木の棒

「どうして、そうなった?」


 その日の夕方、エム商会の事務所。

 ミアの報告を聞いた全員が、唖然とした。


「ミア、言ったはずだぞ。登録をして、情報を持ってくるだけだって」

「はい……」

「今のお前では何もできないって」

「おっしゃる通りです……」

「ならどうして」

「だって! あのパーティーが依頼を達成しちゃったら、もう情報は得られないかもしれないじゃないですか! もう伯爵の悪事を暴くこともできなくなっちゃうじゃないですか!」


 渋い顔のミナセに、ミアは真っ赤になって訴えた。


「そりゃあ、ちょっと急かな、とは思いましたけど」


 明日の朝には出発。何をするにもあまりに時間がない。

 それはミアにも分かっていた。

 しょんぼりと肩を落とすミアに、マークが声を掛ける。


「ミア」

「……はい」


 穏やかな声に、ミアが顔を上げた。


「俺にとっての優先事項は、ミアの安全だ。伯爵家のメイドたちには悪いと思うが、お前を危険にさらしてまで今回の問題を解決するつもりはない」

「社長……」

「だけど」


 マークが、優しく笑う。


「ミアの気持ちは大切にしたい。ミアが掴んできたこの情報、ミアがもぎ取ってきたこのチャンスを、俺は無駄にしたくない」


 そして、全員が驚くことを言った。


「行ってこい、ミア」

「ちょっと社長!」


 ミナセとヒューリが同時に叫ぶ。

 そんな二人を、マークが手で制した。


「ただし、何があっても自分の命を最優先すること。俺を、ここにいるみんなを悲しませるような真似だけは絶対にするな。何があろうとも、絶対無事に帰ってこい」


 うっ、うっ……


 ミアの目から涙がこぼれ出す。


「うぇーん、分かりましたぁ。うぁーん、ありがとうございますぅ」


 泣きながらお礼を言った。

 フェリシアがミアの頭をポンポン叩くのを見ながら、マークがみんなに言う。


「できる限りミアを支援する。みんな、協力してくれ」

「分かりました」


 全員が、その声に答えた。


 

「あの子、いちおうそれなりの格好はしてきたわね」


 剣を背負ったつり目の女、マギが、マシューに言った。


「ま、武器以外はな」


 自分の剣をポンと叩きながら、マシューが答える。

 すぐ後ろを歩いている魔術師の女、エイダは無言だ。


「俺はガロン。よろしくな!」


 斧を肩にかついだガタイのいい男が、ニカッと笑いながらミアに自己紹介をする。


「で、こいつがシーズ。エイダと並んで、うちの二大無愛想メンバーだ。ガハハハハ!」


 槍を持った長身の男を指して、ガロンが豪快に笑った。


「ふん、余計なことを」


 シーズと呼ばれた男は、紹介された通りの無愛想な表情のまま、それでもミアに軽く頭を下げる。


「改めまして、ミアです。よろしくお願いします!」

「ミアちゃん、可愛いなぁ。今回の旅は楽しくなりそうだぜ。ガハハハハ!」


 ガロンの声が街道に響き渡る

 ミアは、慣れない装備を気にしながら、それでもにっこりと笑って返した。



 ミアの装備は、レザーアーマーにレザーブーツ、そして、ちょっと太めの木の棒だ。

 アーマーとブーツは、社員の中で唯一防具を持っていたヒューリから借りてきている。


「ヒューリさん、これ、ちょっと胸が苦し……」


 ボカッ!


「あいたっ!」

「イヤなら置いてけ」

「すみませーん!」


 宿屋の部屋でミアを涙目にさせながら、それでもヒューリは、しっかりとミアの装備をチェックしていた。


 レザーアーマーは、魔法で強化された上に、魔法への耐性まで備えた一級品。

 ブーツは非常に軽い素材で作られていて、やはり魔法で強化されている、こちらも一級品。


 ヒューリが選んだだけあって、かなり上等な装備と言えた。

 サイズも、一部を除いてぴったりだ。 

 しかし。


「これは、何とかならないんでしょうか?」


 ミアが、ミナセから渡された木の棒を情けない顔で見ている。

 防具は悪くない。

 それなのに、武器は木の棒? 木刀ですらない、ただの棒?


 そんなミアに、ミナセがキッパリと言った。


「ミアは、まだまともな武器を使えない。だから、ミアにはこれが一番合ってるんだ」

「そうだぞ。今手に入る武器の中では最強だ」

「ヒューリさん、これ、さっき道端で拾ったやつですよね?」

「お前のために神様が用意してくれたんだよ」

「うそだ」

「ミア、信じなさい。その棒は、たぶん、きっと樫の木よ。道端に転がってるはずのない珍しい棒なのよ」

「うぅ……」


 三人に言われて、ミアはうなだれた。


 

「ところでミア。お前の仲間は、いつ合流するんだ?」


 マシューが、振り返ってミアに聞いた。


「えっと、仕事の調整がつき次第、来てくれるはずです」


 曖昧にミアが答える。


 昨日、ミアから仲間を連れてきてもいいかと聞かれた時、マシューは少し考えた末、それを受け入れた。

 普通ならそんな話一蹴するのだが、ミアがギルドで言っていた”もの凄く強い人”という言葉を思い出して了承したのだ。


 マシューたちの目的は、金ではない。手強い相手と戦うという経験が積めればそれでいい。

 ミアの治癒魔法があれば、ある程度の無理がきく。ミアの仲間がいれば、雑魚を任せて自分たちが本命と戦うことができる。

 目的を確実に果たすためなら、報酬が多少減ることなど問題ではなかった。


 それでもマシューは、アウァールスのアジトの場所をミアに伝えるようなことはしていない。ミアの仲間に先回りされて獲物を奪われたりしたら、何の意味もなくなるからだ。

 そのかわり、三日間の行程の、宿泊予定の町の名前だけは教えておいた。


「なるべく大きな宿に泊まるつもりだから、仲間には何とか俺たちを探し出すように言ってくれ」


 合流できなくてもよし。合流できたなら、相手を見極めた上で協力してもらう。

 ミアから嘘の臭いは感じなかったが、やはりすべてを信用する訳にはいかない。マシューの判断は妥当と言えた。


「後から来る仲間って、どんなやつなんだ?」

「うーん、それが、誰が来てくれるか分からないんですよ」

「そうなのか?」


 ガロンとミアが話をしている。

 シーズは、無表情のまま二人の横を歩く。


「そうなんです。今回の話って、私の我が儘で急に決めちゃったから、ぜんぜん調整がつかなくて」

「なるほどねぇ」

「それより、マシューさんとエイダさんって、ランクAなんですよね?」

「ああ、その通りだ」

「ガロンさんもシーズさんもマギさんも、ランクBなんですよね?」

「そうだよ」

「凄いですね!」


 ミアが、目をキラキラさせてガロンを見る。


「私、冒険者って憧れてたんです。仲間と協力して魔物を倒す! ダンジョンに潜って秘宝を探す! かっこいいですよね!」


 子供の頃に読んだ絵本の影響で、ミアは冒険者に憧れていた。それが、ギルドへの登録に積極的だった大きな理由だ。

 初めて出会ったランクAとランクBの冒険者。

 ミアが、興奮気味にガロンを見つめた。


「この斧で、魔物を真っ二つにしちゃうんですよね?」

「ま、まあな」

「ガロンさん、かっこいい!」

「そうか? ガハハハハ」


 照れているのか、いつものガハハが三割増しで大きい。

 ミアが、反対側を見て、やっぱりキラキラな目で言う。


「この槍で、獲物をザクッと仕留めちゃうんですよね?」

「……そうだな」

「シーズさん、素敵です!」

「……フッ」


 シーズの口許がわずかに弛む。


「私、皆さんが戦うところを早く見てみたいです!」

「慌てなくても、いずれ見せてやる」

「俺たちにかかれば、アウァールスなんてあっという間だ。ガハハハハ!」


 後ろの三人は大いに盛り上がっていた。


「ちょっと、シーズが笑ってるよ!」


 振り返ったマギが、エイダの肩をバンバン叩く。


「後で窒息させる」

「やめとけ」


 ぼそっとつぶやくエイダに、マシューが渋い顔で言った。

 こうして一行は、元気いっぱいのミアを連れて、東へと進んでいった。

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