拠点作り

 一行は、村外れの草地で夜営をしていた。

 村には店らしい店が何もなく、食べ物も道中と同じように森で調達してきている。


「高原に出現するのは定番の魔物ばっかりだな」

「だが、マーダータイガーは注意が必要だ」


 食事を終えたみんなは、鍛冶屋でもらってきた資料を眺めながらあれこれ話をしていた。


「でもまあ、何とかなるだろ。で、高原の奥にあるダンジョンには……」

「スパイダーにスネーク、そしてバット。一番強いのは、タランチュラかしら」

「大した奴らじゃないが、体が小さいってのが逆にやっかいかもな」


 話しているのは、ミナセとヒューリ、そしてフェリシア。リリアとミアは、そのそばでじっとそれを聞いている。シンシアは、そばで焚き火を見つめていた。


「シンシア、ちゃんと聞いておくんだぞ」

「……はい」


 マークの声にも、シンシアはあまり反応しない。


「まあ何にせよ」


 ミナセが、ちょっと大きな声を出した。


「まずは高原の魔物相手に訓練だな。人型も動物タイプも適度にいるから、三人にはちょうどいいはずだ」

「ダンジョンには行かないんですか?」


 ミアが身を乗り出した。


「行きますよね? いえ、ぜひ行ってみたいです!」


 勢い込んで聞くミアに、ヒューリが言った。


「今のお前じゃあ、三分で死ぬぞ」

「三分……」


 がっくりとミアが肩を落とす。


「冗談だけど」

「ひどい!」


 イジられっぱなしのミアを、みんなが笑った。シンシアも、小さく笑った。


「それなりに戦えるようになったら、ダンジョンにも行くよ。でも、このダンジョンは狭すぎる。ボスはいないし、一番強いのがタランチュラ。私なら、二時間以内で完全制覇だろうな」

「ヒューリさんを基準にするのはおかしいと思います」

「ま、そうかもしれないけど、ダンジョンに行く意味はあんまりないよ。とにかく、訓練は高原がメインになるだろう」


 マップを見る限り、そのダンジョンはとても狭かった。出現する魔物も、はっきり言って大したものはいない。

 苦労してこの地まで来て、こんなダンジョンしかないのでは、冒険者が寄りつかなくなるのも無理はなかった。


「あの……」


 ふと、リリアがミナセを見る。


「魔物って、人間みたいな感情を持っていたりするんでしょうか?」


 心配そうにリリアが聞いた。

 聞かれたミナセが黙り込む。そんなミナセを、ヒューリとフェリシアが不思議そうに見ていた。

 

 移動を好むもの、好戦的なものなど魔物の性格は様々だが、それは、動物が持つそれより単純だ。魔物の種類によって決まるその性格は、個体によって違うということもほとんどないし、環境によって変化することもない。

 よって”感情があるか”というリリアの問いに答えるならば。


「あると言えば、あると思う。ただ、それは感情と言うより、本能とか反応みたいなものだ。少なくとも、人間が持つものとは決定的に違う」


 ミナセが答えた。

 ヒューリとフェリシアが顔を見合わせる。ミナセの答えた内容は、魔物についての基礎知識だ。なぜミナセが即答しなかったのか、二人にはそれが疑問だった。


「とにかく、魔物に対して遠慮は無用だ。何度倒しても奴らは復活するし、人間に懐くようなこともない。意志の疎通ができる魔物なんて、普通はいないんだから」


 ミナセの答えは明確だった。


「分かりました」


 説明を聞いて、リリアは納得した。ミアも、シンシアでさえも頷いている。

 それなのに、ミナセの表情は冴えない。ミナセは、まだ何かを考えていた。

 その時。


「みんなも疲れただろう。そろそろ寝ようか」


 唐突にマークが言った。


「最初の見張りは……」

「私です」


 ミナセが答える。その言葉で、みんなが動き出す。

 フェリシアから毛布を受け取って、みんなは横になった。焚き火に薪をくべながら、ミナセがマークを見る。そっと微笑むマークに向かって、ミナセはそっと、頭を下げていた。



 翌日を休養に充てた一行は、さらにその翌日、鍛冶屋で二本の剣を受け取った。良い剣とはとても言い難いが、それでも、きれいに研がれたその剣は実戦で何とか使えそうだ。

 おまけで付けてくれた鞘に剣を納めて、ヒューリが店主に頭を下げる。店を出たヒューリは、それをシンシアに差し出した。


「持ってろ」


 シンシアが躊躇う。

 シンシアが、うつむく。


 やがてシンシアは、意を決したように、差し出された剣を受け取った。

 ヒューリが、無言でシンシアの腰から木刀を抜き取る。


「こいつは私が預かっておく」


 そう言って、ヒューリはさっさと歩き出した。

 シンシアは、やっぱり躊躇った後、黙って剣を左右の腰に差す。


「行こう」


 リリアに手を引かれたシンシアは、うつむきながら、みんなの後ろを歩いていった。



 道に迷うこともなく、一行は半日ほどで高原に到着した。鍛冶屋でもらった資料をもとに、魔物の位置や周辺の地形を確認して、一旦みんなはその場を離れる。そして、途中で見付けておいた小川のほとりで、拠点作りを始めた。

 そこから高原までは、歩いて十五分。一番近い魔物の発生場所までは、さらに五分。移動を好む魔物はいないようなので、これだけ離れていれば十分安全と言える。

 森が近いので薪にも食料にも事欠かない上に、高原特有の風も、森に遮られて気にならない。滞在するには都合のいい場所だった。


 ミナセが、リリアとヒューリ、シンシア、ミアの四人を連れて森に入っていった。周囲を見渡し、目的の木々を見付けると、刀を静かに置いて、ミナセは正座をする。

 

「お父様、お母様、本当に申し訳ありません」


 四人が見つめる前で、刀に向かって、ミナセが真剣に詫びていた。しばらく頭を下げていたミナセは、やがて顔を上げ、刀を取って立ち上がる。

 そして。


「はあぁっ!」


 裂帛の気合いと共に、周りの針葉樹を次々と角材や板に変えていった。

 呆れながら、あるいは感心しながら、四人がそれらを運んでいく。


 小川のほとりでは、フェリシアが別の準備をしていた。


「こんなものかしら?」


 つぶやきながら、地の魔法で平らにした地面を満足げに眺める。

 材料が揃い、全員が集まったところで、マークが指示を出し始めた。


「寝るだけだからな。簡易的なものでいいだろう」


 そう言って、マークが工具を振るう。マークの指導を受けながら、社員たちが作業を進めていく。


「社長って、大工の経験もあるのかな?」

「分からない」


 迷うことなく出されるその指示に、リリアとシンシアは首を傾げていた。


 本物の大工に言わせれば、材木を乾燥させない時点であり得ない話なのだろうが、とりあえず雨がしのげて、獣を防ぐことができればよいという発想で、小屋は着々と組み上げられていった。

 簡単に、とはさすがにいかなかったものの、それでも三日目の夕方には、七人が中で眠れるくらいの小さな小屋ができ上がっていた。小屋の中には、マークと六人を仕切る壁もちゃんとあった。


「よし、これで完成……」

「まだです!」

「本命はこれからです!」


 満足そうに小屋を眺めていたマークを、なぜか社員たちが睨む。ひるむマークの前で、フェリシアがマジックポーチから次々と”何か”を取り出していく。

 暗くなり始めた空を指さしながら、恐る恐るマークが言った。


「明日にした方が、いいんじゃないかな?」



 その夜七人は、久し振りに建物の中でゆっくりと眠った。

 マークと一つ屋根の下で眠るという状況に、一人を除いて女性たちはやや緊張した様子だったが、さすがに疲れがあったようで、全員がやがて眠りに落ちていった。


 ぐっすり眠った七人は、翌日からまた作業に入る。

 小川の少し下流にある、小さな滝のように水が流れ落ちる場所。その近くの河原に、フェリシアがいくつもの部品や材料を並べていった。


「では皆さん」


 現場を仕切るのは、マークではなくミアだ。

 みんなの顔にはやる気がみなぎっている。落ち込み気味だったシンシアまでもが、腕まくりをして準備万端だ。


「作業開始です!」

「おおっ!」


 掛け声と共に、作業が始まった。


「フェリシアさん、少しの間水を止めておいてください」

「任せて」


 ふわりと浮かんだフェリシアが、シールドを張って水を脇へと流す。


「ミナセさん、お願いします」

「了解だ」


 白銀の光を放つミナセの刀が、何の躊躇いもなく岩肌を切り裂く。


「ヒューリさん」

「あいよ!」


 できた崖の踊り場に、組み立てた貯水槽を設置する。


「リリア、シンシア、そっちは?」

「終わりました!」


 つなぎ合わせたパイプを二人が持ってきて、貯水槽に接続。


「フェリシアさん、水を!」

「分かったわ」


 フェリシアがシールドを解除すると、崖を伝って水が貯水槽に流れ落ちてきた。

 ある程度水が貯まったところで、ミアがバルブをひねる。


「うん、いい感じです!」

「よしっ!」


 六人は満面の笑み。

 その後も六人は、じつに手際よく、最高のチームワークを発揮して仕上げに入っていった。

 ミナセが崖の出っ張りを切り落とし、フェリシアが足場を作り、ヒューリとリリアとシンシアが囲みを作る。

 指示を出しながら、ミアが棚を作っていく。

 近くの岩に腰掛けて、暇そうにしているマークの目の前で、ついにそれは完成した。


「皆さんのお陰で、無事に完成しました!」

「いやいや、ミアの指示が的確だったからだよ」

「えへへ、そうですか?」


 社員たちに大好評の、アパートの中庭にあるあの小屋。増設が完了する一歩手前だったそれを、この旅のために、わざわざバラして持ってきていた。

 積極的にマークの手伝いをしていたミアは、その構造を完全に理解している。


「パイプに貯まっているお湯は熱いので、最初は気を付けること」

「はい!」

「石鹸類は、各自のものを使用すること」

「はい!」

「貯水槽とパイプのつなぎ目の網は、気が付いた人が掃除をすること」

「はい!」


 学校の先生のように、ミアが注意事項を伝える。

 学校の生徒のように、みんながそれに答える。


「では、ちゃんと使えるか確かめるために」


 ミアが、バッグからタオルを取り出した。


「早速私が……」


 途端。


「ミアさん、ズルいです!」

「ミア、だめ!」

「落ち着け。ここは私がみんなのために……」

「あ、フェリシア! 抜け駆けは許さんぞ!」

「あら、ばれちゃった?」


 最高のチームワークは一瞬にして崩壊。

 河原に座るマークを置き去りにして、六人はそこから熾烈な戦いを開始したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る