それぞれの戦い

「いったい何人いるんだ?」

「百か、まあ、二百はいないだろう」

「めんどくさい!」


 ヒューリが右へと加速する。


「リリア。デカいのを倒したら、すぐ社長のところに戻れ。シンシアに加勢するんだ」

「分かりました」


 リリアの肩を叩き、異質な者たちの動きをもう一度確認して、ミナセも左へと向かう。

 ならず者たちはもう目の前。男も女も子供も年寄りも、何かに憑かれたように三人に向かってきている。

 その集団に、ヒューリが飛び込んだ。


「おりゃあ!」


 男の顎を拳で殴る。女の首筋を手刀で打つ。


「加減が難しいんだよ!」


 文句を言いながら、子供のみぞおちを正確に突く。

 ヒューリの苦手な戦いだった。勝手に反応してしまう体を無理矢理抑え付けながら、ヒューリが敵に立ち向かう。

 ちらりと見れば、少し離れてミナセも戦っている。淡々と、正確に敵を”倒して”いた。


「くそっ、死ぬんじゃないぞ!」


 年寄りの頸動脈を背後から押さえながら、ヒューリが叫ぶ。

 いちいち言わなくてもいいと思うのだが、いちいち何かを叫びながら、ヒューリもひたすら敵を”倒して”いった。

 

 その二人の間、集団の中央にリリアはいた。数人のならず者を倒し、ぽっかりと空いたその場所で、リリアは剣を構えている。


「何で、俺の前に茶色がいるんだ?」


 目の前の大男が言った。


「俺の相手は、黒か赤だ。お前じゃあねぇ」


 その声は、とても不機嫌だった。

 リリアが男を見上げる。二メートルはあろうかという大男。だが、その顔は目の回りしか見ることができない。顔だけでなく、その体のどこもリリアは見ることができなかった。

 フルプレートにフルヘルム。頭の先からつま先まで、男は重厚な防具で身を固めていた。その防具の隙間から、魔力が漏れ出ている。強力な身体強化魔法が男の体を包み込んでいた。

 男の武器は、ウォーハンマー。だが、その大きさが尋常ではない。そんなものが扱えるのかと疑問に思うほどの巨大なハンマーだ。


「私は、エム商会のリリアと言います。失礼ですが、インサニアの方ですか?」


 リリアが問う。


「その剣、木でできてるのか?」


 リリアの問いなどまるで無視して、男が聞いた。

 長さは、リリアの身長より少し短いくらい。重厚な両手剣だと思われるそれを、リリアのような少女が軽々と持っている。その剣先は、ぶれてもいなければ震えてもいない。金属でできているとは到底思えなかった。


「木ではありません。たぶん」

「たぶん?」


 きちんとリリアは答えた。

 だが、その答えに男の不機嫌さは一層増したようだ。


「俺の相手は黒か赤だ。お前に興味はない」


 そう言いながら、巨大なハンマーを持ち上げる。そのまま男は、頭の後ろまでハンマーを振り上げた。

 男は明らかに攻撃の態勢。それなのにリリアは、男から視線を外して周りを確認し始めた。

 ミナセ、ヒューリ、フェリシア、そしてマークたち。

 その目が捉えた。数人のならず者がマークたちに迫っていく。その中には、異質な空気を持つ二人の男もいた。

 リリアたち三人で、これだけの人数を抑え切れるはずもない。マークの周りには、早くも敵が現れていた。


「おい、どこ見てんだ!」


 男が怒鳴った。自分に集中していないリリアを、ヘルムの中の目が睨み付ける。

 男の魔力が増していった。ハンマーを握る両腕に力が漲っていく。


「素人め!」


 叫ぶと同時に、男がハンマーを振り下ろした。

 巨大なハンマーが、一気に加速する。それは驚異的な加速だった。空から振ってきた隕石のように、轟音を響かせて金属の塊が落ちてくる。

 しかし、リリアはそれに余裕で反応した。ハンマーが加速を始める前に右足を引き、同時に剣先を下げる。

 そして。


「やあぁっ!」


 気合いと共に剣を振り上げた。


「バカかお前は!」


 男が蔑みの声を上げる。


「そんなもの粉々に……」


 ガキイィィン!


 男の言葉の終わらぬうちに、もの凄い音がした。金属の塊と、リリアの剣が激突する。


「ぐあっ!」


 声がした。


 ヒュンヒュンヒュン……ドーン!


 奇妙な音がした。


 リリアの剣は、振り切られている。その剣先は、高々と天を指していた。

 男の両手も、天を向いていた。だが、その手には何もない。

 持っていたハンマーは、男の数メートル後ろの地面にめり込んでいた。


「あり、得ない」


 掠れた声がした。


「あり得ない!」


 怒りの声が聞こえた。


「ふざけるな!」


 怒声とともに、男が両手でリリアを掴みに掛かる。

 しかし。


「うっ!」


 呻き声を上げて、男が動きを止めた。その両腕は高く掲げられたままだ。

 肩がやられていた。腕も指も、骨が数カ所砕けていた。

 猛烈な勢いで振り下ろされた巨大なハンマー。それに真っ向からぶつかって弾き飛ばすほどの衝撃に、人の体が耐えられるはずなかった。


 リリアが再び周囲を確認する。

 ミナセとヒューリは当然健在。空では、フェリシアが二つの影と戦っている。

 ミアはならず者たちと戦闘中だ。シンシアは、二人の男と睨み合っている。その二人の男とマークが、シンシアを挟んで何か話をしていた。


 リリアは、決断した。


「手加減はなし。ただし、リーダーと思われる人物は捕らえること」


 リリアがつぶやく。

 目の前で男が吠える。


「貴様ぁ……がはっ!」


 何かを言い掛けた男が、いきなり吹き飛んだ。数メートル先の地面に体を叩き付けられてゴロゴロと転がり、そして止まる。

 フルプレートが大きくひしゃげていた。男は、ピクリとも動かなかった。


「私には、守らなければならない人がいますので」


 踵を返しながら、リリアが言った。

 その瞳に迷いはなかった。



 近付いてくる二人の男に向かって、シンシアが足を踏み出す。


「私はあっちね!」


 ミアがならず者たちに体を向ける。


「二人とも、気を付けろよ」


 マークの声に、二人は振り返って力強く頷いた。その顔に、迷いはない。

 ミアが駆け出す。その姿を横目で見ながら、シンシアが小さくつぶやいた。


「社長に近付く人がいたら、教えて」


 謎のつぶやきは、マークにさえも聞こえない。


「お願い」


 シンシアは何かに”お願い”をした。そして、ヒューリの双剣を握り締める。

 気迫のこもった表情で、シンシアは二人の男に向かっていった。



「もー、いい加減にしなさいよ!」


 空中でフェリシアが叫ぶ。そして、左右の手から滅茶苦茶に魔法を放った。二つの影が、それをかわし、あるいは盾で防ぐ。

 フェリシアは、マークの真上にいた。そのフェリシアを挟んで、二人の男が宙に浮かんでいる。

 フェリシアを中心に対称の位置を保ち、その距離を保ちながら、二人はフェリシアの魔法を防ぎ続けていた。


「ほんと、頭に来るわ!」


 フェリシアの不機嫌な声が響いた。

 フェリシアが片方の男に近付こうとすると、その男はするすると逃げていく。同時に片割れがするすると近付いてきて、マークを頭上から狙う。フェリシアが元に戻ると、男たちもまた元の位置に戻って、常にフェリシアとの距離を維持していた。

 フェリシアが何もしなければ、対称の位置から同時にマークに向かって魔法を放つ構えを見せるので、常に攻撃を仕掛け続けなければならない。

 攻撃力だけなら、フェリシアが二人を圧倒している。だが、フライの技量に関してだけ言えば、二人の男はフェリシアといい勝負をしていた。


「最悪だわ!」


 眼下では、ミアとならず者たちの戦いが始まっていた。シンシアも二人の男と対峙している。気持ちは焦るが、どうにも現状が打破できない。

 経験したことのない戦いに、フェリシアはどうしようもなく苛立っていた。

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