本気じゃないトイレ?

「最近、シンシアが夜出掛けなくなったんです」

「そうなの?」


 リリアの報告を聞いて、フェリシアが驚いた。


「男に振られた?」

「……」

「じ、冗談ですよ! 何でそんなに冷たい目で見るんですか!」


 ミアが慌ててヒューリに言い訳をする。


「シンシアは、結局理由を教えてくれなかったのか?」

「はい。相変わらず”内緒”って言うだけで、教えてはくれませんでした」


 リリアがミナセに答えた。


「でも、これで少しは落ち着くんじゃないのか?」

「それがシンシア、今度は何かを悩んでいるみたいなんです。きっと教えてくれないだろうと思って、何も聞いてはいないんですけど」


 そう言ってリリアがうつむく。

 シンシアが、何を考えているのか分からない。そのことが、リリアの心にずっとさざ波を立て続けていた。

 

「外出の次は悩み事か。まったくあいつも忙しいやつだな」


 ヒューリが呆れるが、やっぱりシンシアのことは心配だ。腕を組んでヒューリも考え込んでしまった。

 みんなが黙り込む中、フェリシアが言った。


「これは、また最終兵器を使うしかないのかしら」


 それを聞いて、ヒューリが身を乗り出す。


「そうだな。最後はそれしかないかもな」


 それにリリアも加わってきた。


「でも、シンシアのガード、かなり固いですよ。大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ。だって最終兵器なんだもの」


 首を傾げつつも、ミナセは黙って会話を聞いている。

 だが、ミアは素直に食いついてきた。


「最終兵器って何ですか?」


 リリアとヒューリとフェリシアが、ミアをじっと見つめる。


「な、何ですか!?」


 注目を浴びて、ミアが怯んだ。


「まあ、いずれ話すよ。ただ、ミア。出動の準備だけはしておいてくれ」

「……分かりました」


 分かっていないくせに分かったというミアを、フェリシアが笑った。


「まあ、とりあえず外出はなくなったんだ。もう少し様子を見てみよう」


 ミナセの言葉で、この日も話し合いが終わる。

 ミアを除けば、みんながみんな、すっきりとしない顔をしていた。


 そんな会話があった、数日後。

 エム商会の事務所では打ち合わせが行われていた。


「俺からは以上だ。みんなから何かあるか?」


 ひと通りの伝達が終わって、マークがみんなに聞く。

 すると。


 そろ~り


 下を向いたまま、シンシアがそっと手を挙げた。

 一斉にみんなが注目する。打ち合わせでシンシアが手を挙げるのは、とても珍しいことだ。


「何だい、シンシア?」


 少し驚きながらも、いつもと同じ声でマークが聞いた。

 みんなに見つめられて、シンシアの顔が真っ赤に染まっていく。挙げたままの手が小さく震えている。もの凄く緊張しているのが誰の目にも分かった。

 シンシアが、ゆっくりと手を下ろす。目を閉じて、その場で深呼吸を始める。だが、深呼吸の効果はあまりないようだ。膝の上の拳は強く握られ、肩に力が入りまくっていた。

 隣でリリアも拳を握る。シンシアと同じくらいその顔が強張っていく。その空気が全員に伝わって、部屋の中は異様な緊張感に包まれていった。


 突然。


「シンシア!」


 ミアが叫んだ。


「お願い、ちょっと待ってて!」


 そう言ってガバッと立ち上がる。

 シンシアも、そしてみんなも、びっくりしてミアを見上げた。


「すぐだよ、すぐだからね!」


 そう言ってミアは、早足に隣の部屋へと消えていった。


「あいつ、このタイミングで、まさかトイレか?」


 ヒューリがつぶやくが、誰もそれに答えない。あまりに突飛なミアの行動に、みんなは唖然としていた。


「お待たせ!」


 しばらくすると、ミアが元気に戻ってきた。


「あー、すっきりした! シンシア、いいよ!」


 シンシアの隣にストンと腰を下ろし、まさにすっきりした顔でミアが笑った。


「あなたって、どこまで本気なのか、時々分からないことがあるわよね」


 呆れたようにフェリシアが言う。


「えっ? 本気じゃないトイレって、あるんですか?」


 びっくりしたようにミアが言う。


「本気じゃない、トイレ?」

「たしかに、冗談ではトイレに行きませんね」

「冗談みたいなトイレなら、見たことがあるぞ」

「あら、気になるわね」

「あれはまだ、私が小さかった頃……」

「ヒューリ、その辺でやめとけ」

「いや、あれは言わずにはいられない。それはかなり衝撃的な……ふがっ!?」

「それ以上喋ると、この鼻が曲がったままになっちゃうかもな」

「分かったふがっ! やめとくふがっ!」

「ヒューリさん、おもしろい!」

「ミア! 笑ってる場合じゃないふがっ!」

「やだ、ヒューリさん」

「ふがっ! ふがっ!」


 ヒューリがもがく。

 リリアとフェリシアが笑う。

 ミアが手を叩いて笑う。

 マークが微笑み、そしてシンシアを見る。

 呆れたように騒ぎを見ていたシンシアは、やがてうつむき、そしてクスクスと笑った。


「仕方がない。この辺で許してやろう」

「ミナセ、痛いぞ! ほんとに痛かったぞ!」


 鼻を押さえてヒューリが抗議をする。

 表情が緩む。空気が緩む。部屋の雰囲気が柔らかくなった。


「さて、シンシア」


 マークがさらりと言った。


「大事な話なんだろ? 言ってみなさい」


 ストレートなその言葉に、笑っていたシンシアがまたちょっと緊張する。

 その右手を、リリアが握った。


「さあ、言ってみなさい!」


 左の肩を、ミアがバンバン叩く。

 ミアを見て、リリアを見て、シンシアはちらりとマークを見た。


「お願いが、あります」


 覚悟は決まったようだ。

 シンシアが、きちんと顔を上げる。

 そして言った。


「石窯を、作ってほしいです」

「……何だって?」


 意表を突かれてマークが聞き返した。

 全員が首を傾げる中で、シンシアが、真剣な顔で言った。


「石窯を、作ってほしいです」

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