それでも
「あの子はね、ブラックドラゴンだったの」
「ブラックドラゴン?」
「そう、ブラックドラゴン」
繰り返すミナセに、フェリシアも繰り返す。
「私の知る限り、公式の記録には載っていない種類だと思うわ。伝承とか伝説の中に出てくるようなドラゴンね」
「やっぱり北の国の伝説なのか?」
「どうだったかしら?」
フェリシアが、首を傾げて考える。
「何で読んだのかは忘れちゃったけれど、そこにはたしか、こう書いてあったと思うわ」
記憶を辿るように、フェリシアが目を閉じた。そのまま、瞼の裏の文字でも読むかのように話し出す。
「それは、火水風地の魔法を操り、高い知性を持つ至高のドラゴン。すべての魔法に耐性を持ち、その鱗はドラゴンスレイヤーさえ弾き返す……。そんな感じだったかしら」
「……」
ミナセが黙った。みんなも黙った。
それって無敵ってこと?
「ただね、あくまでお話の中での説明だから、そもそもが不確かな情報なのよ。だからね、いろいろ試してみたの。それで、いろいろと分かったことがあるわ」
「何が分かったんだ」
真剣なミナセに、フェリシアが答えた。
「火と水と風と地の魔法を使うっていうのは本当だったわ。知性が高いのも、たぶん本当ね。私のことをじっくり観察して、様子を見ながら攻めたり守ったりしていたもの」
言葉もなくみんなは聞き入る。
「魔法への耐性も、それなりにあると思うわ。何種類かの魔法で、わりと気合いを入れて攻撃してみたんだけど、ダメージを受けた様子はなかったし」
「フェリシアが気合いを入れても、ダメージすら与えられなかったっていうのか?」
「そうよ。まるで歯が立たなかったわ」
ミナセが驚く。
みんなの顔が、沈んでいく。
「ドラゴンスレイヤーの有効性は不明よ。そんなの私、持っていないから。でも、ミナセの刀だったらどうなのかしらね?」
「どうだろうな。あんまり試したいとは思わないが」
さすがのミナセも、今回ばかりは弱気だ。
「あとね」
「まだあるのか?」
ヒューリが疲れたように聞く。
フェリシアが、ちょっと頬を膨らませてヒューリを睨んだ。
「なによ、人がせっかくいろいろ試してきたのに」
「悪かったよ」
力なく謝るヒューリをもう一度睨んでから、フェリシアはまたミナセに向き直った。
「暗闇の中にいたからちょっと意外だったんだけど、あの子はね、視覚が一番発達していると思うわ」
「視覚か」
「そう。トーチライトを点けたり消したりして反応を確かめたけど、間違いないわね。明かりがない時には、魔力探知と、たぶん聴覚を使う感じかしら。嗅覚のある無しが確認できなかったのが、返す返すも残念だったわ」
「お前ってやっぱり、いろんな意味で凄いな」
ヒューリが、今度は感心したように言う。
「私も興味あったしね。ちなみにブレスの継続時間は、炎と冷気で五秒、雷撃と物理攻撃魔法は一回に一発だけ、次のブレスや魔法発動までの間隔は、だいたい五秒よ。ブレスの威力は、私が本気でシールド張って、三秒耐えるのが限界っていうくらい。雷撃と物理攻撃魔法は、できれば避けたいっていう感じ。どれもこれも、なかなかの威力だったわね」
暗い顔つきで聞いていたみんなが、フェリシアを尊敬の眼差しで見つめ始めた。
「フェリシアさん、凄いです」
「さすがフェリシア」
「フェリシアさん、かっこいい!」
「うふふ。ありがと」
讃辞を受けて、フェリシアが嬉しそうに笑う。
「で、いろいろ試した結果、私思ったんだけど」
みんなが注目した。
注目されて、フェリシアが微笑む。
微笑んで、その顔をマークに向ける。
マークを見て、フェリシアの微笑みが、消えた。
「あの子を倒すのは相当な困難を伴うものと、私は判断しました」
やっぱり……
そんな顔を、みんなはした。
少しだけ期待をしていたのだが、やっぱり無理だったかと納得する。
それなのに。
「それでも俺たちは、そいつを倒す必要があるだろうな」
「……は?」
ヒューリがポカンと口を開けた。
「社長、今、何て?」
念のため、みたいな口振りで、ミアが聞く。
それにマークが答えた。
「俺たちは、そいつを倒す。そのための方法を、みんなで考えよう」
「……」
ミアはもちろん、ミナセまでもが驚いていた。
マークならどうするかを考え、マークの指示に即応できることを常に心掛けているミナセが、驚いていた。
「この扉は、誰でも開けることができる。ここに至る通路も、おそらく閉じることはないだろう。と言うことは、いずれこの場所を誰かが見付ける可能性があるということだ」
マークが、全員の目を見て話を始めた。
「ブラックドラゴンの存在は、やがて国中に、いや、大陸中に知れ渡ることになるだろう。それはつまり、この場所や麓の村に、たくさんの人間が押し寄せてくるということだ」
みんなが頷く。
「ドラゴンに挑んで命を落とす者が出ても、それは仕方がないと俺は思う。だが、公式な記録にも載っていない強力な魔物がいったいどんな秘宝を落とすのか、そのことについては、個人はもちろん、国家レベルの関心事になってもおかしくはない」
「たしかに」
ミナセが反応した。ミナセには、マークの言わんとすることが分かったようだ。
「フェリシアの報告を聞く限り、ブラックドラゴンを倒すのは並大抵のことではないだろう。つまり、ブラックドラゴンは、長期間に渡って人々の関心を引き続けることになる」
「そうすれば、麓の村もまた賑わうんじゃないですか?」
「そうだな。だが、賑わうなんていう話では済まないかもしれない」
ミアに向かってマークは言った。
「ドラゴンへの挑戦権を巡って人間同士が争ったり、貴族が介入してきたり、よからぬ連中がよからぬことを企むことだってあり得る」
マークが再びみんなを見る。
「麓の村の人たちは、今の暮らしに満足しているように見えた。村は貧しいのかもしれないが、決して寂れている訳じゃなかったし、何より、村の人たちがみんな穏やかな顔をしていた」
言われてみんなは思い出した。
家畜の鳴き声と鳥のさえずり。
ひなたぼっこをするおばあちゃんと駆け回る子供たち。
元に戻っただけだと豪快に笑った、鍛冶屋の店主。
「俺は、あの人たちの暮らしを守りたいと思う。俺たちのせいで、あの穏やかな村が変わってしまうのは見たくないんだ」
ミナセが大きく頷く。
「ドラゴンを倒しても、また復活してしまう可能性はあるだろう。だが、倒さなければ、確実にドラゴンはここに居続けることになる。それだけは何としても避けなければならない」
「分かりました!」
リリアが答えた。
「悪いな。みんなの力を貸してくれ」
「やりましょう」
「燃えてきたぜ!」
「やる!」
「調べた甲斐があったわね」
「ぬおおぉっ!」
全員が答えた。
気力マックス、モチベーションマックスの六人を、マークが嬉しそうに見る。
「今日は一旦引き上げよう。夕飯を食べながら、改めて打ち合わせだ」
「はい!」
修行最終日に待っていたとんでもないイベント。それに七人は、総力を挙げて立ち向かうことになったのだった。
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