大胆不敵

「お茶のおかわり、いかがですか?」

「あ、すまない」

「遠慮なく言ってくださいね!」


 リリアがにっこりと微笑む。


「あら、お洋服にソースが」

「えっ?」

「ちょっと動かないでくださいね」


 フェリシアが、ハンカチを魔法で濡らしてトントンとシミを叩く。


 ここはエム商会の事務所、ではない。

 本署の中の、衛兵の控え室だ。


 今日の差し入れ当番は、リリアとフェリシア。二人がいつも通り本署までやってくると、入り口に立つ衛兵が、ちょうど通行人に道を教えているところだった。

 それを見たリリアが言った。


「こんにちは。今日も差し入れを持ってきました。お忙しそうなので、中にお持ちしますね!」

「えっ? あっ、えっ!?」


 平然と言われて衛兵が慌てる。それを無視して、リリアは躊躇うことなく建物に入っていった。

 フェリシアも驚くその行動力で、リリアはずんずん中に入っていく。


「こんにちは! いつもの差し入れです。どこにお持ちすればいいですか?」

「ど、どこに!?」


 中にいた衛兵に声を掛け、その衛兵をやっぱり慌てさせる。


「いつも皆さん、どこで食べていただいてるんでしょう?」

「えっと、控え室だけど……」

「分かりました!」


 ずんずん、ずんずん


「すみません、控え室ってどちらですか?」

「は? あの……」

「差し入れを控え室にお持ちするように言われたんですけど」

「あ、そうなんだ。控え室は……」

「分かりました! ありがとうございます!」


 ずんずん、ずんずん


 ガチャ


「こんにちは! 差し入れをお持ちしました!」

「なんだ!?」

「こちらにお持ちするように言われたんですけど」

「そー、なの?」

「はい!」


 こうしてリリアとフェリシアは無事に控え室まで辿り着き、そしてそのまま衛兵たちに差し入れを振る舞っている。



 差し入れの効果で、衛兵のほとんどは社員たちに好意的だ。社員の誰が来てもにこやかに対応してくれる。

 それでも、マークへの面会だけは何度申し入れても断られていた。


 何とか署内に入ることができたなら。

 少しでも社長に近付くことができたなら。


 そんなことをみんなで話していた矢先だった。

 大胆不敵な方法で署内に入り込むことに成功したリリアを、フェリシアがじっと見つめる。


「負けていられないわ!」


 その瞳の奥には、小さな炎が揺らめいていた。



 衛兵たちが美味しそうにサンドイッチを食べる。

 お茶を飲みながら、幸せそうに微笑む。


「これ、いつものお茶だよな?」

「そうだろ」

「めちゃくちゃうまいな!」


 控え室にあった、いつも飲んでいるお茶。それをリリアが淹れるだけで、何倍も美味しく感じられる。


「ここ、いつもの控え室だよな?」

「そうだろ」

「何だかいい匂いがするな!」


 ほとんど男だけの衛兵本署。そこにフェリシアがいるだけで、部屋の空気までが変わる。


 休憩中の衛兵も、そうではないはずの衛兵も、リリアとフェリシアを目で追いながら、控え室の中で幸せな時を過ごしていた。

 突然。


「貴様ら、何をしとる!」


 部屋に入ってきた上官が、リリアとフェリシアを見付けて大きな声で怒鳴った。


「ここは一般人が入っていい場所ではないぞ!」


 衛兵たちが慌てて立ち上がる。口の中の唐揚げを急いで飲み込む。


「誰がこいつらを入れていいと許可したのか!」


 真っ赤な顔で、上官が部下たちを睨んだ。

 その上官の目の前に、すうっとフェリシアが立った。


「上官の方でいらっしゃいますか?」

「ムムッ!」


 紫の髪がふわりと揺れる。華やかな香りがふわりと鼻腔をくすぐる。

 上官は、思わずのけぞった。


 アメジストの瞳が、とても近い。


「エム商会の、フェリシアと申します」


 そう言うと、フェリシアは一歩下がって優雅にお辞儀をした。

 自然と視線が谷間に向かう。


「ムムッ!」


 よく分からないタイミングで唸る上官に、フェリシアが微笑みを投げた。

 上官の頬が紅色に染まる。


「いつもうちの社長がお世話になっております」 

「ムムッ!」

「そのお礼に、今日も差し入れをお持ちいたしました」

「ムムッ!」

「ご迷惑だったでしょうか?」

「ムムッ!」


 上官は、何を言われても「ムムッ」しか言わない。フェリシアに間近で見つめられて、身体は硬直したままだ。

 そんな上官に、フェリシアが再び一歩近付いた。顔を伏せ、上目遣いで上官を見る。

 フェリシアが、重ねて聞いた。


「ご迷惑、でしょうか?」


 次の瞬間、そこにいる全ての衛兵が、上官に向かって一歩足を踏み出した。全員が、もの凄い形相で上官を睨み付ける。


 睨む。

 睨む……。

 睨む…………。


「……迷惑では、ない」

「よしっ!」


 全員が力強く拳を握った。


「ありがとうございます。これからも、時々差し入れをお持ちしますね」


 フェリシアが、鮮やかに笑った。


「リリア、こちらの紳士にお茶を。よろしければ、私が作った唐揚げをお召し上がりください」


 スマートに差し出される、フォークに刺さった鳥の唐揚げ。

 素早く用意された、温かいお茶。


 右手にフォーク、左手にカップ。

 両脇には、美女と美少女。


「皆も、ありがたくいただくように」

「いただきます!」


 この日以降、エム商会からの差し入れは、社員が直接控え室に持って行くことになったのだった。

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