またもや集金護衛

 いよいよパーティー当日。

 ヒューリは、午前中の仕事を終えて、午後の仕事場に向かっていた。


 この二日間で、どうにかハンバーグは形になった。今日の本番では、よりハンバーグらしいハンバーグができるはずだ。

 残念ながら、ソースと付け合わせには手が回らなかった。そこはリリアに任せるしかない。

 それはそれとして。


「今はハンバーグのことは忘れろ!」


 ヒューリが、両手で両頬をパンパンと叩いて気を引き締める。

 午後のお客様は、ファルマン商事。内容は、集金護衛だ。



「今回も、ヒューリに担当してもらいたい」


 マークに言われた時には一瞬ひるんだが、その目をしっかりと見返して、ヒューリは力強く返事をした。


「はい、頑張ります!」


 ファルマン商事に向かいながら、ヒューリは決意を新たにしていた。



 ファルマン商事の本店前で、ヒューリは、緊張しながら担当者が出てくるのを待った。もしもまたあの社員だったらと思うと、身体がどうしてもこわばってしまう。


 やがて。


「待たせたの」


 やってきたのは、ご隠居だった。

 ヒューリが、こっそり息を吐き出す。


「本日はよろしくお願いいたします」


 挨拶をするヒューリに、ご隠居が穏やかに言った。


「こちらこそ、よろしく頼むぞ。ほっほっほ」


 ご隠居の集金は、一つ一つの店舗に時間が掛かる。社員と話をしたり、店の様子を見たりと、まるで集金自体はついでのようだ。

 二つ目の店舗の集金を終えて、のんびりと次の店舗に向かっていた時。


「ヒューリさん。先日は、うちの社員が申し訳ないことをしたの」

「えっ?」


 先を歩くご隠居が、突然言った。


「おぬしのところの社長がこの間来ての。集金の時にいつもと違う道を通ったようだが、何か理由があったのかと聞かれたんじゃ」

「社長が?」

「そうじゃ。普段あまり見ないような、厳しい顔で言われての。でまあ調べてみたら、うちの若いもんが白状しおったのじゃ」


 驚くばかりで、ヒューリは言葉が出ない。


「優秀な奴なんじゃが、ちょっと調子に乗っていたようでな。わしと息子で、きっちり鼻をへし折ってやったわい」


 ほっほっほ


 ご隠居が笑う。


「本来ならおぬしに直接謝らせるべきなんじゃろうが、なんせプライドの高い奴での。おぬしのところの社長が穏便にと言ってくれたのに甘えて、今回は叱責だけでカタをつけさせてもらったんじゃ」


 そう言うと、ご隠居は歩みを止めて、ヒューリを振り返った。


「じゃからの、今回の件は、この年寄りに免じて、どうか水に流してやってはくれまいか」


 ご隠居が、静かに頭を下げる。


「あ、いや、そんな」


 ヒューリは慌てた。

 こんな人前で、ご隠居が自分なんかに頭を下げるなんて……。


「その、私も悪かったので、水に流すも何も……」

「では、許してもらえるかの」

「はい、もちろんです」


 ヒューリの返事に、ご隠居は安心したように微笑んだ。


「ありがとう、すまんの。今後とも、よろしく頼むぞ」

「はい!」


 歩き出したご隠居の後を、ヒューリはついていく。

 その顔は、複雑極まりない表情だ。


 今は仕事中、絶対ダメ!


 ヒューリの理性が必死に叫ぶ。


 気を抜いて失敗したらどうするんだ。気合いを入れろ!


 右手で左手の甲をつねって必死にこらえる。


 でも、もう限界かもしれない。

 ヒューリの頬が緩んでいく。その顔がにんまりと崩れていく。


 嬉しかった。

 社長が、私のために抗議をしてくれていた。


「フフ……」


 意識しない声が漏れる。


「フフ、フフフフフ……」


 不気味な笑い声が溢れ出す。


 ヤッホー! イェーイッ!


 出せない声を、心の中に響き渡らせる。


 社長! 社長!


 脳内イメージのマークに向かって連呼する。


 ヒューリはこの時、最強の護衛と化していた。

 その顔を見た者は、誰もがサァーっと離れていき、決して近付くことをしない。


「今日はいい天気じゃの」


 のんびり歩くご隠居の後ろを、魔除け人形のような顔をしたヒューリが、弾むように歩いていった。

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