おせっかい

 食堂の隅っこの席に、ウィルは座っていた。

 その正面に、二人の女将と棟梁が座っている。


 午後の中途半端な時刻とあって、食堂に客はほとんどいなかった。


「率直に聞きます。先生は、あの子のことをどう思ってるんですか?」


 ウィルの尋問が始まった。


「えっと、あの子って……」

「鉱山に住んでるあの子ですよ」

「ああ、ミズキさんですか」

「そう、ミズキさん! 誰も知らなかったのに、なぜか先生だけが名前を知っていた、そのミズキさんですよ!」


 門下生からの情報で、すでにミズキの名前は町中に知られている。しかし、女将の一人が言う通り、ウィル以外の人間にミズキは名乗ったことがなかった。

 もう一人の女将が、畳み掛けるように話す。


「あの子の名前を先生が知っている。あの子が持っていた剣を先生が持っている。あの子がよく町に来るようになった。そして、先生もよく鉱山に行くようになった」


 棟梁が続く。


「お二人がよく会っているのは誰もが知っている。そんでもって、お二人がほとんど話しをしないのも、みんなが知っている」


 三人が、代わる代わるに話し出す。


「あの子は、一時間でも二時間でも道場の外で待ってるくせに、やっと先生が出てきたと思ったら、ものの一分もしないうちに帰っちまう」

「先生は、わざわざ鉱山まで出向いて行ってるのに、あの子と会って一分もしないうちに、さっさと戻ってきちまう」

「焦れったい! あっしはね、焦れったくてたまらんのですよ!」


 身を乗り出す三人に押されて、ウィルは仰け反っていた。


「先生。私たちは、先生に心から感謝しています」


 女将の一人が低い声で言う。

 ちょっと怖い顔で、感謝の言葉を述べる。


「この町は、先生に救われました。あの時先生がいなかったらと思うと、今でもぞっとします」


 もう一人の女将の言葉に、ほかの二人がうんうんと頷く。


「だからね、先生。あっしたちは、先生のお役に立ちたいんですよ」


 そう言うと、棟梁はさらに身を乗り出した。


「あ、あの、いったい何を……」


 さらに仰け反るウィルに、三人が一斉に言った。


「先生! あの子のこと、好きなんでしょ!」

「はい!?」


 ウィルの声が裏返る。


「とぼけたった無駄ですよ」

「そうそう、無駄無駄」

「正直に吐いちまいな」


 ウィルの額に玉の汗が浮かんだ。

 ここ数年来における最大のピンチだ。


「あー、いやー、そんなことは……」


 バンッ!


 テーブルが激しく叩かれた。


「いい加減にしなさいよ!」

「あの子が可愛そうでしょう!」

「男だったら、責任取るのが筋ってもんだ」


 何の責任だかは分からないが、棟梁の目が異様に険しい。


 ウィルは黙った。

 黙って、そして目を閉じた。

 目を閉じて、大きく息を吸い込み、それをゆっくりと吐き出す。

 息を吐き出して、ゆっくりと目を開ける。

 その目に動揺は見られなかった。


「俺は」


 ウィルが言った。


「ミズキさんのことが好きです」


 その声は力強かった。

 その表情は、引き締まったいい顔だった。

 ところが。


「でも自信がないんですよ! 俺なんかがミズキさんに受け入れてもらえるのか、全然自信がないんです!」


 せっかくのカッコいい姿が、あっという間に崩壊した。大の男が、肩をすぼめて小さくなっている。

 剣の達人も今は形なしだ。

 そこに、人生の達人たちの重々しい言葉が発せされた。


「ぐだぐだ言うだけで何もしない男なんて、あたしは嫌いだね」

「剣の勝負はできても、人生の勝負はできないって言うのかい?」

「先生、男は度胸、当たって砕けろだ」


 三人の表情は真剣。

 冷やかしとか、そういういい加減な気持ちなど微塵もない真剣モード。


 動揺しているとは言え、ウィルにもそれは分かった。

 ピリピリするほど真摯な気持ちがひしひしと伝わってくる。


 ウィルが、もう一度大きく息を吸って、それをゆっくりと吐き出していく。

 そして、もう一度表情を引き締めて、三人に答えた。


「皆さんのおっしゃる通りですね。俺は、みっともなかった」


 その声には力が戻っていた。


「俺は、ミズキさんが好きです。だから」


 笑って言った。


「俺、ミズキさんに言ってみます。好きだって、ちゃんと言ってみます」


 三人は、満面の笑み。


「よく言ったわ!」

「それでこそ先生よ!」

「惚れたぜ先生!」


 嬉しそうに笑いながら、女将の一人が言った。


「あの子も先生のことが好きだってのは間違いないよ。絶対うまくいくから、安心して告白してきなさい!」


 自信満々の言葉。

 ほかの二人も大きく頷いている。


「皆さん、ありがとうございます。俺、頑張ります!」


 親切とおせっかいは紙一重。

 だが今回に限っては、背中を押してもらったことを、ウィルは心から感謝していた。

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