伝言
「何の騒ぎだ?」
書類にサインをする手を止めて、署長が眉をひそめる。ちょうどそこに、部下の一人がやってきた。
「報告します。エム商会の皆さんが、賊を捕まえてきました」
「賊を捕まえてきた?」
「はい。ファルサという男と、ほか十名ほどです」
「なん、だと?」
ペンが、コトリと音を立てた。
「賊は留置所にぶち込んでおきました。今、ミナセさんから事情を聞いているところです」
親しげに”ミナセさん”と呼ぶ部下を、署長が苦々しげに睨む。それに気付くこともなく、楽しそうに部下は続けた。
「ファルサと言えば、ランクAのもと冒険者。東部地域管轄の衛兵たちが行方を追っていたと聞きましたが……。いやあ、やっぱりエム商会ってのは大したもんですね!」
署長の顔つきが一層険しくなっていく。それに、部下もようやく気が付いた。
「し、失礼しました! 報告は以上です!」
慌てて一礼すると、逃げるように部屋を出ていった。
署長が、立ち上がって窓を少し開け、わずかに顔をのぞかせる。二階にあるこの部屋から斜め下を見れば、そこが本署の正面だ。そこには、赤髪の女と紫の髪の女がいた。その二人を大勢の群衆が取り囲んでいる。
二人の女は、身振り手振りを交えながら、賊を捕らえた時の様子を語っているようだ。時々興奮したような歓声が聞こえてくる。
署長は、黙って窓を閉めた。
そして。
ダンッ!
「ふざけるな!」
机に拳を振り下ろして、吐き出すように叫んだ。
ファルサと商隊を襲った男たちは、両手を縛られ、猿ぐつわをはめられた状態でアルミナの町に連れて来られた。
町の出入りに目を光らせていた衛兵が、目を丸くする。驚く衛兵に向かって、ミナセがにこやかに笑った。
「商隊を襲った賊を捕まえてきました」
「えっと……」
続けてヒューリがさらりと言う。
「このまま本署まで連れて行きますので、どうぞお構いなく」
「あ、いや……」
衛兵が何かを言い掛けるが、うまく言葉にならない。
そんな衛兵に向かって、フェリシアが微笑んだ。
「ちゃんと送り届けますので、心配しないでくださいね」
あたふたするばかりの衛兵に、三人が揃ってお辞儀をする。そして、堂々と町の中へと歩き出した。
三人が賊を引き連れて歩く。屈辱に顔を歪める男たちを無理矢理引っ張りながら、アルミナの町を歩いていく。
「ミナセちゃん、どうしたの?」
「賊を捕まえたので、衛兵さんに引き渡そうと思いまして」
「ヒューリ、何やってんだ?」
「悪い奴らをとっちめてるところさ!」
「フェリシアさん、この人たちは……」
「私たちの寝込みを襲ったのよ。ひどいと思わない?」
顔見知りたちが、興味津々でミナセたちに声を掛ける。
道行く人が、びっくりして足を止める。
目立った。
とにかくこの集団は目立った。
一行は、アルミナの町を、まるで練り歩くように進む。そしてようやく本署に着く頃には、大量の見物客を引き連れての大行列となっていた。
顔馴染みの衛兵が、口を半開きにしている。
「こんにちは。悪い人たちを捕まえてきました」
三人は、衛兵に向かって鮮やかに笑って見せた。
「……ご苦労様です」
こうして、賊は衛兵に引き渡された。
本署内の一室で、ミナセと三人の衛兵が話をしている。
ミナセは賊を捕えた時の状況を、三人はミナセたちの留守中にあった出来事を、それぞれ説明し終えたところだった。
「そうですか。リリアたちは無事だったんですね」
「ああ、無事だ。まあ、俺たちが守った訳じゃないけどな」
中堅の衛兵がミナセに答える。
「それと、これが調査の結果だ。相手が相手だけに、確証が取れていないことだらけで申し訳ないんだが」
「いえ、大丈夫です。本当にありがとうございました」
ベテランから資料を受け取ったミナセが、丁寧に頭を下げた。
「いよいよ材料が揃ってきましたね!」
脳天気な若い衛兵を、だが先輩二人は叱らない。
苦笑いを浮かべる二人も、じつは内心同じ思いだった。
本署に差し入れが届くようになって以来。
社員たちの健気な心に触れるようになって以来。
三人を中心に、衛兵たちは何かと心を砕いてきた。納得のできない、しかし過去にも繰り返されてきた”首を突っ込んではいけない”ことに対して何とかしたいと思ってきた。
それが、今回は何とかなりそうな予感がしている。
逆らえないと思っていた相手に、一矢報いることができそうな気がしていた。
三人の目の前で、ミナセが資料に目を通す。やがてミナセは、それを両手で丁寧にベテランに返した。
「申し訳ありませんが、この資料をマークに渡していただけますでしょうか」
「分かった」
「それと、マークに一つ伝言を」
「何だ?」
言葉を待つ衛兵に、ミナセがにっこりと笑う。
「次の指示をお願いします、と」
若い衛兵が、嬉しそうに声を上げた。
「なんだかワクワクしてきました!」
本署の地下にある留置所。そこに突然やってきた人物を見て、衛兵は驚いた。
「こいつと話がしたい。少し外してくれ」
「はっ!」
敬礼をした衛兵が、上へと続く階段を上っていく。その姿が扉の向こうに消えたのを確認してから、署長が言った。
「で、俺はどうすればいいんだ?」
魔石の力で光を放つランプ。魔力が切れ掛けているのか、弱々しいその光では、壁際に座り込む男の表情を窺うことはできなかった。
「今回の話を持ってきたのはファルサ、お前だ。そのお前が、仲間共々捕まって、俺の前にいる」
鉄格子の奥から反応はない。
「あの方に頼んで、恩赦でも与えてもらうか? それともこのまま……」
「黙ってろ!」
突然大きな声がした。
「貴様は言われたことだけをやっていればいいんだ!」
薄暗い部屋の中で、ファルサの目がギロリと動いた。
素人なら、間違いなく震え上がるに違いない声と視線。
だが。
「ふざけるな! こっちは言われた通りにやってるんだ。ドジ踏んだお前が偉そうな口叩くんじゃねぇ!」
暗闇に向かって署長が吠える。その声には強烈な怒りが込められていた。
「普通なら、お前は即死刑なんだ。今ここで、俺が執行してやりたいくらいなんだよ!」
ガシャン!
蹴られた鉄格子が大きな音を立てる。
「チッ!」
暗闇から舌打ちが聞こえた。
そして、沈黙。
「とにかく」
鉄格子に背を向けて、署長が言った。
「お前たちのことは、今頃アルミナの町中で噂になっているだろう。もう俺の権限でどうこうできる話じゃあない。あの方に相談してくる。いいな?」
返事はない。
「まったく、イヤになるぜ」
吐き出すように言って、署長は階段を上っていった。
「最悪だ」
すれ違った部下が無言で壁際に避けるほどの不機嫌な顔で、署長は自室へと向かう。
あれだけ派手にやられては、ファルサもほかの男たちも、簡単に釈放などできるはずがない。口封じのために、おそらくあの方は全員を殺せと言うだろう。
あいつらは、筋金入りの悪党だ。まっとうに裁きを受けたところで死刑になるのは変わらない。
しかし。
殺す理由が気にいらねぇ!
心の中で悪態をつきながら、署長は足早に署内を歩いていった。
最悪の気分のまま署長室に戻り、出掛ける準備をしていると、そこに中堅の衛兵がやってきた。
「これから出掛けるんだ。急ぎの用件以外は……」
「エム商会の社長から、署長に伝言を預かってきました」
上司に対するものとは思えない強い口調で、中堅が言う。
「社長から?」
立ち上がり掛けていた署長が、座り直す。
「社長の言葉をそのままお伝えします」
険しい表情のまま、中堅が署長を睨み付ける。その口元が、わずかに緩んだ。
不思議な顔をした中堅は、署長から視線を外して、今度は天井を睨む。そして、やけに大きな声で言った。
「今回の件を、一緒に解決してみませんか!」
「な、何だと!?」
署長が目を見開く。
驚く署長の目の前で、天井を睨み付けている中堅の顔は、相変わらずの、不思議な顔だった。
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