刀鍛冶
黒い瞳と黒い髪。
大陸の最も東にあるその国の人々は、ほかの地域では見られない珍しい特徴を持つ民族だった。
その国に、国を治める天子に代々仕え、御物として献上される刀剣を作り続けてきた刀鍛冶の家があった。
ミズキは、その家の四人目の子供、次女として生まれる。
伝統ある職人の家に生まれたミズキは、兄二人、姉一人の末っ子として大切に育てられた。
末っ子は要領がよくて甘え上手などと言われるが、ミズキに関して言えば、それはまったく当てはまらなかった。
その性格は、男勝りで負けず嫌い。おままごとなどほとんどしたことがない。
特に負けず嫌いは天下一品で、兄たちと一緒に武術の稽古に参加して、勝てないと分かっている勝負を何度も挑むほど。
そして、それは鍛冶の仕事にまで及んだ。
兄たちに負けたくないと、女の身で鍛冶場に入り浸り、職人たちに刀の打ち方を教えろと迫る。あまりのしつこさに職人が辟易し出した頃、ミズキには甘い父が、遊びのつもりで仕事を教え始めた。
女人禁制という定めがある訳ではなかったが、刀鍛冶の仕事は過酷だ。砂鉄の採取とその運搬、たたら吹きによる玉鋼作りなど、膨大な工程を経て刀は作られる。
しょせんは子供のこと。耐えられなくなってすぐ諦めるだろうと誰もが思っていたのだが、ミズキの負けず嫌いは、大人たちの想像を遥かに上回っていた。
男たちと一緒に山から砂鉄を運ぶ。たたら場に泊まり込んで玉鋼を作る。兄たちの横で手槌を振るう。
何ヶ月も、何年もミズキはそれを繰り返した。
「お前もお姉ちゃんを見習って……」
母親の心配をよそに、ミズキは刀を打ち続ける。
「そんなんじゃあ、嫁に行けなくなるぞ」
兄たちの言葉を無視して、ミズキは刀を鍛え続けた。
そんなある日。
「お父様。刀は、どうしても砂鉄から作らねばなりませんか?」
ミズキが突然父に聞いた。
「刀を打つ時に、魔法を使ってはならぬとお父様はおっしゃいます。でも、魔法を使ってよりよい刀を鍛えることは、よくないことなのでしょうか?」
大陸の端にあるとは言え、この国は鎖国をしている訳ではない。近隣諸国の文化や技術、時には遠く離れた国の物産がもたらされることも珍しくはなかった。
ミズキの探求心は、受け継がれてきた伝統の枠を越えて、目新しい技術、未知の国の技にまで及んでいた。その興味は拵えにも広がって、稚拙ながら、自分で鞘や鍔、柄なども作り始めている。
問われた父は、厳しい顔で答えた。
「刀は、神々の恵みを与えられた材料から作るものだ。刀に込めるのは、魔法ではなく、工匠の魂でなければならぬ」
ミズキには甘い父も、刀についてだけは決して譲らなかった。
父の言葉を黙って聞いていたミズキは、やはり厳しい表情で言った。
「納得はできませんが、分かりました」
勝ち気なその返事に何も言えない父を置いて、ミズキは部屋を出ていった。
建国祭。
それは、初代天子が即位したと言われる日に行われる、この国でも重要な祭事の一つだ。特に今年は建国から千年を迎えることから、盛大に開催されることになっている。
その祭事に当たり、ミズキの家から天子に刀剣を献上することになった。
父はここで、息子たちに重大なことを告げる。
「それぞれ一振り、刀を鍛えよ。わしが鍛えたものと、おぬしらが鍛えたものを見比べて、最も優れた刀を天子に献上することとする」
この時、長男は二十八才、次男は二十五才。
二人の息子は、父親の目から見ても優秀だった。どちらかの技が自分を越えていれば、跡継ぎとして認めてよいとも思っていた。
と、そこに。
「私にも、ぜひ一振り作らせてください」
十九になったばかりのミズキが、真剣な目で父親に迫ってきた。
上の姉はすでに嫁にいき、子供が二人いる。ミズキの年齢なら、同じように結婚していることが普通であったし、子供がいてもおかしくはなかった。
父親は、さすがにミズキのことを心配していた。
「もうお前は刀を打ってはならん。誰かいい男の嫁になって、わしにかわいい孫の顔を見せてくれ」
親としてはもっともな言葉を、ミズキは黙って聞いていた。
そして答える。
「私の鍛えた刀が、お父様やお兄様たちのものより劣っていると分かったら、私は嫁に参りましょう」
驚く父を、ミズキが真っ直ぐに見つめる。
やがて父が言った。
「分かった。では、兄たちと共に、全身全霊を込めて打つがよい」
こうしてミズキは、天子に献上するための刀を打ち始めた。
そしてその日はやってくる。
父と、二人の兄と、そしてミズキが、白鞘に納められた一振りの刀を手にしていた。善し悪しを決めるのは、父だ。
まず最初に、父が自分の刀を抜いた。
「これが、わしの最高傑作だ」
そう言って、三人の子供に刀を見せる。
二人の兄が順番にそれを手に取った。最後にミズキも、それを手元で見つめる。
「では、おぬしのものを見せてみよ」
父が長男に向かって言った。
長男は、口を真一文字に結んだまま、父に刀を渡す。
それを、父が静かに抜いた。
その目がじっくりと刀を見極める。そして、満足げにそれを鞘に納めた。
「次はおぬしだ」
次男が、緊張した面もちで父に刀を渡す。
それを、父が静かに抜いた。
その目がしっかりと刀を見極める。そして、目を細めながらそれを鞘に納めた。
二人の刀を見て、父は満足していた。
自分を完全に超えたとまでは思えない。しかし互角か、わずかに自分を上回ると言ってもいい出来。
どちらに家を継がせても問題はないだろう。
父の表情がわずかに緩む。
その時ミズキが、低い声で言った。
「お父様、お願いいたします」
静かに自分の刀を差し出す。
「うむ」
父は、厳かにそれを受け取った。
そして、それを抜く。
「!」
父の目が大きく開いた。
その目が刀身を見つめる。美しい刃紋を見つめ続ける。
やがて父は、刀を鞘に納めて言った。
「この度の建国祭では、わしの作った刀を献上することとする」
うなだれる二人の兄の前で、ミズキだけが父を真っ直ぐに見ていた。険しい表情で宙を睨む父を、同じくらい険しい表情で睨み付けていた。
その翌日。
ミズキの部屋に、一通の手紙が置かれていた。
それには、家族への感謝の言葉と詫びの言葉が短い文章で綴られていた。
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