幕間-受け継ぐ者たち-

昔のお話

「ずっとずうっと昔、人と神様がまだお話しできていた頃、北の大地に、一匹の魔物が現れました」


 小さな手に、きゅっと力が入る。


「その魔物は、村長さんの家の煙突に登って見上げても、まだその顔が見えないくらい、とっても大きな魔物でした」

「そんなに大きいの?」

「そうよ。そしてその体は、どんな武器も跳ね返しちゃうくらい、カチコチだったのです」

「えー!」

「強ーい!」


 聞き手たちが騒ぐ。


「そんな魔物が王様の住む町にやってきて、町の真ん中にどっかり座ったと思ったら、そこからぜんぜん動かなくなってしまいました」


 語りは続いた。


「たくさんの家が壊されて、たくさんの人がそこを追われてしまった。道は通れなくなっちゃったし、魔物の近くは怖くて住めないしで、本当にみんなは困ってしまったのです」

「かわいそう」

 

 聞き手がつぶやいた。


「そうね」


 語り手が微笑んだ。


「魔物を倒すために、国中の勇敢な人たちが魔物に向かっていきました。けれど、誰もその魔物を倒すことができませんでした」


 微かな風と暖かな日差し。

 小さな樽の周りに集まる、たくさんの純粋な瞳。


「困った王様は、神様にお祈りしました。あの魔物を倒す方法をどうか教えてくださいって」

「だめな王様ね!」

「うるさいぞ!」


 ほっほっほ


 楽しそうに語り手が笑う。


「王様は、国民のために一生懸命お祈りをしました。すると、その声を聞いた神様が、王様の前に現れたのです」

「神様!」

「そう、神様。その神様が言いました。”千本の剣をここに持ってきなさい。その全部を一つにまとめて、あの魔物を倒すことのできる剣を作ってあげよう”って」

「千本?」

「千本って、どれくらい?」

「十の次が百で、百の次が千だよ!」

「だから、どれくらい?」


 微笑ましいやり取りを、微笑みながら語り手は聞いている。


「千本っていうのはね、鍛冶屋さんの裏に積んである薪の数よりも、ずっといっぱいっていうことよ」

「そんなにたくさん!?」


 驚く声。


「そうよ。それでね、神様は、もう一つ王様に言いました。”剣を作るかわりに、お前の娘を嫁にほしい”って」

「お嫁さん!」

「神様のお嫁さん!」


 恥ずかしそうな顔とキラキラな瞳。

 お嫁さんという響きが、聞き手の心を突っついた。


「王様は、国中から剣を集めました。そして、集めた剣とかわいい娘を国のために差し出しました。神様は、千本の剣とその娘を抱えて、神様の国に戻っていったのです」


 小さな瞳が真剣に見つめる。


「それから何年かして、その国に一人の子供がやってきました。その子の髪はきれいな栗色で、その子の瞳は、優しい茶色でした」

「茶色?」

「あっ!」


 小さな手が指さした。

 語り手が、微笑む。


「それは、神様のお嫁さんになった、王様の娘と同じ色。その子は、神様の子供だったのです」

「神様の子供!」

「いちいちうるさいぞ!」


 ほっほっほ


 樽の周りは賑やかだ。


「その子は、自分の背よりも大きな剣を持っていました。それこそが、神様の作った剣。あの大きな魔物を倒すことができる、世界でたった一つの剣だったのです」


 小さな体が身を乗り出す。

 樽の周りが、ちょっと静かになった。


「その子は、剣を持って、町の真ん中にどっかりと座っていた魔物に戦いを挑みました。どんな武器も、どんな勇者も敵わなかったその魔物に、たった一人で立ち向かったのです」

「一人で……」

「そう、一人で。その戦いは、陽が沈んで月が出て、月が沈んで陽が昇ってを三回も繰り返すくらい、長い長い戦いでした」


 ゴクリ


 聞き手は一言も発しない。


「とても大変な戦いでした。でも、最後にその子は、大きなその魔物を倒すことができたのです」

「すごーい!」

「よかったー」


 空気が緩んだ。

 語り手も、にこりと笑う。


「王様も、国中の人たちも、万歳をして喜びました。その時みんなの目の前で、その子の剣が、突然ドラゴンになってしまったのです」

「えー!」

「どうしてー!」


 疑問と不満が渦巻く。


 ふふふ


 小さな笑いがこぼれた。


「そのドラゴンが、言いました。”儂の役目は終わった。どこか遠くの静かなところで、眠りにつくことにしよう”」


 低い声が、聞き手を見渡す。


「”儂が目覚めるのは、神の血を引く者が、魔物を倒した証を持って現れた時のみ。その者が、主としてふさわしいと儂が判断した時、儂は再び剣となってその者に従うだろう……”そう言ってドラゴンは、空の彼方に飛んでいってしまいました」

「飛んでいっちゃったの?」

「そう、飛んでいっちゃったの」


 ざわざわ


 残念そうな、ホッとしたような、たくさんのざわめきが起きた。


「証ってなあに?」


 一人が聞く。


「それはね、宝石のことよ。大きな魔物がいたところに、きれいな宝石が残っていたの」

「へぇー」

「その子はどうなったの?」


 気になるところはそれぞれ違うらしい。

 語り手が答えた。


「その子はそこに残って、やがてその国の王様になりました。そして、素敵な人と結婚したのです」

「いいなあ」

「うふふ、そうね。それでね、その王様は、生まれてきた子供たちに、あの宝石を少しずつ割って与えました。宝石の欠片をペンダントや指輪にして、一つ一つに祈りを込めて、子供たちに与えたのです」

「指輪!」


 小さな手が語り手を指さす。

 語り手が、笑った。


「子供たちは、北の大地に広がって、いろいろなところで暮らし始めました。だから北の国には、神様の恵みがたくさん溢れているのです。独特の文化、独自の魔法みたいなものが、そこからたくさん生まれていったのでした」

「ふーん」


 神秘的だけれど、少し難しい話になってきたようだ。

 冒険とかロマンスとか、そういうことから離れていったせいか、聞き手の興味もちょっとずつ離れていった。


 ちょうど、その時。

 語り手が、南に続く道を見た。少し細めたその目をさらに細める。

 そして。


「さあ、そろそろお昼よ。みんな、おうちにお帰りなさい」

「はーい」


 素直に返事をして聞き手が散っていく。樽の周りが静かになった。


 暖かな日差しが降り注ぐ。

 それを、細い影が遮った。


「久し振りね」

「……はい」


 樽の前には、一人の女が立っていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る