失意

「じゃあ、そこでヒューリとは別れたんだね?」

「そうです」


 マークが、念を押すようにフェリシアに聞いた。


 ファルマン商事の護衛を途中でかわったフェリシアは、本店まで無事に社員を送り届けた後、事務所に戻ってマークに報告をしていた。

 ヒューリの姿は、事務所にない。


「でも、どうして指定以外の道を通ってたんだ?」


 経路を熟知しているミナセが聞いた。


「それが、よく分からないのよ。社員の人に聞いても歯切れの悪い答えしか返ってこないし、本店に着いたらさっさと中に入っていっちゃうし」


 不満顔でフェリシアが答える。


「それにしても、ちょっとひどくないですか? その人の言い方」

「ひどい」

「そうです、私もひどいと思います!」


 フェリシア以上の不満顔で、リリアとシンシア、そしてミアが文句を言った。


「いずれにしても」


 マークが全員を見る。


「ヒューリが心配だ。すまないが、みんなで手分けしてヒューリを探しに行ってくれないか?」

「分かりました」

「行ってきます!」


 全員がバタバタと事務所を出て行く。それを見送ったマークが、静かに立ち上がって窓の外を見た。

 まもなく完全に日が暮れる。かすかに朱色を残すその空に、一番星が輝いていた。



 みんなが事務所を出て行ってからどれくらい経っただろうか?

 事務所の扉がゆっくりと開いた。


「……遅くなりました」


 小さな声が部屋に入ってくる。


「おかえり」


 マークが、穏やかにヒューリを迎え入れた。


「あの……」

「とりあえず、座りなさい」

「……はい」


 促されて、ヒューリはソファに浅く腰を下ろす。


「ちょっと待っててくれ」


 そう言うと、マークは隣の部屋に消えていった。

 誰もいなくなった部屋で、ヒューリは居心地悪そうにマークを待つ。

 この時間なら、もうとっくにみんな帰ってきているはずだ。


 みんなはどこに?


 落ち着かない気持ちのまま座っていると、マークが戻ってきた。


「どうぞ」


 その手には、カップが二つ。

 マークお気に入りのハーブティーだった。


「すみません」


 カップを両手で受け取ったヒューリが、マークに聞いた。


「あの、みんなは……」

「出掛けてるよ」


 簡単にマークが答える。


 もしかして?


 考え始めたヒューリの思考を、マークが遮った。


「で、どうしたんだ?」


 正面に座ったマークが静かに聞く。

 ヒューリはちらりとマークを見て、視線をカップに落とし、そして、そのカップをテーブルに置いた。


「あの、ファルマン商事の護衛のことは……」

「フェリシアからだいたいのことは聞いたよ」

「そうですか」


 短いやり取りの後、沈黙が訪れる。ヒューリもマークも黙ったままだ。

 マークが、音を立てずにハーブティーを飲む。

 そのマークの前で、ヒューリがぽつりぽつりと話し出した。


「私、この会社に入ってから、楽しいことばっかりで、毎日が充実していました。仕事で失敗してもみんなが慰めてくれるし、うまくいった時にはみんなが喜んでくれるし」


 いつものヒューリからは想像できないほど、その姿はしおれて見える。


「だから私、調子に乗ってたんだと思います。サラさんのおじいちゃんには取り返しのつかないことをしちゃったし、今日だって……」


 ヒューリの言葉を、マークは黙って聞いていた。


「私は、山賊をしていました。そんな過去も含めて、社長もみんなも私を受け入れてくれた。私にも帰る場所ができたんだって思えて、凄く嬉しかった」


 声が小さく震える。


「でも私は、会社に入ってからも迷惑ばっかり掛けて、結果も出せてない。それに」


 ヒューリの握る拳が震える。


「私は、会社の評判を、落としてしまいました」


 エム商会は護衛で失敗しない


 自慢に思っていた町の噂。

 みんなと一緒に築き上げてきた信頼と実績。

 自分の誇り。みんなの誇り。


 軍人として育ったヒューリにとって、誇りとは、時に命よりも重いもの。

 その誇りを、自分は穢してしまった。

 

「私はやっぱり……その……ここにいてはいけないのかなって、思ったんです」


 お前はエム商会の面汚しだ!


 ファルマン商事の社員の言葉が、消えることなくヒューリの胸に突き刺さっていた。

 その言葉が、もと山賊だという事実を、死ぬまで心の奥でくすぶり続けるであろうヒューリの重荷を改めて自覚させていた。


「もし、私が山賊をしていたことが社外に知られてしまったら、私は、もっとみんなに迷惑を掛けてしまうかもしれません」


 思い詰めた表情。

 カップを見つめる赤い瞳が揺れる。


「私はもう、この町には、いられない……」


 再び沈黙が訪れる。

 それを、マークが破った。


「それは、会社を辞めるということか?」


 とても冷静な声。

 マークの問いに、ヒューリの脈拍が上がっていく。


 その問いに答えてしまったら、私は……


 だが、ヒューリの感情は、失意に沈んだその心は、ヒューリの口から答えを言わせた。

 決して言ってはならないその一言を、ヒューリが言った。


「……そうです」

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