」
「皆様が、よろしいのであれば」
目を合わせることなくカミュ公爵が答えた。
「では、武術大会の開催は決定じゃ。速やかに準備を進めてくれ」
三人の公爵は、揃って恭しく頭を下げた。
のち、別室。
「そなた、何を心配しておる?」
「申し訳ございません。まだ確証が取れていないことばかりなのです」
「構わぬ。申してみよ」
「はっ! じつは……」
……
「ふむ、なるほどの。それで、そなたはどう思っておるのじゃ?」
「はっ! あくまで推測の域を出ないのですが……」
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