ならず者再び

 村を出てから二日目。一行は、暗い森の道を歩いていた。

 往路では、この付近で何度か襲撃を受けている。おそらく近くにならず者たちの集落やアジトがあるのだろう。


「私、この森嫌いです」


 ミアがブツブツ言っているが、来る時と違って、その歩く姿には余裕がある。リリアもシンシアも、背筋を伸ばしてしっかりと歩いていた。

 高原やダンジョンで相手にしてきたのは魔物だ。対人戦闘の経験を積んできた訳ではない。それでも三人は、戦うことを恐れているようには見えなかった。

 唯一”経験”のないシンシアが、いざという時どうなるかは未知数だ。だがおそらく、そういう場面になっても、恐怖で動けないということにはならないだろう。

 旅に出る前にマークが言った”跳ね返す力”を、三人はしっかりと手に入れていた。


 その三人とは対照的に、ミナセとヒューリ、そしてフェリシアの表情は険しい。

 ならず者たちに襲われることは、おそらくもうないだろう。痛い目に合わされた七人のことを、彼らが簡単に忘れるとは思えなかった。

 それでも。


 何も起きないはずがない


 ミナセもヒューリもフェリシアも、そう思っていた。

 魔力、物音、罠、そして気配。それらをいち早く察知しようと、三人は最高レベルの集中力を発動させていた。


 そんな三人の心配をよそに、一行は無事に森を抜ける。鬱蒼とした草木がなくなり、道がずいぶん明るくなった。

 鳥のさえずりが聞こえる。空気の質が違うのか、正面から吹いてくる風も心地よい。


「ふう、ちょっと安心しました」


 ミアが言う。


「いや、危険な地形だ」


 ヒューリが、それを否定した。

 道の左手は小高い丘。右手は針葉樹がまばらに生える林だ。

 丘と林の間を、道は真っ直ぐに伸びている。その前方を見ながらヒューリが言った。


「伏兵か罠を仕掛けるなら、あの隘路はちょうどいい」


 右手の林は先で途切れて、やはり小高い丘になっている。道の先は、両側を丘に挟まれた隘路になっていた。


「ヒューリさん、やめてくださいよー」


 深呼吸をしていたミアが文句を言う。


「フェリシア、反応は?」

「ないわ」


 ミナセの問いに、フェリシアは即答。だが、その顔はやはり険しいままだ。


「とりあえず、進もうか」


 マークの声で、立ち止まっていた一行はまた歩き出した。

 先頭はミナセとフェリシア。その後ろには、マークを守るようにリリアとシンシアとミア。ヒューリがしんがりを務めている。

 辺りは静かなものだ。聞こえるのは、鳥のさえずりと風に揺れる葉音くらい。これまでの森に比べれば、はるかに穏やかな景色。だが、前方にはヒューリが警戒している隘路がある。

 全員が、前に集中して歩く。伏兵なのか罠なのか、何があるのか考えながら歩く。


 その中で、マークがなぜか、右手の林を気にしていた。それを、後ろからヒューリが見付ける。

 林は、かなり先まで広がっていた。木の間隔は広く、地面に生える草も、その丈はせいぜい膝くらいまで。針葉樹が多いせいで、結構遠くまで見通せる。視界の中に危険なものがあるようには見えなかった。


 罠でもあるのか?


 マークが罠を解除できることを思い出して、ヒューリも林をじっと見つめた。

 道は間もなく隘路に差し掛かる。前方を気にしながら、それでも右手をじっと見ていたヒューリが、眉間にしわを寄せて何かに集中した。

 その時。


「止まって!」


 フェリシアの鋭い声がした。全員の緊張が一気に高まる。

 フェリシアは、前をじっと見つめていた。そこは隘路。その細い道の左端に、小鳥が一羽いる。地面から空へ飛び立とうと羽をばたつかせているが、その様子がおかしかった。


「ケガをしてるなら……」


 ミアが前に出ようとした、その瞬間。


「みんな息を止めて、右の林に逃げて!」


 フェリシアが叫ぶ。

 叫びながら、フェリシアがその両手を前に突き出した。

 そして。


「ストーム!」


 突如魔法を発動した。一気に上昇した魔力が、暴風に姿を変えて荒れ狂う。

 風の魔法の第四階梯、ストーム。第一階梯のウィンドなどとは比較にならない、まさにストームが、その両手から隘路に向かって吹き付ける。

 呆然とするリリアとシンシアの手を掴んで、マークが走り出した。

 やはり動けなかったミアを抱えるようにして、ミナセも林へと駆け出していく。

 その誰よりも早く、ヒューリが林へと駆け込んでいった。


 六人は無言で走る。ゴォーという嵐の音はまだ続いている。

 リリアもシンシアもミアも、何が何だか分からないままに、とにかく走った。

 突然。


 サッ!


 先頭のヒューリが、片手を挙げて止まった。慌ててみんなも止まる。

 何も言わずに地面を睨んでいたヒューリが、木の枝を拾って地面をつつき出した。


 何を?


 みんなの視線を受けながら、ヒューリが地面をつついて歩く。

 すると。


 ザクッ!


 枝が、やけに簡単に地面に突き刺さった。その位置をヒューリが睨み、続けて前方を睨んだかと思うと、突如ヒューリが、跳んだ。


「えっ?」


 ミアの声がする。

 そのミアの後ろから、マークが聞いた。


「落とし穴か?」

「そうです。その枝からここまで跳んでください」

「分かった」


 マークが答えて少し下がり、勢いをつけて跳ぶ。枝からヒューリまでは二メートルちょっと。誰でも跳べる距離だ。


「みんなも行け」


 ミナセに言われて、リリアとシンシア、そしてミアが、助走をつけて跳んだ。

 ミナセは、助走なしで軽々と跳び越えた。

 全員が揃ったところで、ヒューリが手を振る。それを合図に、フェリシアが魔法を止めて飛んできた。


 林から数百メートルほど入ったところで一行は立ち止まる。


「ミア。悪いけど、私にキュアポイズンを掛けてくれる? 全力でよろしくね」

「はい!」


 ミアが、驚きながらもキュアポイズンを発動した。言われた通り、その体が輝くほどの魔力をフェリシアに注ぎ込む。


「ふぅ、ありがと。念のためみんなにもお願い。あなたにもよ」

「はい」


 続けてミアが、全員にキュアポイズンを掛けていった。

 ミアの魔法を受けながら、マークがフェリシアに聞く。


「毒ガスか?」

「そうです」


 フェリシアが答えた。


「私の索敵には反応がありませんでした。そんな距離から風に乗せて使っても効果があるような、非常にタチの悪い種類だと思います」

「うわぁ」


 ヒューリがイヤそうな顔をする。

 そのヒューリに、フェリシアが言った。


「それにしても、ヒューリ、よく落とし穴に気が付いたわね」

「えっ? ま、まあね」


 ヒューリがチラリとマークを見る。


「あの場所だけ、草の生え方が不自然だったしね」


 少し歯切れの悪いヒューリを不思議そうに見ながら、フェリシアが続けた。


「あの落とし穴、私たちが隘路の手前から林に入ることを想定して作ってあったみたい。木と木の間の、ここを通るだろうなっていうところに掘ってあったもの」

「計画的」


 シンシアがつぶやいた。


「毒ガスに落とし穴。で、当然次の手も打ってあるってことだな」

「まあ、そういうことになるわね」


 ミナセの言葉にフェリシアが頷く。

 二人は、林の奥を見ていた。みんなもその方向を見る。

 木々に隠れてそのすべては見えない。だが、それでも分かった。はっきりと七人は、それを捉えていた。


「襲ってこないって、思ってたんだけどな」

「ああ。だが、おかしいな」

「そうね。どうして女とか子供とか、お年寄りまでいるのかしら?」


 みんなの視線の先には、行きに蹴散らしてきた連中と同じような、ならず者。その数は、見えているだけで数十人。その数の中には、女と子供と、そして年寄りが入っている。


「フェリシア、人の心を操る魔法ってあるのか?」


 マークが聞く。


「バーサークという魔法なら、知っています。ただ、それだと周りのすべてを狂ったように攻撃するはずです。魔法だとすれば、私の知らない魔法です」


 フェリシアが答えた。

 ならず者たちとの距離は、まだ二百メートルほどある。だが、ここから見ていても連中の様子は異常だった。

 鍬や鎌などの農工具、ただの棒、ただの石。

 武器とは言えない得物を握り締め、一言も発することなく、じわじわと近付いてくる。


「呪歌のこともあるしな。また未知の術っていうところか」


 マークが言った。

 リリアが、うつむいた。


「後ろには毒ガスと落とし穴。前にはならず者。社長、この場合は……」

「目に見える相手を何とかするのが正解だろうな」


 ヒューリの問いに、マークが答えた。

 そして。


「こんな状況だが、俺の方針は変わらない。誰かを巻き添えにするつもりはない」

「と、おっしゃいますと?」

「あの連中の命は奪わない」

「マジっすか?」


 ヒューリが目を剥いた。


「悪いな」


 マークが笑った。


「あの中に、三人ほど異質な奴らがいますが?」

「そいつらは、倒すしかないだろう。だが、できればリーダーと思われる人物は捕らえてほしい」

「分かりました」


 ミナセがマークに頷いた。


「難易度、高くないか?」

「社長の指示だ」

「はあ、まったく」


 ヒューリがため息をつく。リリアとシンシア、そしてミアは、そのやり取りを緊張しながら聞いていた。

 みんながならず者たちを見る。その動きに集中する。その中で、フェリシアだけがまったく違う方向を見ていた。


「ミナセ。悪いけど、私、やることができたわ」


 フェリシアが、上を見ながら言った。

 ミナセも、そしてみんなも上を見る。木々の間にはきれいな空。その空に、二つの影が浮かんでいた。


「任せた」

「了解よ!」


 答えて、フェリシアは垂直に上昇していった。

 それを見届けたミナセが、再びならず者たちを睨む。その中にいる異質な者たちを睨む。

 味方の戦力と敵の戦力、敵の位置と動き。そして、マークの方針。

 じっと動かなかったミナセが、口を開いた。


「私とヒューリはならず者の相手だ。剣は使うなよ」

「仕方ないな!」


 覚悟を決めて、ヒューリが答える。


「リリアは、正面にいるデカいのを頼む。手加減はなしだ。いいな?」

「はい」


 リリアが大剣の布を外し始めた。


「シンシアとミアは、社長を守れ。近付いて来たのがならず者なら、ミアが対応するんだ」

「はい!」

「異質な奴らは、シンシアが抑えろ。倒そうとは思うな。時間を稼いでくれればそれでいい」

「分かった」


 ミアがメイスを握り締める。

 シンシアが拳を握り締める。

 すると。


「ほら、これを使え。お前のじゃあ、たぶん役に立たないからな」


 そう言って、ヒューリが自分の剣をシンシアに差し出した。

 ヒューリの双剣。父から託された家宝の剣。ヒューリが、命と同じくらい大切にしているもの。


「……いいの?」


 シンシアがびっくりしている。


「お前ならいいさ」


 ヒューリが笑った。


「分かった」


 シンシアが、双剣を受け取った。

 シンシアの表情が引き締まった。


 微笑みながら二人を見ていたミナセが、前を向く。


「接近されるとやっかいだ。そろそろ行くぞ」

「あいよ!」

「はい!」


 ミナセとヒューリ、そしてリリアが走り出した。

 シンシアとミアが武器を構えた。

 マークが、じっと社員たちを見つめていた。

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