リリアの心配

「最近、シンシアの帰りが遅いんです」


 リリアが心配そうに言う。


「まさか、男……」


 ポカッ!


「あいたっ!」

「そんなはずないだろ!」

「冗談です、冗談ですよ!」


 ヒューリに睨まれたミアが、涙目で頭を押さえる。


「毎晩なのか?」

「はい。仕事が終わると、いつもいそいそと出掛けていくんです。帰ってくると、なぜか甘い香りがして……」

「甘い香り?」

「そうなんです。どこに行ってるのか聞いても、内緒って言うだけで、絶対に教えてくれないですし」


 ミナセの問いに、リリアが答えた。

 シンシアも子供ではない。どこに行こうとシンシアの自由だし、人に教えたくないことだってあるだろう。女の子の一人歩きは危険な夜の町も、シンシアほどの力があれば問題はない。

 と、リリアも思うのだが、行き先を教えてくれないこともあって、やっぱり心配になってしまう。

 そこでリリアは、シンシアと、そしてマークがいないタイミングを見計らってみんなに相談したのだった。

 マークには余計な心配を掛けたくない。そんな風に、リリアは考えていた。


「最近、シンシアに変わったところってなかったかしら?」

「変わったところ……」


 フェリシアに聞かれてリリアが考える。


「そう言えば」


 リリアが言った。


「シンシア、じつは最近、魔法が使えるようになったんです」

「そうなの!?」


 フェリシアが目を丸くして驚く。みんなも驚いてリリアを見た。

 シンシアは、入社した時から魔法が使えなかった。一般的な生活魔法でさえ使えないので、料理の時はリリアが火を点けてあげていたし、髪もリリアが乾かしてあげていた。

 基本的に、魔法を使うには呪文の詠唱が必要だ。慣れてくれば詠唱なしでも発動できるが、最初はみな呪文を覚え、それを口に出して唱える。

 両親を亡くして以来、シンシアはうまく喋ることができなかった。だから、呪文が唱えられなくて魔法が使えないのだろう。そんな風にみんなは思っていたのだった。


「でも、シンシアの魔法って、ちょっと変わってるんです」

「変わってる?」

「たとえばファイヤーの魔法なんて、竈に向かって”火を点けて”ってお願いするんです。そうすると、薪とか炭に、ちゃんと火が点くんですよ」

「火を、点けて?」


 フェリシアがまた驚く。


「髪を乾かす時は、”髪を乾かして”だし、水を出す時は、”水を出して”みたいな感じです」

「呪文じゃあないな、それ」


 ヒューリが不思議そうに言った。


「そうなんです。どれも、慣れれば詠唱なしで使える魔法ばっかりだから、言葉なんて何でもいいのかもしれないんですけど」

「フェリシア、そんなものなのか?」


 リリアの話を聞いて、ミナセがフェリシアを見た。


「まあ、そうね」


 曖昧に、フェリシアが答える。だが、その顔はミナセに向いていない。何かをじっと考えるようにテーブルを見つめていた。


「そう言えば」


 今度はヒューリが話し出した。


「あいつ、私たちと一緒じゃなくても、人と話せるようになったような気がするな」

「あ、そうかも!」


 ミアがそれに応じた。


「この間、知らない人に道を聞かれて、ちゃんと答えてるのを見掛けました」


 シンシアは、社員の誰かと一緒なら、相手が誰でも話すことができた。社員がいなくても、馴染みの客や知り合いであれば、問題なく会話もできる。

 しかし、初対面の人や慣れていない人に対しては、シンシア一人だとうまく話せないことが多かった。だから仕事も、相手に慣れるまでは必ず社員の誰かとペアを組んでいたのだ。


「やっぱりあの時から、なのかな?」


 独り言のように、ミナセがつぶやいた。


「あの時って、遠征の時ですか?」

「そうだ」


 リリアに聞かれてミナセが答える。


「何となくなんだけど、魔物を倒せるようになった頃から、シンシアの気配が変わったような気がするんだ」

「気配?」


 リリアが首を傾げた。

 ミナセに鍛えられて、リリアもずいぶん強くなってはいたが、気配を感じるという領域にはまだ達していない。

 みんなの話をじっと聞いていたフェリシアが、突然話し出す。


「遠征から帰ってきた後にね、魔法のことを教えてほしいって、シンシアに言われたのよ」

「魔法のこと?」

「そうなの」


 フェリシアがヒューリを見る。


「発動までの手順とか、割と基本的なことが多かったけれど、特に精霊と魔法の関係について詳しく聞かれた気がするわ」


 魔法を発動するには、精霊の助力が不可欠だ。術者のイメージを精霊が感じ取り、魔力をエネルギーとして現象を引き起こす。それが魔法の大まかな概念となる。


「その時は大して気にしなかったんだけど、シンシアが魔法を使えるようになったって聞くと、気になっちゃうわね」

「たしかにな」


 ヒューリが頷いた。

 みんながそれぞれに考え込む。シンシアに何が起きているのか、シンシアが何を考えているのか、みんなは真剣に考えていた。

 そこに。


「シンシアは、ちゃんと過去を乗り越えたんですよ」


 ミアの声がした。


「話せるようになった。魔法が使えるようになった。それだけなんです!」


 そう言って、ミアが立ち上がる。


「シンシアだって大人です。皆さん、ここはシンシアを信じてあげようじゃありませんか!」


 拳を握り締め、全員を見て力説した。


「さっきお前、男だとか何とか言ってなかったっけ?」

「だから、あれは冗談ですってば!」


 ヒューリの突っ込みに、ミアが慌てる。

 相変わらずのミアに、みんなが笑った。


「そうだな、ミアの言う通りだ」


 微笑みながら、ミナセが言う。


「シンシアを信じて、しばらく様子を見てみよう。リリア、それでいいか?」

「はい」


 リリアが頷く。


「みんなも、それとなくシンシアのことは気にしておいてくれ。何かあれば、また相談しよう」


 ミナセの言葉でその場は解散となった。

 バラバラとみんなが立ち上がる中、フェリシアだけは、座ったままでしばらく何かを考え込んでいた。

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