隠し扉
「そのペンダントが宝石に触れた時に何が起こるか、リリアは確かめてみたいと思うか?」
マークに聞かれて、リリアは再び考える。
呪歌からリリアを守ってくれたこのペンダントに、不思議な力があるのは間違いない。
もしかすると、このペンダントには何かの意味、何かの役割があるのかもしれない。
それを知るのは、少し怖かった。
だけど、リリアは思った。
このペンダントのことを、ちゃんと知りたい
周りを見れば、みんなが答えを待っていた。不安そうな目もあれば、期待一杯のまなざしもある。
何が起こるのか分からない。いいことが起こるのか、悪いことが起こるのか、やってみなければ分からない。
それでもリリアは思った。
このペンダントが自分の手の中にある意味を、私は知りたい
だから答えた。ちゃんとマークを見て、リリアが答えた。
「何が起こるか、確かめてみたいです」
「分かった。じゃあやってみよう」
マークがにこりと笑った。
もしかしたら、重大な決断をしたのかもしれない。
もしかしたら、この後大変なことが起きてしまうのかもしれない。
だけど、リリアに不安はなかった。
だって、社長が笑ってくれたから
リリアもにっこりと笑う。
周りのみんなも微笑んでいた。ミアは、万歳をしていた。
「じゃあリリア、私と手をつないで」
フェリシアの差し出すその手を、リリアが握る。
「行くわよ」
「はい!」
フェリシアが、再びフライを発動した。二人がゆっくりと浮かんでいく。
「リリアだけ持ち上げるわよ。手は絶対に放さないでね」
リリアを押し上げるように、フェリシアが右手を上げていった。その手を左手で握りながら、リリアが徐々に右手を伸ばしていく。その右手には、ペンダント。その輝きは、宝石に近付くほどに増していった。
亀裂に体を入れたリリアのちょうど目の前に石版があった。しばらく眺めてみたが、リリアにはまったく読むことができない。
文字を読むのを諦めて、リリアは上を向いた。輝きを放つ宝石に、ペンダントをそっと近付ける。
「触れます」
緊張しながらリリアが言った。
宝石とペンダントが、触れた。
瞬間。
パーンッ!
突然宝石が砕け散った。
「リリア!」
フェリシアが叫ぶ。
リリアが慌てて手を引っ込めた。しかし、その手に何かが当たった感触はない。破片のかわりにキラキラと光をまき散らしながら、宝石は跡形もなく消え去っていった。
「大丈夫です」
すぐ下のフェリシアに、リリアが右手を見せる。
その手も、そしてペンダントも無事だった。だが、ペンダントの光は消えていた。
「何だったのかしら?」
フェリシアがつぶやいた、直後。
ゴゴゴゴゴゴ……
重い音が響いたかと思うと、行き止まりだったはずの岩壁が横に動いて、新たな通路がポッカリと口を開けた。
「隠し扉!」
ミアが叫ぶ。だが、叫んだのはミアくらいだ。ほかのみんなは、声も出せずに呆然としている。地面に降りてきた二人を含めて、誰もがその通路を黙って見つめていた。
しばらくして。
「フェリシア。この先に何か反応はあるか?」
「……いいえ、ありません」
マークに聞かれたフェリシアが、少し集中をしてから答えた。
「行ってみましょうよ!」
ミアは相変わらずだ。
「行くしかないだろうな」
リリアを見て、もう一度通路を見て、マークが言った。
「分かりました」
マークの声に、ミナセが頷く。そして、みんなを導くように先頭に立って歩き出した。
「フェリシア、後ろについてくれ。私よりもお前のほうがダンジョンには詳しいだろ? トラップの警戒を頼む」
「分かったわ」
「リリアとシンシアは、フェリシアの後ろだ。社長はリリアたちと一緒にお願いします。ミアは社長の後ろ。ヒューリは最後尾で、いざという時に退路の確保を」
「任せろ」
迷うことなくミナセが指示を出していった。
みんなと同じように、マークも動き出す。その顔が、嬉しそうにミナセの背中を見ていたことに、気付く者は誰もいなかった。
通路は続く。時に斜度を変えながら、ひたすら下へと続いていた。
やがて一行は、開けた場所に辿り着いた。その奥には、誰が見てもそれと分かる、両開きの重々しい扉がある。
左右の扉には、それぞれに大きな取っ手が付いていた。蝶番が見当たらないので、手前に引くのではなく、押し開けるか、横にスライドさせるかのどちらかだろう。
「いかにもって感じね」
「ボスですかね!? 秘宝ですかね!?」
「いいから落ち着け」
そんな会話を背に、ミナセが扉に近付いていく。そして、その前で集中を始めた。
じっと目を閉じていたミナセが、やがて言った。
「何も気配を感じません。少なくとも、扉のすぐ後ろに何かがいるということはなさそうです」
「分かった」
マークが扉を見つめる。
「フェリシア。扉を少しでも開ければ、中を探れるか?」
「大丈夫です」
「扉を一度開けたら、中の魔物を倒すまで閉じられないなんていうことはあるか?」
「あるかもしれませんが、やってみなければ分かりません」
「そうか」
マークが考え込んだ。そのマークを、みんなは黙って待った。ミアだけはやたらと熱い視線を送っていたが、それを無視してマークは考え続ける。
「社長」
焦れてきたミアが、マークに声を掛けた。
「何となく、いやな予感がするんだが」
ミアを見ながら、マークが口を開く。
「とは言っても、ここまで来たらやるしかないだろう。ただ、慎重に進めたいとは思う」
「分かりました」
ミナセが、またすぐに答える。
「では、私とヒューリで扉を開けます。フェリシアは中の索敵。ほかのみんなは、少し離れて待機、ということでどうでしょう」
「それで頼む」
マークが頷く。
ミナセが頷き返し、みんなも動き出した。
ミナセとヒューリが、左右の取っ手をそれぞれ握る。
フェリシアが扉の正面に立ち、ほかの四人は、扉から離れたところで三人を見守った。
「ミア、明かりを消してくれ」
「はい」
ミナセに言われて、ミアが魔力の放出を止めた。途端に七人が暗闇に包まれる。
「真っ暗ですね」
「目が慣れるまでじっとしてるんだ」
七人は、その場で息を潜めた。
何も見えず、何も聞こえない。まるで視覚と聴覚が無くなってしまったかのようだった。それ以外のすべての感覚が、異常に鋭くなっていくような気がする。
「そろそろいいかな」
「そうだな」
「そうね」
扉の前の三人が会話を始めた。
「これって引くのか?」
「そうだな、とりあえず横に引いてみよう」
「ちょっとでいいわよ。二十センチも開けば十分だから」
「了解」
ジャリ
地面を踏みしめる音がした。
「いくぞ」
「せーの!」
ガラガラガラ……
「お、正解」
「静かに!」
ミナセとヒューリが、いつでも扉を閉じられるように取っ手を持ちかえる。
フェリシアが、索敵魔法を全開にして中を探っていった。
再びが静寂が訪れる。
ふと。
「フェリシア」
「あのさ」
ミナセとヒューリが同時に声を上げた。
「何となく、いやな感じがするんだけど」
ヒューリの小さな声がする。
「私もだ。社長じゃないけど、いやな予感がする」
ミナセも低い声で言う。
フェリシアは答えない。動くこともしない。
会話を聞いていたリリアたちに緊張が走った。
「あの、フェリシアさん?」
ミアがそっと呼び掛けた。そこにフェリシアはいるはずだ。だが、暗闇に慣れたその目でも、フェリシアを見付けることはできない。フェリシアからの返事もない。
緊張が高まっていく。
その時、ようやくフェリシアの声が聞こえた。
「社長。ちょっと中に入って、調べてきてもいいでしょうか?」
「えっ?」
マークではない誰かが、フェリシアの声に反応した。
「フェリシアの索敵魔法でも探れないのか?」
今度こそ、マークの声がする。
それにフェリシアが答えた。
「魔力が急激に広がる感覚がありました。中は、相当広い空間のようです。その奥の、私の索敵範囲ぎりぎりのところに、気になる反応があります」
「気になる反応?」
「はい。それを確かめるために、少し近付いてみたいと思うのですが」
フェリシアの索敵範囲は半径三百メートル。それでも捉え切れないということは、扉の向こうに大空間が広がっているということになる。
「ミナセ、ヒューリ。扉が閉まるかどうか確認してくれ」
「はい」
ガラガラガラ……
二人が力を込めると、扉は簡単に閉まった。開けるのも閉めるのも問題はないようだ。
それを確認して、マークが言った。
「フェリシア。扉は開けっ放しにしておくから、危険を感じたらすぐ逃げてくるんだ。絶対に無理はしないこと。いいね?」
「分かりました」
暗闇でも、フェリシアがしっかりと頷いたことが分かった。
「すまない、もう一度扉を」
「はい」
ガラガラガラ……
フェリシアが通れる程度に再び扉が開けられる。
「ミア、ちょっとメイスを貸してくれる?」
「えっ? えっと……」
「杖のかわりにしたいのよ。索敵魔法じゃ地形までは分からないもの」
「あ、なるほど」
暗闇の中で、ミアがごそごそと動いてフェリシアにメイスを手渡した。
「ありがと。じゃあ行ってきます」
トントントン……
メイスの柄で地面を叩きながら、特に悲壮感を漂わせるでもなくフェリシアが歩き出す。
「気を付けろよ」
「大丈夫よ」
全員の心配をよそに、フェリシアはさっさと扉の中へと入っていった。
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