精霊使い

 フェリシアが、マークを見て答えた。


「シンシアは、精霊使いなんです」

「精霊使い?」

「はい」

「ちょっと待てっ!」


 ヒューリが叫びながら立ち上がった。


「精霊使いって言ったら、どの国でも最重要人物として保護する対象だぞ! 大陸中を探したって、百年に一人現れるかどうかっていう貴重な存在だ!」

「私が知る限りでも、その通りだわ」

「そうだよ、そうなんだよ! ありとあらゆる魔法が使える存在、魔法の研究を飛躍的に進めることのできる存在……」

「私も知ってます!」


 ミアが続く。


「魔石のもとになる霊力を感じ取れる存在、精霊の声が聞こえる存在、それと……えっと……物語の中に出てくる凄い人!」


 ヒューリと一緒に立ち上がって大きな声を上げた。

 二人の声が響き、やがてそれが、鎮まる。


「シンシア、そうなのか?」


 マークが、落ち着いた声で聴いた。

 シンシアが、ゆっくりと話し始めた。


「私、小さい頃から、声が聞こえた。耳を塞いでも聞こえてくる、不思議な声」


 ヒューリとミアが、そっとソファに腰を落とす。

 

「名前を聞いても、答えてくれなかった。おはようって言っても、返事はなかった。でも”お願い”をしたら、応えてくれた。火をつけたり、水を出したりしてくれた。だから私、小さい頃から、魔法が使えた」


 シンシアが、ちらりちらりと周りを見ながら話を続けた。


「お母さんが魔法で出した火を、いたずらで消したりしてた。ちょっとだけなら、空も飛べた。それを見たお父さんが、これからは人前で”お願い”したらだめだって言った。だから私、それからは気を付けてた」


 他人が発動した魔法を打ち消すことも、小さな子供が第四階梯のフライを発動することも、常識ではあり得ないことだ。

 そんなことが周りに知られたら、シンシアは、国か貴族か金持ちか、あるいは悪党に連れて行かれていたに違いない。


「お父さんたちが死んで、声が出せなくなった時、声も聞こえなくなった。だけど、高原でゴブリンを倒せるようになった時、また声が聞こえるようになった」

「やっぱりあの時から……」


 ミナセがつぶやく。

 シンシアの気配が変わったと、ミナセは言っていた。どうやらそれは正しかったようだ。


「私が精霊使いだっていうことは、昨日フェリシアから聞いて、はじめて知った。びっくりしたけど、いろいろ聞いて、納得した」


 ちょっとだけシンシアが微笑む。


「自分が何なのか、分かってよかった。フェリシア、ありがとう」

「そんなの……」


 お礼を言われて、フェリシアが戸惑う。


 国が最重要人物として保護する対象。

 大陸中を探しても、百年に一人現れるかどうかという貴重な存在。


 自分がそんな存在だと知って、シンシアはどう思うだろうか?

 シンシアがそんな存在だと知って、みんなはどう思うだろうか?


 シンシアにそれを伝える時、フェリシアは迷った。

 みんなにそれを伝えることも、フェリシアは迷った。


 それでもフェリシアは決めた。

 シンシアと、みんなを信じることにした。

 

 そして今、みんなはやはり戸惑っている。言うべき言葉も見付からず、シンシアを見つめたまま黙っていた。

 その時。


「シンシア!」


 突然大きな声がした。

 全員が、びっくりして声の主を見る。


「シンシアは空が飛べるの!?」


 キラッキラな目。


「シンシアは、どんな魔法でも使えるの!?」


 ウッキウキな声。

 シンシアの両肩を掴みながら、大きな声で、ミアが聞いた。


「えっと……分からない」

「えー!」


 パコッ!


「あいたっ!」

「お前なぁ、ちっとは空気読めよ!」


 ヒューリに叩かれて、だがミアは、膨れながら反論する。


「だって凄いじゃないですか! シンシア、凄いじゃないですか!」

「ほんと、あなたは相変わらずねぇ」


 フェリシアが笑う。みんなも笑う。

 空気が一気に和んだ。


「分からないっていうシンシアの答えは、たぶんその通りよ」


 フェリシアが、シンシアにかわって答えた。


「フライは、使えるかもしれないわね。昔もできたみたいだし。だけど、どんな魔法でも使えるっていうのは難しいと思うわ」

「そうなんですか?」


 残念そうなミアを、フェリシアがまた笑った。


「シンシアがイメージできることしか現象は起こせないし、シンシアが嫌がることも、きっと無理ね」

「んー、残念です!」


 みんなも笑った。


「それに、いくら効率良く魔力が使えるからと言っても、結局は魔力の量によって起こせる現象の大きさは決まってくるわ。今のシンシアの魔力だと、それほど大きな現象は起こせないんじゃないかしら」

「つまり」


 ミナセが聞く。


「イメージ力を高めたり、魔力を増やすような訓練をすれば、シンシアは凄い魔術師になれるっていうことか?」

「そうね。魔術師っていう言い方は、ちょっと違和感があるけれど」

「まあ、たしかに」


 ミナセが頷く。

 続けてヒューリが聞いた。


「魔力って、どれくらい増えるものなんだ?」

「それは、完全に個人の資質に依存するわね。だけど、どんなに訓練をしても、私とかミアのレベルになるのは難しいんじゃないかしら」

「そんなレベルには、ならなくていいと思うぞ」

「あら、そうなの?」


 いつものみんなが戻ってきた。

 リリアがシンシアに微笑む。シンシアも、微笑みを返した。

 そのシンシアが、また表情を引き締める。そして、今度は真っ直ぐにフェリシアを見た。


「訓練すれば、いろんな魔法が使えるようになる?」


 シンシアの目は真剣だ。


「そうね」


 ちょっと驚きながら、フェリシアが答えた。


「訓練すれば、魔力も増える?」

「増えると思うわ。どれだけ増えるかは、何とも言えないけれど」


 答えを聞いたシンシアが、うつむいた。だがその姿は、それまでと違って萎縮も緊張もしていない。

 やがて、シンシアが顔を上げる。その目を再びフェリシアに向ける。


「なら私、訓練する」


 強い決意を込めて、シンシアが言った。


「どうして訓練をしたいの?」

「それは……」


 聞かれたシンシアは、マークと、リリアをちらりと見る。そして、シンシアはまたうつむいてしまった。

 うつむいたまま、小さな声でシンシアが答えた。


「……秘密」

「秘密!?」


 ミアが叫んだ。


「ここまで来て秘密って」


 ミナセはちょっと呆れている。

 その時、ソファの対面からにゅっと手が伸びた。


「シンシア、吐け~」


 シンシアのほっぺたを、ヒューリが両手で挟み込む。


「いやっ!」

「吐けぇ、ほら、吐いて楽になってしまえ~」

「やーっ!」


 シンシアがもがく。

 ヒューリが攻める。


「うふふ、いつも通りね」


 フェリシアが笑った。みんなも笑った。


「オラオラ~」

「あー!」

「まあ、それくらいで」


 いつまでも続く二人のコントに、ミナセが幕を引く。


「仕方がない。今度ゆっくり聞かせてもらおう」

「言わない!」


 満足気なヒューリを睨みながら、シンシアが不満いっぱいの声を上げた。

 その時。


「シンシア」

「はい」


 マークに呼ばれて、シンシアが顔を向ける。

 穏やかな表情で、マークが言った。


「シンシアは、今までもシンシアで、これからもシンシアだ。俺にとっては何一つ変わらない」

「はい」

「それでも、ほかの人たちから見れば、やっぱりシンシアは特別な存在になる。これからも、人目につくところで魔法を使うのは極力避けるんだ」


 穏やかな声だが、その内容は、シンシアにとって非常に重要なことだ。


「はい」


 姿勢を正してシンシアは答えた。


「困ったりしたら、遠慮なく相談すること。一人で悩むのはなしだ。いいね?」

「はい」


 マークの目を見てしっかりと頷く。


「みんなも、対外的には多少気を使ってもらうことになるが、よろしく頼む」

「はい!」

「もちろんです!」

「お任せください!」


 全員の声を聞いて、マークが微笑む。

 再びシンシアを見て、マークが聞いた。


「シンシア、何か言っておきたいことはあるか?」


 聞かれたシンシアがうつむく。

 明らかに迷っている。


「何かあるなら遠慮するなよ」


 ミナセに言われても、まだ迷う。


「シンシア」


 リリアが声を掛けた。

 シンシアが、リリアを見た。

 そして。


「もうちょっとしたら、言う」

「何だよそれ!」


 ヒューリが突っ込み、また両手を伸ばす。


「まあまあ」


 ミナセが、それを掴んで無理矢理抑え込んだ。

 大きな秘密が公表されたというのに、シンシアにはまだ秘密があるらしい。


「話せるようになったら話してくれ」

「はい……」


 マークの一言で、この問題は一旦終了となった。

 何となくすっきりしない雰囲気の中、謎多きシンシアは、ちょっと申し訳なさそうな顔でソファに座っていた。

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