鉱山襲撃
宴が終わり、訪問客や通いの門下生たちが帰って行った。ストラースを含めた住み込みの門下生たちも部屋へと引き上げて、道場は嘘のように静かになる。
それらすべての人たちを見送って、男はようやく眠りについた。
風もない穏やかな夜。
突然。
「鉱山が襲われました!」
門下生の一人が、血相を変えて戻ってきた。
その声に、誰よりも早く男は反応した。
ベッドから跳ね起きて靴を履く。枕元の剣をつかみ、右足のベルトを確かめて、そのまま庭へと飛び出した。そこで、ゼェゼェと息をしている門下生に素早く状況を聞く。
「敵の数は?」
「三十人以上はいます!」
「状況は?」
「賊の襲撃を、うちの三人が抑えています!」
「よく知らせてくれました」
聞くだけ聞くと、男は馬小屋に走る。
その中の一頭、一番体格のいい馬に飛び乗ると、そのまま疾風の如く駆け出していった。
鞍も手綱もない裸馬に跨がっているというのに、男は振り落とされる気配もない。たてがみをつかみ、馬の動きがすべて分かっているかのように、人馬一体となって駆けていく。
「何があった!」
遅れて出てきたストラースたちを置き去りにして、馬と男は、暗闇の中へあっという間に消えていった。
「もう少しで応援が来てくれる! 一門の意地を見せろ!」
年長の一人が叱咤する。その横には、若い門下生が二人。
足下には、賊の死体がいくつか転がっていた。
「あんたは後ろにいろ!」
「断る!」
年長の男の指示をきっぱりと拒否して、女が横に並んだ。
「奴らの狙いは私なのだろう? ならば、私を傷付けたくはないはずだ。だから、私も戦う!」
分かるような分からないようなことを言って剣を構える女は、一歩も引く気はないらしい。
呆れて黙り込む門下生たちにかわって、賊が叫んだ。
「気のつえぇ女は大好きだぜ! でも、いい子だから大人しくしてな!」
賊がたいた篝火で周囲は明るい。人相の悪い男たちがニヤニヤと笑っているのがはっきりと見える。
それを女は、無表情のまま睨み返していた。
四人の門下生がやってきたのは、まさに賊が小屋に踏み込もうとしていた矢先だった。
一人が即座に助けを求めに走る。残りの三人が、真横からの不意打ちで数人を打ち倒し、小屋と賊の間に割って入って壁となる。そこからさらに数人の賊を倒したところで、女が飛び出してきた。
服は寝巻きのままだったが、髪を束ね、靴も履き、武器も持っている。戦う準備はしっかりとできていた。
そして今、女を含めた四人が横一列で賊と向かい合っている。
「どうしやす?」
集団の後ろで、下っ端が首領に聞いた。
「男たちと女を分断しろ。女は傷付けるなよ。ありゃあ高く売れる」
「分かりやした!」
首領の指示で、賊が動いた。
門下生と女の間に割り込むように、数人が突っ込んでくる。
「させるか!」
女の隣にいた門下生が、乱暴に振り回される剣をきれいに弾いて、一刀で一人を斬り捨てた。剣の腕の違いは明らかだ。
しかし、賊はまったく怯まない。数人が続けざまに飛び込んでくる。
二人三人と同時に攻め立てられて、門下生は防戦するのが精一杯だ。ほかの二人も、迫り来る集団に手を焼いている。
首領の思惑通り、女は孤立して男たちに囲まれた。
「諦めな。下手に抵抗するとケガするぜ」
男の一人が女に言う。
「さあ、その剣をこっちに……って、おい!」
余裕の表情で話していた男が、驚いてメイスを構えた。
目の前で、女が無言で剣を振り上げていた。
「だから止めとけって」
一瞬驚いたものの、女の細腕では剣の威力などたかが知れている。自分のメイスは、柄も金属製。簡単に弾き返せる。
女が、躊躇うことなく剣を振り下ろした。男が、両手で握ったメイスでそれを受け止めながら、にやりと笑う。
だが。
「あれ?」
男は、不思議な光景を目にした。
女の剣が、金属製のメイスの柄をすり抜けて、自分に真っ直ぐ迫ってきている。
腕に衝撃はない。剣を受け止めた感触がなかった。
真っ赤に染まる視界に呆然としながら、男は地面に崩れ落ちていった。
周りの男たちが目を丸くする。
倒れた仲間が握ったままの、半分になったメイスを見て驚きを隠せずにいた。
「何だよ、あの剣は!?」
仲間のメイスの柄は、安物とは言え、曲がりなりにも金属でできていた。
重量のある武器で叩き折られたというのなら、まだ納得できる。だが、あのメイスは明らかに斬られていた。その切り口は、とんでもなく滑らかだ。
槍を持つ男が一歩下がる。
木製の柄なんかじゃあ、何もできねぇ
剣を持つ男が汗を拭う。
こんなボロい剣じゃあ、勝てるはずがねぇ!
表情を変えることなく自分たちを睨んでいる女に、男たちは恐怖を覚えていた。
そこに、野太い声が割り込んでくる。
「こいつぁ拾いもんかもしれねえなぁ」
一人の男が、大剣を肩に担ぎながら女に近付いてきた。
「お頭!」
「お前らはどいてろ」
お頭と呼ばれた男が、手下どもを下がらせて女の前に立った。
鋭い目つき。引き締まった肉体。
剣を担いだまま、隙だらけの姿を晒しているようにも見えるが、女の剣の間合いの中には一歩も入ってこない。
それまで無表情だった女が、眉間にしわを寄せた。
「いい剣だなぁ、それ。この剣とどっちが硬いか、ちょっと試してみようぜ」
そう言うと、男は担いでいた剣の鞘を払った。
「こいつは、混じりっけなしのアダマンタイトでできている。人の手では作ることのできない、いわゆる秘宝ってやつだ」
そのまま鞘を投げ捨てて、両手で剣を構える。
「お前じゃあ俺には勝てない。だから、お前にハンデをやる。俺は、お前の剣を全部受け止める。もしその剣が俺の剣より硬ければ、俺に勝てるかもしれねぇぜ」
不敵に笑う男を、女がじっと見つめた。
その口元に、小さな笑みが浮かぶ。
「いいだろう、勝負だ!」
声と共に、女が剣を振りかぶる。そして、渾身の力でそれを振り下ろした。
男の剣が、女の剣を迎え撃つ。
「おらぁっ!」
剣と剣がぶつかり合った。
その瞬間。
キィィーン!
鋭い金属音が鳴り響き、女の剣が弾かれた。
「くっ!」
声を上げた女が後ろに飛び退く。そして、素早く自分の剣を確認した。
その顔が、歪む。
剣には、小さな刃こぼれがあった。
「どうやら、こっちの方が硬かったらしいな」
同じく自分の剣を確認した男が、女の様子を見てにやりと笑った。
男の剣には、わずかに傷があるのみ。
女は、悔しそうに男を睨み付けた。
男の剣は、幅広の両手剣。それは、叩き斬るための武器。
対して女の剣は、片手でも扱えそうな細身の剣。それは、斬るための武器。
そもそもの作りが違う。
「まあ、予想通りだったけどな」
男の言葉に、女は唇を噛んだ。
「決着は着いたな。お前の腕じゃあ、剣をダメにするだけだ。もったいないと思うぜ」
「黙れ!」
気丈にも女は叫ぶ。
しかし、女にも分かっていた。
武器で勝てない以上、この男には勝てない。
先ほどの衝撃で、両手が軽く痺れている。このまま打ち掛かっても、おそらく剣を支えられない。
横を見れば、三人の門下生たちも、賊に囲まれて身動きが取れない。
状況は絶望的。
「終わりだ」
男が一歩、前に出る。
女が一歩、後ろに下がる。
女の背中を冷たい汗が流れた。
体から力が抜けていく。視界がぼやけていく。
辱めを受けるくらいなら、いっそ……
鈍っていく思考の中で、女は悲壮な覚悟を固めようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます