私も戦う
「持ってきたわよ」
ふわりと地面に降り立ったフェリシアが、帰りを待っていたミナセに言った。
「悪いな、手間掛けさせて」
「こんなの楽勝よ。でも、あんまり良いのはないわね」
そう言いながら、フェリシアが数本の剣を地面に並べていく。
「私の考えが甘かったんだ。仕方ない」
渋い顔をしながら、ミナセは一本一本剣を確かめていった。それらはすべて、リリアのための剣だった。
リリアの剣は、アルミナの武器屋でミナセが選んだものだ。予備の剣も一本用意していた。共に、切れ味より丈夫さを重視して買っている。旅が長引くことを想定してのことだ。
だが、リリアはすでに予備の剣を使い始めていた。剣の使い方が悪いのではない。斬った魔物の数が多過ぎるのだ。
ゴブリンやウルフといった初級の魔物では、もはやリリアの相手にならなかった。高原を進めばもう少し強い魔物もいるが、おそらくリリアは、そいつらさえもまったく問題にしないだろう。
今ミナセは、リリアをこの高原で最も手強いマーダータイガーと戦わせようと考えている。
だが、そのためにはまともな武器が必要だ。今使っている予備の剣なら問題ないが、それを潰してしまったら、マーダータイガーに挑ませることができなくなってしまう。
そこで、初級の魔物を相手にするための剣を、麓の村の鍛冶屋からフェリシアに調達してもらってきたのだ。同時に、最初のリリアの剣は修理に出している。
「ダンジョンがあるなら、それなりの武器屋があると思ったんだが」
剣を一本手にするたびに、ミナセの眉間のしわが増えていく。
錆を取る程度には研いでもらっていたが、正直言って、それなり以下の剣しかなかった。
「数でカバーするしかないな」
ミナセがため息をつく。
その時、一緒に剣を眺めていたフェリシアが、そっと聞いた。
「ところでシンシア、今日はどう?」
「今日も、戦ってはいない」
「そう……」
ミナセの答えに、フェリシアが顔を曇らせる。
少し離れたところに、シンシアが立っていた。その向こうでは、リリアたちが魔物と戦っている。
「ただ」
ミナセがふと言った。
「今日のシンシアは、前を向いている」
「前を?」
フェリシアが、改めてシンシアを見た。
「それから」
小さくミナセが微笑む。
「今日は、社長がシンシアの隣に立っている」
「隣に?」
フェリシアが、今度は視線をマークに向けた。
マークは、たしかにシンシアの隣に立っていた。今までマークは、ずっとシンシアの後ろにいたはずだ。
「何かあったのかしら?」
「どうかな」
曖昧にミナセが答える。
だが、ミナセは感じていた。今日のシンシアは、心が前を向いている。昨日までとは違う気持ちで、シンシアはあそこに立っている。
それをマークも感じ取ったに違いない。
「ミアに感謝、かもな」
「そうなの?」
首を傾げるフェリシアに、ミナセがちょっと嬉しそうに言った。
「ほんとに、予想外ばっかりだ」
その日の午後、ミナセと一緒に高原の奥へと移動したリリアは、途中の魔物をあっさりと蹴散らして、マーダータイガーと対峙した。そしてリリアは、たった一人でマーダータイガーを倒した。
それはつまり、リリア一人の戦力が、五人程度の中級冒険者パーティーに匹敵することを意味していた。
その日の午後、ミアは一人でゴブリンとウルフを全滅させ、一体のオークを一人で倒した。
それはつまり、ミアの実力が、五人程度の初級冒険者パーティーと同等であることを意味していた。
その日の午後、シンシアは、ミアの戦う姿を睨むように見つめながら、腰に差した剣の柄を、強く握り締めていた。
翌日。
七人は、高原の端にいた。遠くにゴブリンが見えるが、互いにまだ戦闘態勢に入るような距離ではない。
いつものように、ミナセが今日の方針を伝える。
「今日は、高原の中心付近で訓練を行う。リリアは、ヒューリから戦いの中での連携について学ぶんだ」
「はい!」
「ミアは、引き続き単独戦闘の訓練だ。ただし、あの辺りの魔物はゴブリンやウルフよりも一段強くなる。油断するなよ」
「はい!」
ミナセの声に、リリアとミアは力強く頷いた。
「フェリシアは、社長とシンシアを頼む」
「任せて!」
フェリシアが答える。
「じゃあ早速……」
行こうかと言い掛けて、だがミナセは、なぜか途中で言葉を止めた。
その目がマークを見る。そして、マークがじっと見つめているシンシアを見た。
ほかのみんなも、怪訝な表情をミナセに向け、そしてシンシアを見る。
微かな風と穏やかな日差し。
静かな高原の中で、その空間だけが、違った。
「うぅ……」
唸り声が聞こえる。
「ううぅ……」
絞り出すような唸り声が聞こえた。
ギシギシ……
柄を握り締める音。
強く強く握り締める音。
「私……」
震える腕を、意思が抑え込む。
「私……」
両腕が動いた。
体が沈み込んでいく。
「私も、戦う」
シンシアが言った。
「私も戦う!」
シンシアが叫んだ。
「あああぁっ!」
雄叫びを上げながら、跳ね上げるように双剣を抜き放つ。
「シンシア!?」
リリアが声を上げた。
だが、その声をシンシアは聞いていなかった。
「ああああああああぁっ!」
突然シンシアが飛び出した。遠くに見えるゴブリンに向かって高速で駆けていく。
あまりの急な出来事に、みんなは呆然としていた。その中で、一人だけが動く。
駆け出したシンシアを、マークが追った。ミナセよりも、ヒューリよりも早く反応したマークが、シンシアの後ろを無言で走る。
瞬発力だけなら、時にヒューリを唸らせることもあるシンシア。そのシンシアが、全員の不意をついて動き出した。
それなのに、シンシアとほとんど同じタイミングでマークも動き出していた。
「社長!」
誰かが声を上げた。
同時にミナセとヒューリが走り出す。リリアもフェリシアもミアも走り出す。
シンシアは駆けた。双剣を煌めかせながら、草原を駆け抜けていく。
ゴブリンたちが、シンシアの接近に気が付いた。八体のゴブリンがシンシアを迎え撃つ。
速度を落とすことなく、剥き出しの牙に怯むこともなく、叫び声を上げながら、シンシアは群に突っ込んでいった。
「やあああぁっ!」
棍棒が振り下ろされるより早く、シンシアが懐に飛び込む。双剣が、一体のゴブリンをあっという間に斬り裂いた。
「シンシア!」
追い付いたヒューリが名を呼ぶが、シンシアの動きは止まらなかった。
左の剣が棍棒を受け止める。右の剣がゴブリンを貫く。
無防備になったシンシアに、別の棍棒が襲い掛かった。剣を引き抜きながら、シンシアが体を逃がしていく。
だが、少し遅い。
棍棒が、シンシアの右肩を打った。
「シンシア!」
リリアの声も、肩の痛みも無視して、続けざまにシンシアはゴブリンに斬り掛かっていく。
「はああぁっ!」
さらに二体を倒し、同時に背中に一撃を食らって、シンシアは膝をついた。
そこに、四体のゴブリンが群がる。四本の棍棒が一斉に振り下ろされた。
瞬間。
旋風が起きた。稲妻のような一瞬の光が、四筋。
シンシアを襲ったはずのゴブリンは、一体残らず消えていた。
ミナセとヒューリ、そしてリリアが、ゴブリンのいた場所に立っていた。
「シンシア!」
リリアが駆け寄る。
「来ないでっ!」
シンシアは、それを拒絶した。
驚いてリリアが動きを止める。
直後。
オエッ!
シンシアが体を痙攣させた。
その口から、胃の中のものが吐き出されていく。
吐きながら、シンシアは泣いていた。
泣きながら、その意識が遠のいていく。
崩れ落ちるその体を、間近にいた三人よりも早く反応した腕が、力強く受け止めていた。
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