パーティーの実力
アルミナを出てから三日目。一行は、街道から外れて森の中を進んでいる。エム商会からの増援は、結局合流できていなかった。
マシューが、手元の地図を見ながら慎重に先頭を歩いていく。
「エイダ、反応があったらすぐに言えよ」
「分かってる」
索敵に集中しているエイダが短く答えた。
「ミアちゃん、大丈夫か?」
「はい。でも、ちょっと緊張してきました」
ガロンと並んで歩くミアの表情も、さすがに固い。
「まあ、急に襲われることはないから安心しろ。エイダの索敵範囲は百メートル以上ある。相手がランクSの魔術師でもない限り、不意打ちはされないからな」
ニカッと笑うガロンの声は、しかしこれまでと違って低く抑えられている。
一行は、確実にアウァールスのアジトに近付いていた。
アウァールスは、山賊でも盗賊でもない。裏社会にありながら、表社会に根を張って様々な商売をする特異な集団だ。
扱う商品は、武器や麻薬、美術品、そして、人。
単純な強奪や誘拐など彼らはしない。時に権力者と結び付き、時に役者顔負けの演技によって商品を”仕入れ”、それを売りさばく。
イルカナ東部と、隣国カサールの一部にまでその勢力を広げながら、密やかに、したたかにアウァールスは暗躍を続けていた。
そのアジトが、ついに判明した。
だが、それを誰が暴き、そしてなぜ冒険者ギルドに討伐依頼を出したのかはまったくの不明だ。
イルカナの衛兵が動いてもおかしくない案件。場合によってはカサールとの共同作戦も視野に入る案件。
何かある。
何かが隠されている。
国外から来たマシューたちは、今回の依頼に特別な疑問を抱いていない。
もちろん、ミアも。
一行は、わずかに人の通った痕跡が残る、道とは言えない森の道を慎重に進んでいった。
「反応!」
エイダが警告を発した。
「前方百メートル、まあまあが二十、それなりが八、それと……悪くないのが、一」
「了解!」
メンバーたちが戦闘態勢を取った。
ガロンが先頭、後ろにマシュー、エイダ、マギが続く。
シーズは、ミアを守るように最後尾についた。
「あの、シーズさん」
「何だ?」
ミアが遠慮がちに聞く。
「まあまあとか、それなりとか悪くないって、何かの暗号なんですか?」
「いや、そのままの意味だ」
「そのまま?」
当たり前のように答えるシーズの顔を見つめていたミアが、小さく言った。
「なんか、かっこいい!」
「……フッ」
木々の間に、何かがうごめいているのが見える。
「あれは……ガーゴイル!」
マギが叫んだ。
翼のある悪魔を連想させる姿と、石のような硬い皮膚を持つガーゴイル。普通は遺跡などのダンジョンにいる魔物だ。
「後ろにいるのはナーガかよ!」
ガロンがうめく。
下半身が蛇、上半身が人間のナーガは、両手に持った二本の剣で獲物を切り刻む。通常は洞窟にいることが多い魔物だ。
「で、最後はマンティス!?」
マシューが驚きの声を上げた。
強力なカマを持つ巨大なカマキリ、マンティス。ガーゴイルやナーガと違って、たしかに森にいてもおかしくない魔物だが、その攻撃をまともに受ければ確実に即死という危険な相手だ。
「この組み合わせ、あり得ない」
エイダがつぶやく。
生息地を無視した魔物の出現には、無口なエイダでさえ声を出さずにはいられなかった。
マンティス一体だけでも手強いのに、ランクの低い冒険者では太刀打ちできないガーゴイルやナーガまでいる。並のパーティーなら、迷うことなく逃げ出していることだろう。
だが。
「やる気が出てきたぜぇ!」
ガロンが咆哮を上げる。
マシューたちは、逃げる気などさらさらなかった。
エイダの右の掌が正面に向けられる。
次の瞬間、エイダは無言で魔法を発動した。
直径五十センチはあろうかという大きな火球が、唸りを上げながら魔物に向かって飛んでいく。
ドガーーーーン!
一撃で、数体のガーゴイルが吹き飛んだ。
「行くぞ!」
「了解!」
ガロン、マシュー、マギが駆け出した。
「オラァッ!」
突っ込んでくるガーゴイルに、ガロンの斧が立ち向かう。
ドガッ!
石のように硬い皮膚が、斧の一撃で簡単に砕け散った。ガーゴイルがボロボロと崩れて落ちていく。
その影から、新手が飛び出してきた。
振り切ったガロンの斧は、地面に食い込んでいて攻撃も防御もできない。だがガロンは、まったく慌てることなく、斧から手を離してひらりとその突進をかわした。
大きな体に似合わない軽やかな動きだ。
ガロンの横を通り過ぎたガーゴイルが、足の爪を地面に食い込ませ、素早く向きを変える。そして、再び無防備なガロンに襲い掛かった。
その時。
ヒュン!
背後から飛来した魔法が、ガーゴイルの背中を直撃した。
ボコッ!
魔法の岩が、その体を打ち砕く。
地の魔法の第三階梯、ロックブラスト。
並の魔術師では連射などできない魔法だが、エイダはすでに次の獲物に狙いを定めていた。
「助かるぜ!」
叫ぶガロンを一瞥して、エイダは無言で次弾を放った。
ガロンが振り回す斧の横を、マシューとマギが駆け抜ける。
「ナーガを倒すぞ!」
「あいよ!」
ガーゴイルをガロンとエイダに任せて、揺らめく十六本の剣の中に二人は飛び込んでいった。
マギが、左右から振り下ろされる剣を一振りで弾き返してナーガの懐に飛び込む。そのまま、返す刀で袈裟懸けにナーガを切り下ろした。
続けて体を回転させながら、右から迫りくるナーガの胴体をぶった斬る。地面に倒れてのたうっている体に剣を突き立てながら、マギは次の獲物を探していた。
マシューが、真正面から突っ込んでくる二体のナーガの手前で一瞬体を沈める。次の瞬間、急加速したマシューが二体の間をすり抜けた。
その勢いのまま、後ろにいたナーガを攻める。突然目の前に現れたマシューを迎撃すべく、ナーガは横殴りに剣を振るった。だが、その剣は何も捉えることなく空を切る。真横を通り過ぎたマシューを、ナーガが目で追った。しかし、向きを変えるためにひねったはずの上半身が、そのままポトリと地面に落ちていく。
マシューが駆け抜けた後には、真っ二つにされたナーガが三体。
マギが二体のナーガを倒すよりも早く、マシューは三体のナーガを屠っていた。
八体いたナーガは、すでに三体しか残っていない。
手前にいた二十体のガーゴイルも、みるみるその数を減らしていく。
「凄い!」
ミアが、感嘆の声を上げた。
マギもガロンも強かった。ランクBは、やはり伊達ではない。
だが、その二人が見劣りしてしまうほど、明らかにマシューとエイダは強かった。
武術を習い始めたばかりのミアでも、マシューの凄さは分かった。
滑らかで無駄のない動き。迫り来る剣を決して受けず、すべてをかわして、一振りでナーガを倒していく。共に戦うメンバーの動きを目で追う余裕さえ見せながら、危なげなく戦うマシューは、間違いなく一流の剣士だ。
攻撃魔法が使えないミアでも、エイダの凄さは分かった。
ガーゴイルの接近を許さぬよう常に移動しながら、ガロンの動きを予測しつつ高威力の魔法を撃ち続けている。動きながらだけでも、無詠唱だけでも難しいことを、いとも簡単に両立させている。
エイダも、間違いなく一流の魔術師だ。
マギとガロンの一つ上の領域に、ランクAの二人はいた。
尊敬のまなざしを向けるミアの横で、シーズがぼそっとつぶやく。
「そろそろ、俺の出番だ」
そう言うと、シーズが槍をりゅうりゅうとしごいて前に出る。
「あの……」
心配そうなミアに、シーズが背中で言った。
「そこで見ていろ」
シーズと入れ替わるように、ナーガを全滅させたマシューとマギが戻ってくる。
ガロンとエイダはまだ戦っているが、すでにガーゴイルは残り二体。
「ミア、パワーキュアを!」
マシューが叫ぶ。
「あ、はい!」
ミアが慌てて呪文を唱え始めた。
戻ってきた二人にやや遅れて、ガロンとエイダもミアのいる場所にやってくる。
その四人に、ミアが魔法を掛けた。
「パワーキュア!」
ミアの体から魔力が溢れ出す。
それが四人を包み込み、その体を瞬時に癒していった。
消えた手足の傷を見て、マギとガロンが微笑む。
「よし、完璧だ!」
戦闘前と変わらないほど体が軽くなったのを感じて、エイダがつぶやく。
「まあまあね」
それを見たマシューが、号令を発した。
「残り一体、行くぞ!」
「おぉっ!」
四人が再び走り出す。
その行く先で、巨大なカマキリを相手にシーズが戦っていた。
「キシャーッ!」
「ふんっ!」
凶悪な両手のカマを、巧みな槍捌きでシーズが受け流す。
槍の間合いを利用して、強力な敵であるマンティスを、一人でその場に釘付けにしていた。
「待たせたな!」
「大して待ってない」
駆け付けたマシューたちに、槍を繰り出しながらシーズが答える。
「かわいくない」
エイダのつぶやきに苦笑しながら、マシューが指示を出した。
メンバーが、軽く頷いて配置につく。
そして。
マシューとマギが、左右からマンティスに攻め掛かった。
正面のシーズを加えた三方向同時攻撃。
マンティスは、カマを振り回して防戦するが、連続した鋭い攻撃に自分の不利を悟る。
閉じていた羽を広げて、マンティスは上空に逃げようとした。
そこに、満を持してエイダが魔法を放つ。
「インプロージョン!」
がら空きの腹に魔法が直撃した。
魔力の固まりが爆縮を起こし、マンティスの腹をぐしゃりと潰す。
「キシャー!」
甲高い声を上げながら、マンティスが地面に落ちてきた。
そこに、ガロンが斧を振り上げる。
「とどめだ!」
グシャ!
その斧は、一抱えもある大きなマンティスの頭部を完全に打ち砕いていた。
「ほかに反応は?」
「ない」
強力な魔物たちが、短時間で全滅。
個々の技量も高いが、メンバー間の連携が見事だった。
ミアの魔法があったとは言え、大したダメージを受けることなく手強い魔物たちを倒したこのパーティーは、やはり相当な強さだと言える。
「皆さん凄いですね!」
駆け寄ったミアが、興奮気味に声を掛けた。
「ミアちゃんの魔法もさすがだったぞ」
「そうですか? えへへ」
ガロンに褒められて、ミアが照れる。
そこにシーズが近付いてきた。そして、ミアをじっと見つめる。
「?」
ミアがシーズを見つめ返す。
シーズが無言でミアを見る。
やがてミアが、にっこり笑って言った。
「シーズさんもかっこよかったですよ!」
「……フッ」
「窒息させる」
「だからやめとけ」
渋い顔のマシューの横で、マギが楽しそうに笑っていた。
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