マジックライト

 シンシアが魔物と戦えるようになってから三日目。夜の打ち合わせで、ミナセが三人に告げた。


「明日は、いよいよダンジョンに挑戦してもらう」


 その言葉にミアは大喜び。

 リリアはおとなしくうなずき、シンシアは、黙ってミナセを見ていた。



 この三日間で、シンシアは高原の魔物を制覇してしまった。リリアと同じく、一人でマーダータイガーも倒している。


「二人とも強過ぎだよ」


 ミアに半泣きで言われて、リリアとシンシアが、ちょっと気まずそうにうつむく。


「安心しろ。ミアも十分強くなってるぞ」


 ヒューリに慰められたミアは、隣のフェリシアに抱き付いた。


「フェリシアさーん、私、攻撃魔法を覚えますー」

「そうね、一緒に頑張りましょう!」


 ミアの場合、落ち込んでいても、周りに暗い印象を与えることがない。

 申し訳ないと思いながら、マークもミナセも、泣いているミアを見て笑ってしまった。



 昼間のやり取りを思い出して頬を緩め掛けたミナセが、顔を引き締めて三人を見る。


「今からダンジョンについて説明をするから、よく聞くんだ」

「はい!」


 元気に返事をするミアに、またもや頬を緩め掛け、慌てて咳払いをしてからミナセが説明を始めた。


「ダンジョンっていうのは……」


 この世界には、魔物が発生しやすい場所が無数にある。その中でも、洞窟や遺跡、地下迷宮などを指して、特にダンジョンと呼ぶことが多かった。

 ダンジョンの中は魔物の数が多く、そして、倒した魔物が比較的短時間で復活する。よって危険も大きいが、経験や魔石を稼ぎたい者にとっては都合のいい場所と言えた。


 ダンジョンは、規模も出現する魔物も多種多様だが、深部に進むほど強い魔物がいることが多く、中には”ボス”と呼ばれる強力な魔物がいる場合もある。

 そしてボスを倒すと、人の手では作り出すことのできない”秘宝”が手に入ることがあった。

 ただ。


「三人に挑戦してもらうダンジョンは、はっきり言って大したことはない。規模が小さい上に、魔物は弱いしボスもいない。最短ルートなら、最深部まで往復しても一時間は掛からないだろう」


 ミナセの言う通り、高原の奥にある洞窟ダンジョンは、初心者向けもいいところだった。ヒューリが「私なら二時間以内で制覇できる」と言っていたのは、誇張でも何でもない。


「そうは言っても油断はするな。洞窟の中というのは思った以上に戦いにくいし、視界も圧倒的に狭くなる。岩陰から魔物が飛び出してきたり、混乱して自分の位置や向きが分からなくなることだってある。感覚を掴むまでは慎重に戦うんだ」

「はい!」


 元気と言うより脳天気なミアの返事を聞いて、ミナセはとうとう笑ってしまった。


「な、何ですか!?」

「いや、すまない。何でもない」


 何でもないと言いながら、ミナセはまだ笑っている。納得できないという顔で、ミアが口を尖らせる。それを見てみんなが笑う。

 数日前とはまるで違う、和やかな夜が過ぎていった。



 翌日。


「これがダンジョン……」

「ちょっと緊張しますね」


 ミアの喉がゴクリと鳴る。リリアの表情も固い。

 七人は、高原の魔物を蹴散らして、その奥にあるダンジョンの前に立っていた。

 リリアとミアは、やや緊張気味だ。その二人のすぐ後ろで、シンシアが小さくつぶやく。


「ちょっと、濃い」


 よく分からないその言葉をリリアが捉えたが、それを気にする間もなくミナセが言った。


「最後の仕上げだ。行くぞ」


 言いながら、さっさと洞窟に入っていく。リリアたちも、慌ててその後を追っていった。



「暗いですね」

「まあ洞窟だからな」


 リリアの声にヒューリが答えた。


「フェリシア、明かりを頼む」


 ミナセがフェリシアを見る。言われたフェリシアは、しかしそこで、なぜかいたずらっぽく笑った。


「私よりもすごい魔術師が、ここにいるじゃない」

「えっ?」


 いつもは冷静なミナセが、ぽかんとフェリシアを見る。それを面白そうに見ながら、フェリシアが言った。


「ミア、出番よ」

「分かりました!」


 言われて、ミアが前に出る。みんながミアに注目した。

 事前の打ち合わせでは、フェリシアが魔法で洞窟内を照らす段取りだったはず。マークも、ミアが何をするのかと興味津々だ。

 そんなみんなをチラリと見て、ミアがニヤリと笑う。


「いきますよ」


 そして。

 

「マジックライト!」


 相変わらず詠唱もなしに、突然魔法を発動した。

 その途端。


「眩しい!」


 ヒューリが叫んで目を閉じる。


「何だ!?」


 ミナセも驚いて手をかざした。しかし、手をかざしても眩しさがまるで変わらない。ミナセも慌てて目を閉じた。

 ほかのみんなも、当のミアさえも、その強烈な光に目を眩ませていた。


「ミア、強過ぎ! 強過ぎよ!」

「はいっ! すみません!」


 返事をしながら、ミアが放出する魔力の量を絞っていく。


「えっと、こんなものでいかがでしょう?」

「そうね、こんなものね」


 目を開けて、周りを見渡したフェリシアが頷いた。


「びっくりしたぁ。何なんだ、その魔法?」


 警戒して目を細めたままのヒューリが、フェリシアに聞く。

 ミアの頭を撫でながら、得意げにフェリシアが答えた。


「これはね、光の魔法の第三階梯、マジックライトよ。トーチライトなんて比較にならないくらい、スゴい魔法なの」

「マジックライト?」


 ミナセも首を傾げている。

 暗闇を照らす魔法と言えば、火の魔法の第一階梯、トーチライトが一般的だ。その名の通り、松明の炎のような明かりが術者を中心に発現する。第一階梯に分類されているように、魔術師はもちろんのこと、たとえ前衛職であっても修得が可能な魔法だ。

 ただし、この魔法は術者が光源となるため、当然のことだが影ができる。そして松明の明かりのように、その光は常にゆらゆらと揺れている。洞窟のような狭い空間においてその特性は不利になることも多く、ダンジョン探索には必須でありながら、少し不便なところがあった。

 しかし。


「マジックライトはね、索敵魔法みたいに、自分の魔力を周囲に放つの。その魔力自体が光るから、影ができなくてとっても見やすいのよ」

「なるほど」


 ミナセが感心している。


「でもね、発動中は結構な魔力を消費しちゃうから、並の魔術師だと数分しかもたないの。しかも、光の魔法の第三階梯。使える人も少ないから、実際にこの魔法を目にする人ってほとんどいないんじゃないかしら」

「たしかに、見たことも聞いたこともないな」


 冒険者としての経験はないものの、軍の指揮官として魔術師部隊も率いていたヒューリが言うのだから、本当に珍しい魔法なのだろう。


「洞窟の中にいるとは思えませんね」

「すごく、よく見える」


 リリアとシンシアが、辺りをキョロキョロと見回していた。


「じゃあ、進みましょうか」


 ミアの頭をもう一度撫でてから、フェリシアが嬉しそうに歩き出した。

 それを見て、マークがそっと微笑む。


 もともとミアは、リリアにもシンシアにも武術ではまったく相手にならなかった。今回の特訓で、その差はさらに開いてしまっている。

 単純な戦力として見れば、六人の中で、ミアは群を抜いて下だった。

 だから。


「ミア、大丈夫よ」

「ミア、あなたは頑張っているわ」

「ミア、あなたは世界で一番可愛いわ」


 事あるごとに声を掛け、落ち込むミアを慰め抱き締める。

 マークが見ていたのは、シンシアだけではない。社員の頑張りも成長も、そして嬉しそうな笑顔も、マークにとってはすべてが掛け替えのないものだった。



 一行は洞窟を進む。やがて、ミナセが止まった。


「この先から魔物が出始めるはずだ。もう一度注意事項を言うから聞いてくれ」


 三人がミナセに集中した。


「この洞窟に出る魔物は、スパイダー、スネーク、そしてバット。その上位の魔物も含めて、どれも一撃で倒せる奴らばかりだ。ただ、スパイダーとスネークは足元から、バットは頭の上から攻撃してくるから、意外と戦いにくい。おまけに、的が小さくて、むやみに攻撃しても当たらない」


 三人が頷く。


「奴らの攻撃力は、虫としての蜘蛛や、爬虫類としての蛇とそれほど変わらない。噛まれても大したことはないし、ここには猛毒を持つ種類もいない。ひと通り戦いを終えた時、気分が悪くなったら、ポーションを飲むかミアに治してもらえば何の問題もないだろう」


 三人がミナセを見つめる。

 三人とも、少し緊張していた。


「正確で、無駄な力を使わない戦いを心掛けるんだ。分かったな」

「はい!」

「よし、じゃあ行ってこい!」

「はい!」


 返事をした三人は、くるりと向きを変え、武器を握り直して、ゆっくりと前に進み始めた。

 マジックライトのおかげで、何もかもがはっきりと見える。自分たちの影さえない。冒険者たちがこれを知ったら、こぞってミアを勧誘しに来ることだろう。

 三人は慎重に進んでいく。やがて三人は、明かりの中にごそごそと、あるいはうねうねと動き回る、小さな魔物たちを見付けた。

 三人が怯む。

 そこに、ヒューリの喝が入った。


「何やってる、行け!」

「はいっ!」


 やけくそ気味にミアが駆け出した。リリアとシンシアもそれに続く。

 戦いが始まった。同時に、叫び声が聞こえてきた。


「いやあぁっ!」

「気持ち悪い!」

「助けてー!」


 三人の声が響く。


「来ないで!」

「嫌い!」

「ふがぁー!」


 悲痛な叫びが洞窟内に響き渡る。

 戦う三人を眺め、その叫び声を聞きながら、ヒューリがぼそっと言った。


「ああいう小さいのって、普通は武器で倒すもんじゃないよな」


 それを聞いたフェリシアが、笑いながら言った。


「そうね。普通は魔法で一気にやっつけちゃうと思うわ」


 それを受けて、ヒューリが聞いた。


「ミナセ。お前なら、どうやって戦う?」


 聞かれたミナセが、表情を変えることなく答えた。


「私なら戦わない。面倒だからな」

「だよな」


 思いっきり苦笑いをしているマークの目の前で、教官たちは、腕組みをしながら愛弟子たちの叫びを楽しそうに聞いていた。

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