好青年

「なんつったらいいか、その、悪かったな」


 シュルツがミナセに詫びる。


「今回はシュルツさんの要望ではないんですから、気になさらないでください」


 ミナセが穏やかに答えた。

 エム商会が初めて商隊護衛を引き受けた時に、その護衛を率いていたのがシュルツだった。覆面の山賊、すなわちヒューリに対抗するため、シュルツはファルマン商事に対してミナセの合流を強く要望していた。

 以来ミナセは、何度もシュルツと一緒に仕事をしている。


「エム商会の護衛は三人も必要ないって、ファルマン商事の社長には何度も言ったんだが……。まあ、あんたにそう言ってもらえると、ちっとは気が楽になるよ」


 ミナセの後ろの二人をちらりと見ながら、シュルツが苦笑いを浮かべた。


 ここは、イルカナと隣国カサールを結ぶ裏街道。国境からイルカナに少し入ったところにある、開けた草地だ。道の両側とも、森まで百メートルあまり。見通しがよく、山賊や魔物の襲撃に備えやすい。

 商隊は、ここで夜営をすることになっていた。


 主要な街道には宿場町があるので、旅人は宿で夜を明かすことができる。だが裏街道では、町や村もあまりなく、必然的に野宿が多くなった。

 積み荷は、イルカナ王家への献上品。人目を避けて移動するために、この街道を通るようファルマン商事から指定がされている。


「ま、あんたら三人がいたら、それだけで目立ってしょうがないけどな」

「そのかわり、こいつの安全は保証しますよ!」


 積み荷をポンポンと叩きながら、ヒューリが笑った。


 ミナセ、ヒューリ、フェリシアの三人は、事前の打ち合わせ通りこの夜営地点で商隊と合流していた。

 商隊を守るのは、団長のシュルツを含めた傭兵六名。そこにミナセたち三名が加わって、合計九名の護衛となる。

 荷馬車が二台だけの小さな商隊にしては、何とも贅沢な編成だった。


 この仕事の打ち合わせの時に、護衛を率いるのがシュルツだと分かった。従来なら、ヒューリに担当させないようマークが調整をしたところだ。顔を見られていないとは言え、覆面の山賊としてのヒューリの姿を、シュルツは間近で見ている。

 だが、打ち合わせの時にマークはいなかった。依頼内容は、ヒューリを含めた三人に担当させることだった。

 一人で打ち合わせに臨んだミナセは、決断する。そして、ヒューリもその決断に従った。


 シュルツの態度に変わったところはない。今のところ気付かれてはいないようだ。

 ヒューリのことを気にする素振りもなく、シュルツがつぶやく。


「献上品の護衛なら、俺たちだけで何度もやってるんだけどな」


 シュルツは、今回のファルマン商事の対応が大いに不満のようだ。愚痴と文句が止まらない。


「まあいいじゃないですか。こんな美女たちと一緒に仕事ができるんですから」

「そりゃまあ、そうなんだが」

「そうですよ、仕事は楽しんでやらなくちゃ!」

「あんたは前向きだな」


 笑うヒューリにつられて、渋い顔をしていたシュルツも笑った。



 みんなで手分けをして夜営の準備を行う。馬の餌やりから薪拾いまで、それぞれの仕事を、それぞれが手慣れた様子で進めていった。

 そんな中、シュルツの部下の一人が、地の魔法を使って見事な竈を作り上げていた。


「上手いもんだな」


 ミナセが感心している。すると、本人ではなくシュルツが得意げに答えた。


「こいつは、竈作りだけじゃなくて、料理も得意なんだ」

「あ、いや、そんなことないです」


 シュルツに誉められた男が、ポリポリと鼻の頭を掻く。

 純情そうな好青年だ。


「すごいな、料理もできるのか。シュルツさん、こんな人材どこでスカウトしてきたんですか?」

「欠員が出たんでね。補充の募集をしたら、こいつが応募してきた。武器の扱いもうまかったし、料理ができるってんで採用してみたんだが、大正解だったよ」


 シュルツが肩を叩くその若い男と、ミナセは初対面だった。男は照れながらも、チラリチラリとミナセを見ている。まさに気になって仕方がないという様子だ。


「普段はほかの隊にいるんだがな。あんたたちにうまいもんでも食ってもらおうと思って、今回はこいつを引っ張ってきた」

「すみません、わざわざ」

「いや、いいって。まあ本当のところ、今回はこいつから立候補してきたんだけどな」

「団長! 余計なこと言わないでくださいよ」


 赤い顔をしながら、男がシュルツを睨んだ。

 そこに、ヒューリとフェリシアがやってくる。


「今夜はうまい飯が食えそうだな」


 ヒューリが期待一杯のまなざしを男に向けた。


「ほんとに見事な竈よねぇ」


 フェリシアは竈に感心している。


「ミナセは初めてか? こいつの作る飯はなかなかだぞ」

「そうね。たしかに美味しかったわ」


 ヒューリもフェリシアも、その男と仕事をしたのは一度だけだったが、その料理の味はしっかり記憶に残っているようだ。


「晩御飯は何かしら?」

「うぅ、待ち切れなくなってきた」


 美しい女たちに期待されて、男はうつむいてしまう。


「こりゃあ気合いが入るな!」


 シュルツに背中をバシンと叩かれて、男は大きな声で言った。


「はいっ、頑張ります!」



 夜。


 一行は、商人たちを含めた全員で焚き火を囲んでいた。晩飯を作った男が、たっぷりと具の入ったスープをみんなに配っている。

 手伝うと言うミナセたちに「大丈夫です」と答えた男は、見事な手際で調理を始め、結局一人で晩飯の用意を終えてしまっていた。


 スープが全員に渡るのを待っている間に、護衛の一人が言う。


「フェリシアさんが一緒だと、楽でいいですよね。何たって索敵範囲が、軍の偵察兵も真っ青の、半径百五十メートルもあるんだから」

「まったくだ。そのおかげで、飯の時でも見張りを立てる必要がないからな」


 シュルツが応じる。


「誉めても何も出ないわよ」


 ちょっと照れくさそうに笑うフェリシアの隣で、ヒューリが言った。


「私の索敵範囲も広いぞ!」

「あら、どのくらいあるの?」

「フッ、それは秘密だ」

「その皿を置いて、見張りに行ってこい」

「そりゃないよ、ミナセ」

「うふふ」


 強さと美しさで有名なエム商会の護衛。その三人が目の前に揃っている。

 三人を一度に拝めるのは、三人が泊まっている定宿の食堂くらいだ。そこはいつも満席で、入るだけでも難しい。


 とても貴重な機会。

 とても尊い時間。


 焚き火の明かりを受けて、三人が楽しそうに話をしている

 うっとりするような香りを漂わせながら、髪を揺らして笑っている。

 

 その光景は、男たちを桃源郷へと誘い、その意識を天国へと導いていった。

 夜空に煌めく星々が、地上にそっと降りてきて、三人の周りでキラキラと輝く。

 シュルツでさえ、仕事を忘れて見入るほどの華やかな空間がそこにはあった。


 その中で、一人だけ真剣に働いている男がいる。


「はい、これ、ミナセさんの分です」


 スープの入った皿を、慎重にミナセに手渡す。


「ありがとう」


 男の目を見ながら、ミナセが礼を言った。

 皿が全員に渡ったところで、シュルツが現実に戻ってくる。


「じ、じゃあ、食べるか!」


 やけに大きな声を出したシュルツを、男たちがびっくりしたように見た。そして、みんなも現実に戻ってくる。


「あ、そ、そうだな」

「晩飯、だったよな」


 仕事の旅の最大の楽しみと言えば食事だ。そのはずなのに、なぜか残念そうに、男たちはスープを口に運び始めた。


「じゃあ私も!」


 ヒューリがスプーンを握り締める。その動きが、一瞬止まった。

 ちょうどその時。


「あのさ」

「ねぇ」


 ミナセとフェリシアが同時に声を上げた。

 二人は、ヒューリを見ている。


「何だ?」


 スプーンを握ったままヒューリが聞き返した。


「ミナセ、いいわよ」

「そうか? じゃあ」


 フェリシアに譲られて、ミナセが話し出す。


「あのさ、ちょっと二人に、相談したいことがあるんだけど……」


 ミナセにしては、ずいぶんと可愛らしい物言いだ。周りを気にしながら、ヒューリを見て、フェリシアを見る。


「ちょうどよかったわ。私も話したいことがあったのよ」


 フェリシアが続いた。


「何だよ。このうまそうなスープはお預けだって言うのか?」

「いや、そうじゃないんだけど」


 不満そうなヒューリに、ミナセは困ったような顔をする。


「じゃあ、食べながら向こうでお話ししましょうか」

「ああ、助かる。二人ともすまない」


 フェリシアの助け船に、ミナセが微笑んだ。


「すみません、シュルツさん。ちょっと三人で話したいことがあるので、少し離れます」

「……分かった」


 答えたシュルツは、ちょっと寂しげだ。

 ほかの男たちは、ものすごく寂しげだ。


「ごめんなさいね。女の子の話だから、覗いちゃだめよ」


 お玉を持って立ったままの若い男にウィンクを投げて、フェリシアが歩き出す。ミナセとヒューリも、お皿とスプーンを持って商隊から離れていった。


 三人がいなくなった空間が、どんよりとしている。


「……食べるか」


 ぼそっとつぶやいた誰かの一言で、食事は再開された。

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