もと傭兵

「前方に反応。何かいるわ」


 フェリシアの声で、一行の表情が変わった。


「人間か?」

「はっきりしないわね。やっぱり木と草が邪魔」


 ミナセに聞かれてフェリシアが答える。

 ミアが、すぐにフェリシアから離れた。


「敵かどうかは分からない。気付かない振りをして、このまま進もう」


 歩き出したマークに続いてみんなも歩き出す。


「ミナセとヒューリは前へ。ニーナさんとリリア、シンシアは俺のところへ。フェリシアとミアは最後尾だ」


 静かな指示に従って、それぞれがさりげなく位置を変えていった。

 さっきまで泣いていたミアは、意外なほど落ち着いている。ニーナの表情は相変わらず。顔をこわばらせているのは、リリアとシンシアだ。


 緊張を隠したまま、一行は前に進む。


「たぶん、人ね」


 フェリシアが小さく言った。


「七、八人ってとこかしら」

「了解だ」


 ミナセが返す。


「襲われても、全滅させる必要はないぞ」

「分かりました」


 マークの声に、ヒューリが答えた。

 そのまま八人は、歩調を変えることなく進んで行く。

 やがて。


 ガサガサ!


 右手の森から、数人の男たちが飛び出してきた。


「止まれ! ここから先は俺たちの土地だ。通るなら通行料を……」

「お断りします」


 先頭の男の大声を、マークのはっきりとした声が遮る。

 一瞬ポカンとした男が、錆びた剣を突きつけて、もう一度言った。


「通行料を……」

「お断りします」


 あまりに早い返答に、男が絶句する。すると、その男の後ろから野太い声がした。


「なかなかいい度胸してるじゃねぇか」


 意外なほどしっかりと武装をした、大きな男が前に出てきた。

 装飾の施された胸当てに、肘の近くまであるガントレット。金属製のブーツに、すね当てまで装備している。首から上以外は、かなり厳重に防具で固めていた。

 その男が、にやりと笑う。


「でもなぁ、なまじ度胸があると、痛い目を見ることがあるんだぜ」


 笑いながら、舐めるように視線を振っていく。

 八人のうち、男は一人だけ。しかも武装をしていない。あとは全員女だ。そして、その全員が美女と美少女。

 男の気が昂ぶっていく。


「俺は、もと傭兵だ。地獄みてぇな戦場を何度もくぐり抜けてきた」


 昂ぶる気持ちのままに、担いでいた槍をクルクルと回してみせる。ほかの男たちの武器に比べると、それはなかなかに立派な槍だった。


「そんな俺だからよーく分かるんだけどよぉ」


 ピタリと止まった穂先が、一番近くにいたヒューリを狙う。


「抵抗したところで、お前たちに勝ち目なんかないと思うぜ」


 得意げな顔をして言い放った。


「ウッヒッヒ」


 後ろの男たちから下卑た笑い声が聞こえる。

 その笑いが収まった頃。


「はあ」


 社員の誰かが盛大なため息をついた。表情を変えることのなかったマークが、思わず苦笑いをする。

 もと傭兵だと言った男の顔が、引きつった。だが、すぐにもとの優越顔に戻る。


「男はいらねぇ。ここにいる女全員を置いてけば、お前は見逃してやるぜ」

「お断りします」


 きっぱりとマークが答える。

 男の頬が、ピクリと跳ねた。


「……しゃあねぇな。野郎ども、男は殺せ。女は傷付けるなよ。一生に一度ありつけるかどうかのご馳走だ」

「了解!」

「ひゃっほー!」


 途端に歓喜の声が上がる。

 剣に棍棒、槍に弓と、見事なまでにバラバラな武器が、一斉にマークたちに向けられた。


 ミナセとヒューリは動かない。二人が動かないせいで、リリアもシンシアも動けない。

 ニーナは、怯えた様子を見せていなかった。その様子を、マークがじっと見る。

 やはり動かないフェリシアを、ミアがチラリと見た。


「構えなくていいのかぁ?」

「少しは抵抗してくれないと、つまんねぇぜ」


 男がたちがじりじりと近付いてくる。

 先頭にいるミナセとヒューリは、まだ動かない。みんなも動かない。

 武器は持っているくせに、まったく戦う素振りを見せないミナセとヒューリを、さすがに男たちは警戒し始めた。

 男たちが動きを止める。すると、またもや野太い声がした。


「ビビってんじゃねぇ。どけ! 俺がやる」


 もと傭兵の男が、一歩前に出た。もう一歩踏み出せば、穂先がヒューリに届く距離だ。


「武器を捨てな。そのきれいな顔に傷を付けられたくはないだろ?」


 槍がヒューリの顔を狙う。男はニヤニヤと笑っている。

 そのにやけ顔に向かって、ヒューリが言った。


「お前、ほんとに構えがなってないな。じつは傭兵団をクビになって、居場所がなくなったから、こんなところまで流れてきたんじゃないのか?」

「な、何だとぉ!」


 穂先を目の前にして、ヒューリが平然と話し続ける。


「私の知ってる傭兵団なら、お前なんか戦場に立たせて貰えないと思うぞ」

「黙れ!」


 男が怒鳴った。顔を真っ赤に染め、怒りに全身を震わせて、男がヒューリを睨み付ける。


「てめぇ、殺してやる!」


 殺気と唾をまき散らしながら、男が槍を繰り出した。間合いはもともと一歩分。その穂先が、あっという間にヒューリの眼前へと迫る。

 それをヒューリは。


 ガシッ!


 片手で止めた。左手一本で、槍の柄をがっちりと掴む。


「何だと!」


 驚く男をヒューリが睨む。その体には、魔力が満ちていた。ミナセとの修行で身に付けた技。瞬間的に身体強化魔法を発動させる、高度な技術。

 男は脂汗を流している。押しても引いても捻っても、槍がまったく動いてくれない。

 顔を真っ赤にして唸り続ける男に向かって、ヒューリが怒鳴った。


「動きが遅い! 攻撃が軽い!」


 次の瞬間。


 ズザアアァッ!


 男の首から血が吹き出した。


「ついでに言うと、防具が体に合っていない!」


 男の後ろにいた二人の喉元に一本ずつ剣を突きつけながら、ヒューリがさらに怒鳴った。


「ひゃっ!」 


 とっさに武器を投げ捨てて、二人の男が必死に両手を上げる。その目の前で、ドシャッと重たい音を立てながら、もと傭兵の男が崩れ落ちていった。

 数歩離れたところから、落ち着いた声がする。


「すみません。返り血を浴びたくなかったので」


 いつの間にか道の端に避けていたミナセが、マークに軽く頭を下げていた。

 残った男たちは、目を見開いたまま、あるいは口を開けたまま動かない。


「余計な殺生はしたくありません。皆さん、ここは引いてください」


 マークの静かな声がした。

 びくんと体を震わせて、男たちが無言で後ずさっていく。

 そして。


「うわぁぁぁっ!」


 男たちは逃げ去っていった。



「二人とも、お疲れ様」


 マークのねぎらいに、ミナセはやはり軽く頭を下げるのみ。


「ほんとに腹が立つ! 私、ああいう奴、大っ嫌いだ」


 ヒューリはもの凄く不機嫌だ。


「フェリシア、ほかに反応は?」

「ありません」

「じゃあ、行こうか」


 マークの声で、一行は前進を再開した。

 ニーナとミアが、歩きながら話しをしている。


「ヒューリさん、お強いんですね」

「そうなんです! ちなみに、ミナセさんはもっと強いんですよ!」


 フェリシアが、空を見ながらマークに言う。


「少し曇ってきたようです。野営の場所は早めに決めたほうがよさそうですね」

「そうだな」


 何事もなかったかのように六人は歩く。

 その、後ろ。


 青い顔で、リリアがシンシアの手を握っていた。

 震える手で、シンシアがリリアの手を握っていた。


 血溜まりに倒れる男をちらりと見ながら、それを大きく迂回して、二人はみんなを追い掛ける。

 リリアとシンシアは、この後夜営の場所まで、ほとんど口を開くことをしなかった。

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