異常事態

 ミナセとヒューリが中の様子を窺う。トントンという軽い音が、少しずつ遠ざかっていくのが分かった。

 暗闇に慣れた目でも、やはり何も見付けることはできない。

 だが。


「いるな」

「ああ。ちょっと遠いが、いる」


 索敵という意味では、二人がフェリシアに敵うはずがない。それでも二人は感じていた。

 フェリシアではない魔力の存在。

 何とも言えない、いやな予感。


 地面を叩く音が徐々に消えていく。二人が、闇を睨む。

 突然。


 ボォッ……


 はるか遠くに明かりが灯った。


「トーチライトか?」


 それは、マジックライトのような明かりではない。弱々しく揺らめく、まさに松明のような光。

 その光が急速に動き出した。右に左に、その位置を変えながら絶え間なく動いている。

 続いて。


 ビカッ!


 強烈な光が走った。稲妻のように、瞬間的な強い光。


「何だ!?」


 ヒューリが叫ぶ。

 同時にミナセが扉に手を掛けた。その足が、一歩前に出る。

 その時。


「ミナセ、フェリシアを信じろ」


 マークの声がした。


「はい、すみませんでした」


 驚きながら、ミナセが答える。


 どうして自分が動いたことが分かったのか?


 疑問がミナセの脳裏をかすめるが、そんなものは、すぐにどこかへと吹き飛んでしまった。

 再び目を向けた彼方の闇に、驚異的な光景が広がっている。


 光が舞っていた。

 それはオレンジ。

 それは青。

 それは深紅。


 さまざまな色の光が飛び交う。

 同時に。


 ゴオォォォッ!

 ドドーン!


 轟音が響き渡る。

 リリアとシンシアが、震えながら抱き合った。

 ミアがゴクリと唾を飲み込んだ。


「社長!」

「待て!」


 ヒューリが叫び、マークが怒鳴る。

 どう考えても異常事態だ。フェリシアは、間違いなく何かと戦っている。それも、間違いなく並の相手ではない。

 それでもみんなは動かなかった。

 それでもみんなは、フェリシアを、マークを信じた。


 戦いは続く。

 光と音が交錯し、その度にみんなの心臓がドクンと脈打つ。

 やがて。


「来る!」


 ミナセが大きな声を上げた。


「何が!?」


 ヒューリには、まだ捉えることができていない。


「いったい何が……」


 言い掛けたヒューリの耳が、今度は捉えた。


「ミナセ! ヒューリ!」


 待ちわびていた声。

 小さな明かりと共に、それが駆けてくる。

 その、後ろ。


 バッサ、バッサ……


 羽音が聞こえた。それは、コウモリとか鳥とか、そういう次元のものではない。とてつもない威圧感を伴った、重い羽音だ。

 風が巻き起こる。砂塵が舞い上がる。


「ミナセ! ヒューリ!」


 再び声がした。直後、紫の髪が扉を駆け抜ける。

 それを、巨大な炎が追い掛けてきた。


「閉めて!」

「おりゃあぁぁぁっ!」


 ミナセとヒューリが全身の力で扉を押した。


 ガシャーーーンッ!


 大きな音とともに扉が閉まる。


 ゴオォォォッ!


 轟音が、扉の向こうに響き渡った。


 グルルル……


 重く、低く、不気味な声が、扉の向こうで唸っている。

 トーチライトで照らされた重々しい扉。それが今にも吹き飛ばされてしまうのではないか。そして、何かとんでもないものが飛び込んでくるんじゃないか。

 そんな恐怖を抱きながら、全員が固唾を飲んで扉を見守っていた。


 フェリシアの荒い息づかいと、不気味な唸り声だけが聞こえる。

 その唸り声が、聞こえなくなった。扉を睨んでいたミナセが、みんなを振り向く。


「離れていきました」


 ふうぅ


 誰ともなく息を吐き出す音が聞こえた。同時に、フェリシアがトーチライトを止める。


「ミア、明かりを!」

「はい!」


 マークに言われて、ミアがマジックライトを発動した。

 明るさに目を眩ませながら、それでもみんなはフェリシアのもとに駆け寄る。


「大丈夫か?」


 マークに聞かれたフェリシアは、膝に手をついて、苦しそうに呼吸をしている。


「はい……はあ、はあ……久し振りに全力疾走しちゃって……はあはあ、ちょっと苦しいですけど……はあはあ……でも、大丈夫です」


 どうにか顔を上げて、フェリシアが答えた。


「水です!」

「……ありがと」


 リリアの差し出す水筒を受け取るが、それもすぐには飲めないほどに息が乱れている。


「はあはあ……私、反省したわ……はあはあ……私も少し、体力をつけないとだめね……」


 そう言ってフェリシアは、ミアにメイスを返し、水を一口飲んで、ようやくみんなに笑顔を見せた。



 落ち着いたフェリシアが、中の様子を話し出した。


「予想通り、中はかなり広い空洞になっていたわ。その一番奥に、あの子がいたの」

「あの子?」


 ミナセに聞かれて、フェリシアが答えた。


「ドラゴンよ」

「ドラゴン……」


 ミナセは静かに受け止めていたが、ほかのみんなの顔には、明らかに驚きや恐れが浮かんでいる。

 言わずと知れた、魔物の中の魔物。

 英雄譚や冒険物語に描かれる最強の敵。


「ドラゴンにはいろいろと亜種がいるけれど、あれは、正真正銘のドラゴンだわ。生物学の分類に例えるなら、ドラゴン目ドラゴン科っていうところかしら」

「フェリシアさん、その例え、いらないです」

「あら、冷たいわね」


 ミアに突っ込まれて、フェリシアは不満そうだ。

 相変わらずのフェリシアに、みんなは苦笑い。だがそのおかげで、張り詰めていた空気が少し和らいだようだった。


「でね、ドラゴンと言えば、大きな体に大きな翼、堅い鱗とブレス攻撃って相場は決まっているのだけれど、細かく言うと、違いがあるのよ」


 少しまじめな顔に戻って、フェリシアが言った。


「炎のブレスを吐くレッドドラゴン。冷気のブレスのブルードラゴン。風と雷を操るイエロードラゴンに、物理攻撃魔法を使うグリーンドラゴン」

「なるほど」


 ミナセが頷いた。


「どの種類でも、その特徴を知っておけば、大抵は倒せるわ。私も一人で倒したことがあるし」

「一人で!?」


 ヒューリが叫ぶが、フェリシアは平然と続ける。


「このマジックポーチって、ブルードラゴンが持っていたのよ。ブルードラゴンは火を嫌うから、ファイヤーボールを打ちまくって接近した後、闇の魔法のアシッドブレスで鱗を溶かして、そこに短剣で切れ目を入れて、手を突っ込んで、エクスプロージョンを体内で発動。そんな感じだったわ」

「それはまた、ずいぶんあっさりと……」

「あら、あっさりじゃなかったのよ。ちゃんと私、その時死に掛けたんだから」

「……」


 とんでもない武勇伝のはずなのに、あまり緊迫感を伴わないのは、話しているのがフェリシアだからだろうか?

 

「で、あの子がどのドラゴンかっていう話なんだけど」


 話を再開したフェリシアが、急激にその顔を引き締める。

 そして言った。


「あの子ね、鱗の色が、黒だったのよ」

「黒?」


 聞き返したミナセを見て、フェリシアが言った。


「あの子はね、ブラックドラゴンだったの」

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