二つの石
ダンジョンでの訓練を終えた、その夜。
「みんな、よくやったな」
げっそりしている三人に、ミナセが声を掛けた。
「ダンジョン、手強いです」
リリアがうなだれる。
「なんか、疲れた」
シンシアがこぼす。
「冒険者って、過酷な仕事だったんですね」
ため息をつきながら、ミアが言った。
その日三人は、見事にダンジョンを制覇した。叫びながら、そしてあちこちを噛まれながら、群がる魔物を斬り、突き、叩き、時には踏み潰して前に進んだ。
そして三人は、三時間と掛からずにすべての魔物を倒し切る。
「なかなかやるじゃないか。じゃあ昼食を取ったら、もう一回行ってみようか」
平然とミナセに言われた三人は、全員が涙を浮かべていた。
それでも。
「三人ともやるな」
二周目を終えた三人に、ミナセがちょっと驚いたように言う。
必死だったからなのか、それとも慣れたからなのか。三人は、二周目を二時間掛からずに回ってきていた。
「ここまでやれるなら、もうちょっと頑張ってみるか」
無情な声に、三人はまた泣く。
あのおひさまみたいなリリアが、見たこともないくらい悲しそうな目をして、とぼとぼとダンジョンの中へと入っていった。
一日で三回ダンジョンを制覇した三人を、ミナセは満足げに見ている。焚き火を囲んで力なく座る三人に、その嬉しそうな顔が言った。
「明日もダンジョンで訓練を行う」
「……」
「……」
「……」
反応はない。
「ただ」
そう言って、ミナセがマークを見た。
「明日で、ダンジョンでの訓練は切り上げてもいいと思います。高原の魔物も制覇しましたし、この場所でやることは、もうないかもしれません」
びっくりしたように三人が顔を上げる。
「分かった。ありがとう」
マークが、微笑みながら答えた。
「と言うことだ。あと一日、頑張ろうか」
「はい!」
「分かった!」
「ヤッホー!」
跳ね上がったモチベーションと共に、三人の体も飛び上がっていた。
「やあぁっ!」
「ふんっ!」
「このっ!」
斬り、突き、叩く。
「シンシア、後ろ!」
「ミアさん、上!」
視野の広いリリアが二人を支援する。
手数でシンシアが、勢いでミアが魔物を圧倒していった。
倒した魔物の数で言えば、双剣のシンシアが一番だ。しかし、意外にもミアが大活躍している。
メイスの柄で突き、足で踏み潰す。
頭上がおろそかになりがちだったが、その分、足元の魔物はミアが徹底的に倒していった。
「どうだ!」
大きな声を上げながら、ミアが足を振り下ろす。ペチャンコになったスパイダーが、小さな魔石を残してきれいに消えていった。
「ちょっと面白くなってきたかも」
「普通の蜘蛛は、踏み潰しちゃだめですからね」
「それはだめ」
ダンジョンの最深部。と言っても、入り口まで最短経路で二十分ちょっとの場所。そこにいた魔物を全滅させた三人は、余裕の表情で会話を交わしていた。
「あいつら、すげぇな」
こっそりヒューリがつぶやく。
「私にはできないわ」
フェリシアが感心する。
「私は、そもそもやらないがな」
ミナセの言葉にマークが苦笑する。
三人は、すでに五周目を終えようとしていた。洞窟の外では、陽が少し傾き始めた頃だろう。
こんなものかな
ミナセが、ヒューリとフェリシアを見る。二人が頷いた。
ミナセがマークを見る。マークも頷いた。
ミナセが、三人に声を掛けた。
「三人共、よく頑張った。ダンジョンでの訓練は、これで終わりにしよう」
「ほんとですか!」
「よし!」
「やったー!」
一斉に喜びの声が上がった。
リリアがシンシアに抱き付く。
シンシアがリリアを抱き締める。
ミアが、両手を振り上げて万歳をする。
「急いで戻ろう。今ならまだ魔物も復活していない……」
そう言ってミナセは、だが途中で言葉を止めた。
そして、ミアに聞く。
「何をやってるんだ?」
聞かれたミアは、両手を高々と上げたまま天井を見上げていた。その目が、天井の亀裂をじっと見つめている。
「何かあるのか?」
ヒューリが、ミアの隣に立って同じように天井を見上げた。
「あそこに何かありませんか?」
「どこだ?」
ミアが天井を指し示す。
「あの亀裂の奥で、何か光ってるんです」
「光ってる?」
ヒューリが背伸びをして目を細めるが、その程度でちゃんと見えるはずがない。
すると、フェリシアがふわりと浮かび上がって、亀裂の真下からのぞき込んだ。
「ミア、もう少し暗くしてみて」
「分かりました」
ミアが魔力の放出量を絞る。小さな隙間さえも明るく照らしていたマジックライトが、その光量を落としていった。
「ミアの言う通りね。何か光ってるわ。あれは、宝石かしら?」
そう言いながら、亀裂に首を突っ込んで、さらに近くでそれを見る。
淡い光を放つ宝石のような石。それが岩壁に埋もれていた。手を伸ばして触ってみると、表面はとても滑らかだ。
さらに。
「あら? 何か書いてあるわ」
光る石の少し下、フェリシアの顔の少し上に、やはり岩壁に埋もれている石版があった。そこには、文字らしきものが書いてある。
フェリシアが、それをじっと見つめる。
その足元から、突然大きな声が聞こえた。
「リリア、胸!」
「えっ?」
シンシアが声を上げた。言われてリリアが自分の胸元を見る。
服の隙間から漏れ出る淡い光。それは、リリアのペンダント。ニーナの呪歌からリリアを守ったあのペンダントだった。
リリアがそれを取り出すと、光が輝きを増していく。
同時に。
「反応してるわ」
フェリシアが、目を見開いて宝石を見た。
リリアのペンダントに呼応するように、亀裂の奥の輝きが増していた。
「これっていったい……」
呆然とリリアがつぶやく。
石版と石と、眼下のリリアを順番に眺めていたフェリシアが、ふいにストンと地面に降り立った。
「リリア、ちょっとそのペンダント、貸してくれる?」
「はい」
急に言われてリリアは戸惑ったが、それでも首からペンダントを外して、それをフェリシアに渡した。
すると。
「光が消えていく!」
ペンダントの光は消えてしまった。見上げれば、亀裂の奥の光も消えている。
「なるほどね。じゃあリリア、今度はこれを、あの奥に向かって掲げてみて」
「はい」
フェリシアからペンダントを受け取って、それを天井に向けて高く差し出す。
「光が強くなった?」
リリアが手にした途端、ペンダントに光が戻った。それを高く掲げると、明らかにその光が強くなった。
「と言うことは」
フェリシアが、マークを見た。
「リリアのペンダントは、何かの鍵なのかもしれません」
「鍵?」
「はい」
返事をしたフェリシアが、おもむろにマジックポーチに手を入れた。その中から、古びた本を引っ張り出す。
「たしかあの文字は……あ、あったわ」
ページをめくっていたフェリシアが、その手を止める。そして、本を開いたまま再び上昇していった。
全員が注目する中、フェリシアが亀裂に頭を突っ込んで石版を睨む。時々埃を払いながら、フェリシアは石版の文字を読み始めた。
「えっと……血を引く者……証を持って……目覚める……。後は分からないわね」
しばらく石版と本を交互に見ていたフェリシアは、やがて地面に降りてきた。
「その本は?」
「これは、古代文字の解説書です。石版の文字は、太古の時代に大陸の北側で栄えた国のものだと思います」
フェリシアがマークに答える。
「もしも”血を引く者”がリリアのことで、”証”がそのペンダントのことだとしたら、例えばリリアのペンダントと宝石が触れる、みたいなことで、何かが起きるのかもしれません」
もの凄いことをフェリシアが言った。
全員が驚いてリリアを見る。当のリリアは、ただ目を見開くばかりだ。
リリアがペンダントを見つめた。母が大切にしていたペンダント。その母も、やはり自分の母親、リリアのおばあちゃんからもらったと言っていた。
このペンダントが鍵?
私が、血を引く者?
「リリア、心当たりはあるか?」
マークに聞かれて、リリアは考えた。
母は何か言っていただろうか?
父が何か教えてくれていただろうか?
しばらく黙っていたリリアが、やがて言った。
「すみません、思い当たることがありません」
「そうか」
申し訳なさそうなリリアに向かって、マークがまた聞いた。
「じゃあ、もう一つ質問だ」
マークがリリアを見る。その顔は、意外なほどに普通だった。
深刻な様子もなく、いつもの顔で、マークが聞いた。
「そのペンダントが宝石に触れた時に何が起こるか、リリアは確かめてみたいと思うか?」
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