指示
森を目がけてフェリシアは飛ぶ。ある一点を目指して、暗闇を切り裂き高速で飛行する。
その勢いのまま、フェリシアは森の中に突っ込んでいった。
バサバサバサ!
バキバキバキ!
枝も生い茂る葉もすべて突き抜けて、一直線にフェリシアは進む。
その進撃が、ピタッと止まった。直後、周囲が明るく照らし出される。
火の魔法の第一階梯、トーチライト。
洞窟探索などに使われる、小さな松明ほどの明かりを作り出す魔法だ。それが、キャンプファイヤーでもしているのかと勘違いするほどの力強い輝きを放っていた。
「こんばんは」
にっこりとフェリシアが笑う。
「こんなところでお仕事なんて、大変ね」
「間違いなく、百五十メートル以上離れていたはずだが」
太い枝の上に立ち、両手に短剣を構えながら男が答えた。
突然の襲撃、突然の強い光にも関わらず、男はわずかに目を細めるのみで、薄気味悪い笑みを浮かべている。
その男に、宙に浮かぶフェリシアが言った。
「ちゃんと隠密魔法を使っていればよかったのに。そうすれば、さすがの私でも気付かなかったかもしれないわよ」
「索敵に魔力を全部回してたんでね。余裕がなかったのさ」
場違いなほどそのやり取りは軽い。
だが。
「ファルサさん、でよかったかしら?」
フェリシアの言葉に、男の頬がピクリと跳ねた。薄気味悪い笑みが強張る。
「アウァールスのアジト以来ね」
「貴様……」
「あの時私、あなたに気付いていたから、一度離れた振りをしてまた戻ったのよ。それで、あなたの顔を遠くから確認しておいたの」
「……」
「悪いけど、アルミナの町まで一緒に来てもらうわ。衛兵さんにあなたを差し出して……」
シュッ!
突如、鋭い音がした。
至近距離で話していたフェリシアの顔が、歪む。
「……あなた、ひどいことするのね」
腹を両手で押さえる。
「私、魔術師なのよ? 武器を相手にするの、苦手なのよ?」
その目が、自分の腹を見る。
「こんなに近くから短剣投げるなんて、反則だと思わない?」
声が震えている。
そして、フェリシアが言った。
「シールド張ってたから助かったけど、思わずお腹を確認しちゃったじゃない!」
フェリシアは怒っていた。
プンプン怒っていた。
「毎日あんなに訓練してるのに、あなたの動きについていけなかったわ! 悔しい! なんかすごく悔しい!」
ファルサは唖然としている。薄気味悪い笑みは、完全にどこかへ行ってしまっていた。
「もー、頭に来たわ! すっごーく頭に来た!」
フェリシアのボルテージが上がっていく。
同時に、フェリシアの魔力が上昇していった。
「女の子に向かって短剣を投げるなんて、信じられない! もー、信じられない!」
無茶苦茶なことをフェリシアは言い続ける。
無茶苦茶な勢いでフェリシアの魔力が上昇していく。
「悔しい! 悔しい悔しい悔しい!」
声を上げ続けるフェリシアの前で、ファルサは目を見張った。
フェリシアの言っていることは、何一つ理解できない。この状況で何を怒っているのか、ファルサにはまったく分からない。
しかし。
そんなことよりも。
こんな馬鹿げた魔力は、見たことも聞いたこともなかった。とてつもない量の魔力に、ファルサは圧倒されていた。
普通は見えることのない魔力が、フェリシアの体から迸るのが見えている。その奔流が、自分の体を圧迫してくるのがはっきりと分かる。
体が動かなかった。思考も止まっていた。
こんな魔力を前にして、できることなどあるはずがない。プンプン怒りながら、どこまでも魔力を高めていくフェリシアを、ファルサはただ眺めることしかできなかった。
「許さない! 絶対絶対、許さないんだから!」
フェリシアの両手がファルサに向けられる。
ファルサは覚悟した。目を閉じて、体が消し飛ぶ瞬間を待った。
そして。
「やあぁっ!」
フェリシアの叫びを聞きながら、ファルサの意識は、世界の彼方へと吹き飛んでいった。
パサッ
大人の男が地面に投げ出されたにしては、やけに軽い音がする。
「フェリシア。お前いったい、何をしたんだ?」
「何って、ウェイトセービングを掛けただけよ。だってこの人、重いんだもの」
「いや、そうじゃなくて」
呆れ顔のヒューリと、冷静になったフェリシアが話をしている。
「森ごと吹き飛ばすのかと思うくらい、とんでもない魔力を使っただろ? それなのに、こいつケガ一つしてないし」
足元に転がるファルサを見ながらヒューリが聞いた。
フェリシアも、ファルサを見ながら答える。
「この人、もの凄く近くから、急に短剣を投げ付けたのよ。だから、頭に来て魔力全開で抗議したの。そしたらこの人、勝手に気を失っちゃったのよね」
「状況がよく分からんが、まあ、あれだけの魔力を目の前で浴びたら、私でも耐えれられないだろうな」
ヒューリは、ちょっとファルサに同情した。
マークのような例外もいるが、通常、人には多かれ少なかれ魔力が流れている。その流れが強大な圧力で歪められ、あるいは逆流すれば、体に影響が出るのは当然だった。
話をしている二人の向こうには、十人ほどの男が、縛られた状態でやはり地面に転がっている。そのさらに向こうでは、シュルツがミナセに詫びていた。
「本当に申し訳ない! あいつが賊の一味だったなんて……」
まだ少しぼうっとする頭を深々と下げている。
そんなシュルツに、ミナセが言った。
「どうぞ顔を上げてください。今回のことは、たぶんうちの会社が原因なんです」
「そう、なのか?」
ようやく顔を上げたシュルツが、ミナセを見る。
「はい。詳しくは言えませんが、うちが、ある人物の恨みを買ったからだと思います」
「ある人物?」
「ファルマン商事にもご迷惑をお掛けしてしまいました。お詫びをするのは、むしろこちらです。申し訳ありませんでした」
そう言うと、今度はミナセがシュルツに頭を下げた。
「いやいや、それは止めてくれ。利用されたのは、俺たちに隙があったからだ。それに、そもそも今回の商隊を組んだのはファルマン商事だ」
腕をとってミナセの体を引き起こしながら、シュルツが言う。
「依頼をしてきた時の社長も歯切れが悪かったし、出発前にはわざわざご隠居が来て、”すまんのぉ”とか言ってたからな。ファルマン商事も、何か知っているんだろう」
「なるほど、そうかもしれませんね」
ミナセは、マークの言葉を思い出した。
「今回の依頼には、何かが隠されているような気がする。ファルマン商事の社長が、少し困っているような顔をしていた」
ファルマン商事でさえも断ることのできない圧力。それがあったということか。
「ファルマン商事には一言言ってやりたい気もするが、そんなことを言える資格は、うちにはない」
シュルツがため息をつく。
「何にせよ、戻ったら全部報告するしかないだろう。たとえうちが信用を失ったとしてもな」
険しい表情でシュルツが言った。
その顔を見て、ミナセが微笑む。シュルツの姿勢、シュルツの生き方には、やはり好感が持てた。
「私もその場には同席させてください。お力になれるかは分かりませんが、口添えはさせていただきます」
「そうか、悪いな」
シュルツが笑って礼を言った。
「じゃあ、かわりと言っちゃあ何だが、あいつのことは言わないでおくよ」
「え?」
シュルツの視線の先には、ヒューリとフェリシアがいる。
「たしか、覆面の山賊は人を殺さなかったんだろ? きっといい奴だったに違いないさ」
「シュルツさん……」
ミナセが、目を見開いてシュルツを見た。
シュルツが、ニヤリと笑った。
「さてと、こいつらはどうする?」
笑いを収め、転がっている男たちを見ながらシュルツが聞いた。
ミナセは、それに即答する。今度はシュルツが驚いたその答えを、ミナセが楽しそうに言った。
「全員、衛兵に差し出させていただきます。それが、うちの社長の指示ですので」
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