連れて行ってください!

「何なの、この子」


 剣を背負ったつり目の女が、胡散臭いものを見る目を向ける。

 その右には、ローブを羽織った暗い目の女。左には、斧を握り締めるガタイのいい男、その正面には、槍を肩に掛ける長身の男がいた。


 ミアは、マシューと呼ばれた男に連れられて、繁華街にある食堂にやってきていた。客の注目を浴びながら、木製のイスにちょこんと座っている。

 武装している五人に囲まれた、サンダル履きのミア。

 じつに場違いだ。


「なんつうか、ギルドの中でこいつが暴れててね。見るに見かねて引っ張り出してきた」


 その言葉に抗議したげなミアを無視して、マシューが状況を説明する。


「あんた、相変わらずお人好しね」


 話を聞いたつり目の女が、呆れたように言った。

 苦笑いをして、マシューがミアに話し掛ける。


「で、あの依頼に何であんなにこだわったんだ?」


 マシューは、自分たちが何者なのかを明かしていない。お人好しと言われたマシューだったが、警戒だけは怠らなかった。

 そんなマシューに、ミアは完全無防備で立ち向かう。


「私、エム商会っていう会社に勤めている、ミアって言います」


 自己紹介をして、ミアは事情を話し始めた。


 ある貴族が、メイドたちを騙して連れてきていること。

 その悪事を暴くためにアウァールスの情報が必要なこと。

 そのために冒険者ギルドに登録をしたこと。


 さすがにジュドー伯爵の名前は出さなかったが、それ以外は包み隠さずミアは話した。


「情報を持って帰らないと、私怒られるんです!」


 ミアは半泣きだ。


 子供か!


 全員が思ったが、大人たちは言葉にしない。


「まあ、事情は分かった。お前のその正直さに応えて、俺たちも本当のことを言おう」

「ちょっと、マシュー!」


 つり目の女が抗議をするが、それを手で制してマシューが続けた。


「俺たちが、あの依頼を受けたパーティーだ。俺と、そこにいる暗い女がランクA。ほかの三人はランクBだ。この町には昨日着いたばっかりでね。ギルドで仕事を探していた時に、あの依頼を見付けた」


 ランクAが二人!


 ミアが驚く。

 さすがのミアも、ランクAの冒険者が少ないことくらいは知っていた。


「俺たちは、北西の国ウロルから来た。あの国には、一人、化け物がいる。そいつを見返してやりたくて、修行の旅に出たってところだ。あの依頼は、俺たちにとってちょうどいい内容なのさ」


 暗いと言われた女が拳を握り締めた。嫌なことを思い出したという顔だ。


「と言うことで、残念ながら、この依頼を譲る気はない。悪いが、明日には出発するから、お前たちの調査ってやつは別の線を当たってくれ」

「そんなぁ!」


 ミアが叫んだ。


 どうしよう

 どうしたらいい?


 ミアは考える。

 考えて、考えて、そして、再び叫んだ。


「じ、じゃあ、私も一緒に連れて行ってください!」

「はぁ?」


 五人が一斉に声を上げた。


 何言ってんの、こいつ?


 そんな五人を前に、ミアの訴えは続く。


「私、あの貴族が許せないんです! メイドさんたちを助けたいんです! だからお願いします!」


 必死の形相だ。


「あんたに何ができるっていうのさ」


 少しだけ憐れみを感じて、つり目の女が聞く。

 それに、ミアは全力で答えた。


「私、治癒魔法が使えます!」

「それは間に合ってるよ。うちに治癒魔法の専門家はいないけど、マシューとエイダがヒールを使える」


 つり目の女が、マシューと、暗い目をした女を指して言った。


「でもでも、私、パワーキュアが使えます!」

 

 椅子がひっくり返りそうな勢いでミアが立ち上がる。

 その瞬間、周りが静かになった。


「今、何て言った?」


 マシューが聞く。


「私、パワーキュアが使えます!」


 どよどよ、ざわざわ……


 食堂にどよめきが広がった。


「おい、今あの子、パワーキュアって言ったか?」

「ああ。そんなこと言ってた気がする」


 隣の席で男たちがささやいている。


「とりあえず座れ」


 注目を浴びて立ち続けるミアを、マシューが座らせた。

 そして、音量を抑えた声で話し出す。


「ここからは小さな声で話すんだ」

「分かりました」

「で、パワーキュアが使えるってのは、本当なのか?」

「はい。少し前に、貴族のご子息を助けるために使ったことがあります。あの時は死にそうになりましたけど、元気な時なら、四回か五回は連続で使ってもぜんぜん平気だと思います」

「ちょっと待て! パワーキュアを四回も五回も連続で使うだと!?」

「マシュー! 静かに」

「あ、すまない」


 つり目の女に怒られて、マシューが黙った。

 すると、今度はその女がミアを問いただす。


「光の魔法の第四階梯、パワーキュア。並のヒーラーじゃ発動すらできない魔法だ。あんたが本当に使えるっていう証拠はあるのかい?」

「何なら、今ここで使ってみてもいいですよ。あ、でも、呪文を唱えないと使えないんですけど……」

「そんなの当たり前!」


 突然、横から暗い目の女が割り込んできた。

 火水風地の魔法でさえも、第四階梯を無詠唱で発動するのは困難だ。それを、光の魔法なんかでやられたらたまったものではない。

 ランクAだと言われた女がミアを睨む。


「みんな、場所を変えよう」


 暗い目の女の肩に手を置きながら、マシューがみんなを促した。

 そして町の外れまで行き、五人は、ミアの言うことが本当だということを知ることになる。

 ミアは、連続で五回、パワーキュアを使って見せたのだった。


「嘘みたいだけど、この子本物だわ」

「ああ、そうだな」

「何だか俺、力がみなぎってきたぜ!」


 五人は特にケガをしていた訳ではなかったが、パワーキュアの効果で体力は完全に回復、体から力が溢れてくるような感覚をおぼえていた。


「どうですか? 私、お役に立ちませんか?」


 ミアがマシューに迫る。

 滅多にお目に掛かれない高位魔法の連続使用の後だというのに、ミアには疲労の欠片も見えない。


 マシューは、メンバー一人一人と目を合わせていった。

 全員、何も言わない。

 マシューは、決断した。


「ミア、だったな。この依頼達成まで、うちのパーティーに入れてやる。出発は明日の朝だ。遅れるなよ」

「やったぁ! ありがとうございます! 私、頑張ります!」


 飛び跳ねて喜ぶミアを、つり目の女が苦笑しながら見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る