第十二章 新規事業

企画会議

「なあミナセ」

「何だ?」

「うちの会社って、たくさん依頼が来てるんだよな?」

「ああ」

「だよな」


 ブチッ、ブチッ


「なあミナセ」

「何だ?」

「護衛とか警備とかの依頼も、たくさん来てるんだよな?」

「そうだな」

「だよな」


 ブチッ、ブチッ


「なあミナセ」

「何だ?」

「それなのに、どうして私たちは、草むしりなんてしてるんだ?」

「それは、お前が貯金をしていなかったからだろ」

「……だよな」


 ブチッ、ブチッ


「なあミナセ」

「何だ?」

「お前って偉いな」

「何がだ?」

「私の話をちゃんと聞いてくれるし、私にちゃんと付き合ってくれてるし」

「当然だ。仲間だからな」

「……照れるな」


 こんな会話を交わしながら、ミナセとヒューリはひたすら草むしりをしている。

 ほかの社員たちも、今頃町のどこかで、個人からの依頼を中心に仕事をこなしているはずだった。



 遠征から帰ってきた七人は、事務所の近くのお店で軽い打ち上げをした後、解散した。

 事務所のアパートは契約を残してあったので、リリアとシンシアは事務所に戻る。ミナセたち四人は、ずっと使っていた定宿に向かった。部屋は当然引き払っていたので、空きがなければほかを当たるつもりだった。

 だが、宿屋の扉を開けた途端、四人は熱い歓迎を受けた。

 女将が笑顔でウェルカムドリンクを持ってくる。以前使っていた部屋の客を追い出しにいった亭主を、ミナセが慌てて止めにいく。その夜は店のおごりで大宴会。翌日からは、ちゃんと慣れたベッドで眠ることができた。


 そしてみんなは、二日間の休息の後、会社に集まった。そこで社員たちは、衝撃の事実を知ることになる。


「たったのこれだけ?」

「はい……」

「あれだけあった魔石が、たったのこれだけだっていうのか?」

「はい……」

「何てこった!」

「何ということでしょう!」


 ヒューリとミアが叫ぶ。その目の前で、リリアが申し訳なさそうにうなだれていた。


 今回の遠征で、リリアとシンシアとミアの三人は、かなりの数の魔物を倒している。それはとても数え切れないほどで、つまりは、手に入れた魔石の数もすごい量になっていた。

 その魔石をありったけの袋に詰めて、足りない分はタオルなどで包んで、それをマジックポーチに入れて持って帰ってきている。それを今日、リリアとフェリシアが換金に行ってきたのだ。


 自慢げに魔石を広げる二人の目の前で、換金屋の主人が、迷惑そうな顔をして言った。


「クズ石ばっかりだな」


 そう言いながら席を立ち、大きな秤を店の裏から持ってくる。そして、一緒に持ってきた大きな皿に、魔石を無造作に移していった。


「ちょっと! そんな乱暴に……」

「バカ言え! こんなクズ石、いちいち丁寧に扱っていられるか!」


 文句を言うフェリシアを、店主はあっさり黙らせた。


 二人が持ってきた魔石は、そのほとんどが親指の先ほどのもの。ゴブリンやウルフが残す魔石は、実際そんなものだった。ましてや、スパイダーやスネークの魔石となるとさらに小さい。つまりは、量り売りされるようなクズ石ばかりだった。

 一つずつ取り引きされる魔石と言えば、オークとマーダータイガーのものくらい。それは十数個しかない。


 小さな魔石をすべて量り終えた店主は、残った魔石を手にとって、それを少しだけまじめな顔で見つめる。


「まともに鑑定するのはこいつらくらいだ。こいつらを含めて、全部で……」


 告げられた金額を聞いて、リリアもフェリシアも愕然とした。それは、普通の冒険者のパーティーならば、それなりに喜ぶ金額だ。今夜は盛大に宴会でもしようと盛り上がるところだろう。

 しかし、会社の運転資金となると……。


「もうちょっと何とか……」

「無理だね」


 きっぱりと言われて、二人はトボトボと会社に戻ってきたのだった。



「まあ、こんなもんだろ」


 ミナセだけは妙に納得している。入社前は魔石を売って現金を得ていただけあって、感覚的には分かっていたようだ。


「事務所の家賃を払って、予想される当面の経費を残すとなると、皆さんの今月の給料は、基本給の三分の二くらいしか出せません。すみません」


 リリアが頭を下げる。


「みんな、申し訳ない。もう少しすれば、多少は収入があるはずなんだが」


 マークも頭を下げる。

 インサニアを潰した報酬がいずれは入ってくるはずなのだが、それがあったとしても、かなり厳しい状況だ。


 二人は、沈痛な面もちのままうつむいた。

 そこに、落ち着いた声がする。


「問題ありません。お金が入ってくるまで、払えるだけの給料で結構です」


 ミナセが言った。


「それでいい」


 シンシアもあっさり。


「私も大丈夫です」


 フェリシアも笑う。

 そんな中。


「深刻だ……」

「まずいです……」


 青い顔をしている二人がいた。


「宿代が、払えない」

「ご飯が、食べられない」


 二人だけが呆然としていた。


「貯金、ないのか?」

「ない」

「ありません」


 そんな訳で。


 エム商会初の銀行からの借り入れという事態を迎え、何とか当座を凌ぐメドは立ったものの、やっぱり現金残高が心許ないということで、即日現金が手に入る個人からの依頼を集中的に受けることになったのだった。

 商人や会社相手の仕事では、現金が入ってくるまでに三ヶ月掛かることもある。支払いサイトはなるべく短く設定してもらうのだが、客の業態によってはどうしようもないことも多かった。



 ブチッ、ブチッ


「なあミナセ」

「何だ?」

「私、これからは貯金するよ」

「そうだな。それがいい」


 ヒューリは成長した。ヒューリはこの時から、貯金をするようになったのだった。



 翌日。


「企画会議を始めます!」


 リリアが高らかに宣言する。


「おぉっ!」


 ミアが高々と腕を掲げる。

 事務所では、リリアの呼び掛けによって打ち合わせが行われていた。


「今回の件で、うちの財務体質の弱さが露呈しました」

「ごめん……」

「良心的な商売だけでは、会社はやっていけないのです!」

「そうだよね……」

「困っている人を助けるためには、自分たちが強くなければならないのです!」

「……」


 リリアが力強く演説する。

 マークが小さくなっていく。


「そこで、皆さんにアイデアを出していただきたいと思います。取れるところからは取る! そんなことができそうな仕事のアイデアはありませんか?」


 リリアがみんなに問い掛けた。


「はい!」

「はい、ヒューリさん!」

「ダンジョンから秘宝を取ってきて、それを金持ちに売りつける!」

「却下だな」


 ミナセ、即否定。


「何でだよ!」

「剣が穢れる」

「えぇっ! だって昔はやってたんだろ?」

「私は最低限の魔物しか倒さなかったし、ボスには絶対に手を出さなかった。私は冒険者じゃないからな」

「そういうとこ、お前めんどくさいな」


 否決。


「はい!」

「はい、フェリシアさん!」

「みんなで歌って踊るのはどう? きっと連日満員御礼に……」

「いやだ」

「だってシンシア、昔は……」

「いやだ!」

「……」


 否決。


「はい!」

「はい、ミアさん!」

「みんなで野菜を作る!」

「……なんで?」

「野菜は美味しい!」

「……」


 否決。


「はい」

「はい、シンシア!」

「リリアの、お料理教室を開く」

「おおっ!」

「いいかも!」

「お客は?」

「普通の、人?」

「高い料金は、取れないな」

「……」


 否決。


「はい」

「はい、ミナセさん!」

「剣の道場を開く」

「おっ、それならいけるかも!」

「金持ちのボンボンとかを狙って……」

「やるなら本格的な道場にしないとな。門下生は徹底的に鍛え上げて……」

「客が逃げるな」

「続かないわね」

「……」


 否決。


「じゃあ……」

「はい、社長!」

「えっと、みんなに使ってもらっている石鹸とかを……」

「それはダメです」

「やめてください!」

「却下!」

「論外」

「あれは社員特権です」

「秘密! 秘密!」

「……」


 否決。


 さらに小さくなるマークの前で、六人が黙り込む。

 やがて、リリアが言った。


「やはり、この問題は根が深いようです。継続審議ということで、今日は解散にしましょう」


 こうして会議は、結論の出ないまま終了となった。

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