全てを信じる
長い長い物語を、ミナセは語り終えた。
長い長い物語を、みんなは聞き終えた。
リリアが泣いている。
ヒューリが天井を睨み付けている。
シンシアがリリアにしがみついている。
フェリシアがうつむいている。
ミアがフェリシアの肩に顔を埋めている。
マークはミナセを、黙って見つめていた。
「あの日以来、私は父が殺された時の夢をよく見るようになりました。私の生きる目的は、奴を探し出して、奴を殺すことに集約されていったんです。でも……」
ミナセが、ゆっくりと六人を見る。
「この会社に入って、みんなと出会ってから、私はあまり夢を見なくなりました。そのかわり、亡くなる時の母の微笑みや、幸せになれと言った父の言葉を思い出すようになっていったんです」
柔らかな顔で、みんなを見た。
「自分だけが不幸を背負っている、そんな思い上がりに気付かされました。世界は広い、人は優しい、そんなことに気付かされました。初めて私は、自分の人生が、好きになりました」
ミナセが微笑んだ。
「それなのに」
その顔が、一瞬でこわばる。
「あの男を見た瞬間、私の心は殺意で満たされていったんです」
その目が、テーブルの一点を見つめたまま動かなくなった。
「その時分かったんです。私は、あの出来事を決して忘れることができない。あの出来事を清算しない限り、私の旅は終わらないんだって」
うつむいたままのミナセを、六人が見る。
続くミナセの言葉を、本当は聞きたくないその言葉を黙って待った。
「私は」
ミナセが言った。
「あの男と戦います」
やはりミナセはそう言った。
そしてリリアはマークを見る。ヒューリもシンシアも、フェリシアもミアも、マークを見る。
不安をたたえ、涙をこらえながら、マークを見つめた。
マークが言った。
「分かりました」
はっきりとした声で、マークが言った。
リリアが、ヒューリが、シンシアが、フェリシアが、ミアが、息を呑む。
だが、誰も何も言わない。
苦しくて、いたたまれなくて、泣きたくなるような静寂。
そこに。
「俺は」
マークの声が響く。
「ミナセさんを信じます」
強い決意が響く。
ミナセが顔を上げた。その目を見つめてマークが続ける。
「でもそれは、ミナセさんの勝利を信じるってことじゃありません」
「?」
ミナセがわずかに首を傾げた。ほかのみんなも、疑問のまなざしをマークに向ける。
そのすべての視線を受け止めて、マークが言った。
「俺は、ミナセさんの生き方を信じようって決めたんです」
「私の、生き方?」
「そうです」
ミナセがさらに首を傾ける。
みんなも、やっぱり分からないという顔をしていた。
「俺は、ミナセさんを失いたくありません。俺だけじゃない。ここにいるみんなだって、それはおんなじです」
マークがみんなを見る。
「だけどね、そんなことは、ミナセさんにだって当たり前に分かっている。分かっているからこそ、散々迷ったんだと思います」
マークがミナセを見る。
「それでもミナセさんは、戦うと決めた。俺たちのことを考えてもなお譲れないもの。それが、この戦いなんだと思うんです」
重い言葉がみんなの表情を引き締める。
ミナセの決意を、改めてみんなは思い知らされていた。
黒い瞳が真っ直ぐに見つめる。
黒い瞳が真っ直ぐに見つめ返す。
「俺は、ミナセさんのその思いを受け入れます。その葛藤もその決断も、丸ごと全部受け入れます」
黒い瞳が深みを増していく。
黒い瞳が大きく開いていく。
「俺は、ミナセさんを信じます」
黒い瞳が輝きを放つ。
黒い瞳が揺れる。
「俺は、ミナセさんの全てを信じます」
黒い瞳から光が溢れ出す。
黒い瞳から感情が溢れ出す。
「だからミナセさん。自分の人生を、どうか思い切り生きてください」
黒い瞳が優しく微笑んだ。
黒い瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「社長……」
ミナセが笑った。
「ありがとうございます」
泣きながら笑っていた。
決断の先にどんな結末が待っているのか、ミナセにも分からない。
それでもミナセは、これで戦えると思った。
全力で戦えると、心から思った。
そんなミナセを、みんなが見つめる。
それぞれの表情で見つめている。
みんなが、マークの答えを受け入れられたのかは分からない。
みんなが、ミナセの生き方を受け入れられたのかは分からなかった。
たしかなのは、みんなが何も言わなかったこと。
それだけが、たしかな事実だった。
フェリシアの魔法で無理矢理眠らせてもらって、ミナセは仮眠を取った。
起きた後、中庭の小屋で体を洗って、ミアに髪を乾かしてもらう。
リリアとシンシアが用意した軽食を食べ、ヒューリが手入れをしてくれたブーツを履く。
準備を終えたミナセは、マークから愛刀を受け取った。
その時。
「ミナセさん、お願いがあります」
マークが言った。
「俺を、戦いに立ち会わせていただけないでしょうか?」
「えっ?」
ミナセは驚いた。
予想していなかった言葉だった。
「俺は、結果を見届けたいんです。どんな結果になろうとも、この目でそれを見届けたいんです」
マークの真剣な頼み。
ミナセは迷った。
本当に迷った。
マークは、いつも自分を導いてくれた。そのマークが近くにいてくれたら、それだけで心強いと思う。
でも私は、もしかしたら私は、その場で無様な姿をさらして死んでいくかもしれない。そんな姿をマークには、マークにだけは見せたくなかった。
だけど。
もし私が最期を迎えることになったら、その場にいて欲しいのは……。
人生の最後にそばにいて欲しいのは……。
ミナセが微笑む。
「分かりました。お願いします」
微笑みながら、ミナセはしっかりと返事をした。
「ありがとうございます」
マークがミナセに頭を下げる。
驚くみんなに、マークが言った。
「みんなはここで待っていてくれ。俺が必ず見届けてくるから」
ここに至っては、マークに託すしかない。
「いってらっしゃい」
リリアが言った。
「いってらっしゃい」
みんなも言った。
「行ってくる」
ミナセが言った。
笑って言った。
「では、行きましょうか」
マークが、ドアを開けてミナセを待つ。
みんなの思いを背中で受け止めながら、ミナセは事務所を出て行った。
マークとミナセが、夜明け前の静かな町を歩く。
前を行くのはマーク。
これはミナセの戦いだ。それなのに、マークはミナセの前を歩いていく。
どうしてだろう?
ミナセは思った。
社長が前を歩いているだけで、気持ちが落ち着く
ミナセは微笑んでいた。
入社してからずっと見てきた背中。
愛刀を預けてから、ずっと追い掛けてきた背中。
「私って、親不孝ですよね」
「そうかもしれませんね」
その背中に話し掛ける。
「私、本当はちょっと怖いんです。情けないですよね」
「無理に強がるより、よっぽどいいんじゃないですか」
その背中に打ち明ける。
「私って、バカですよね」
「そうですね」
「社長……ひどいです」
「あははは、すみません。でも、安心してください。俺も、ほかのみんなも、そんなミナセさんのことが大好きなんですから」
その背中が笑った。
「社長」
「何ですか?」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
普段と変わらない声。
普段と変わらない背中。
その背中に導かれながら、まだ暗い町の中を、ミナセは力強く歩いていった。
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