快気祝い
優雅な音楽と、部屋中に飾られた美しい花たち。テーブルには見たこともない料理が並び、どうやって食べていいかすら分からない。
「私、絶対場違いだと思うんですけど」
ミアが、慣れないドレスを気にしながらオドオドと周りを見回している。
「そんなことないわ。あなたのドレス姿、素敵よ」
フェリシアが、ミアの髪飾りを直しながらにっこりと微笑む。
「本当ですよ。とてもお似合いです」
いつの間にやってきたアランが、爽やかな笑顔で言った。
「フェリシアは、似合いすぎだろ」
隣のカイルが、グラスを片手に言う。
「あら。それって褒めてくれているのかしら?」
「ああそうだ。ほんとにお前はいい女だな」
「ありがと。二人もなかなか決まってるわよ」
四人は、ロダン公爵邸で開かれている、ロイの快気祝いパーティーに出席していた。ロイの体調を考慮して、短時間の昼食会形式となっている。
カイルとアランの服は、公爵からの借り物だ。
フェリシアとミアの服は、公爵夫人であるエレーヌが直々に見立てていた。特にミアに対しては、夫人自ら着付けを行うほどの熱の入れようだった。
「まあ。ミアは本当に可愛いわねぇ」
ミアのことを、夫人はすっかり気に入ってしまったようだ。ロイがミアに懐いていることもあるが、それ以上に、素直で明るいその性格が夫人の心を掴んでいた。
着付けを終えた夫人が、ミアを惚れ惚れと見つめる。
「フェリシア、ミア。今日は楽しんでいってね」
ご機嫌の夫人に見送られながら、二人は会場の広間へとやってきていた。
「そう言えば、社長は今日来ないんだな」
「ええ。何だかやることがあるらしいわ」
「貴族の誘いを断るって、いったいどんな一般市民だよ」
「うちの社長って、変わってるから」
フェリシアが楽しそうに笑う。
「たしかにそうだな。あの時も、馬を飛ばしてやってきたと思ったら、ミアのお見舞いだけして帰っちまったし」
「リリアがすごく怒っていたわ。しばらく留守にするって言って出て行ったきり、何日も戻らなかったって」
「でも、そのおかげでミアが目を覚ましたのかもしれないけどな」
カイルとフェリシアの会話に、ミアが割って入った。
「あの……やっぱり社長さんが、私に何かしてくれたんでしょうか?」
「そうよ。あなたに、おまじないの口づけをしていったわ」
「えぇぇぇっ!」
「うそよ」
「うそ、なんですか……」
「あなたって、ほんとに面白いわね」
フェリシアにからかわれながら、でもやっぱり、ミアは気になって仕方がなかった。
カイルもアランも、同行していた公爵家の医師も、ミアはもう助からないと思ったという。自分でも、死を覚悟して魔法を発動したのだ。
だが、マークがやってきて、たぶん何かをしてくれた。マークが来た翌日、自分は意識を取り戻している。
フェリシアは絶対知っている。
だけど、なぜか教えてくれない。
町に帰って来てから、一度だけマークに会った。お世話になったお礼を言った後、何度も聞こうと思ったけど、結局聞けなかった。
フェリシアが教えてくれないのには、何か理由があるはず。だから、私も聞かないほうがいい。
そうは思ったのだが、やっぱり気になる。
気になるけど聞けない。
聞けないけど気になる。
ほかの三人が楽しげに会話をするその横で、ミアは考える。
考えて、唸って、ミアは決めた。
もーっ、こうなったら食べてやる!
謎の決意をしたミアが、近くにあった料理に手を伸ばしたちょうどその時、音楽が止んで会場が静かになった。
慌てて手を引っ込めて、ミアが周りを見回す。全員が、同じ方向を見ていた。
広間正面の階段から、公爵夫妻と、二人に支えられたロイがゆっくりと下りてくる。
「あれがご子息か」
「何年も見ていなかったが、やはりまだやつれているな」
貴族たちのささやき声が広がる中、三人は階段の中程まで来ると、そこで止まった。
公爵が、張りのある力強い声で挨拶を始める。
「今日は、我が息子ロイのためにお集まりいただき、感謝いたします」
そう切り出した公爵は、ロイが病気になってから、”ある秘薬”によって回復するまでの経緯を簡単に説明した。
セルセタの花によってロイが助かったことは公然の秘密だったが、花の正確な情報は国家機密だ。花の咲く場所や花を守る魔物について、公爵は一切口にしない。漆黒の獣のことも、エム商会のことも、あえて伏せていた。
パーティーに招待されたカイルたち四人は、夫人の知り合いということになっていたが、これも建前である。四人だけでなく、漆黒の獣やエム商会がロイの件に関係していることは、とっくに噂になっていた。
もちろん四人もそれを承知で、花に関しては何を聞かれてもトボケることにしている。
だが、一つだけ、公爵の決断で公にすることがあった。
それは。
「この度の件では、アルミナ教会の多大なる協力を得た。ロイが助かったのは、教会のおかげと言っても過言ではない。もし教会に寄付をすることができるのなら、わしは全財産の半分を教会に差し出すことだろう」
公爵の言葉に会場がざわつく。
教会に対して貴族は、寄付はもちろん、積極的に関わることも禁じられている。個人的に礼拝に行くことさえも控えるのが望ましいとされていた。
それでも熱心な信者はお忍びで礼拝に行くことはあるが、それは決して公にはできない行為なのだ。
「もちろん、わしも国の掟を破る気など毛頭ない。よって、今後も教会に干渉するつもりはないが」
公爵が、言葉を切った。
そこにいる全員が、動きを止めて集中する。
階段の上に、公爵は静かに立つ。
その、静かに立っているだけの公爵の体が、突然膨張した。
「なんだ!?」
誰かが思わず声を上げた。
誰もが大きく目を見開いた。
目の錯覚に違いない。
そう思って、多くの人が目をこすり、あるいは瞬きを繰り返す。
しかし、そんな動作すら次第にできなくなっていった。
公爵の発するプレッシャーが、そこにいる全員を呑み込んでいく。
公爵の周囲が歪んで見えた。
手前にいた数人が、無意識に後ずさった。
強烈な気を纏ったまま、ゆっくりと公爵が会場を見渡し、そして、ある一点に恐ろしいまでの強い視線を送る。
その一点を睨みながら、公爵が言った。
「もし、歴史ある教会を穢す者がいたならば、わしは、躊躇うことなく、即座にその者の首を刎ねに行くだろう」
十年前、北西の強国ウロルの大軍を打ち破った伝説の英雄。その覇気は、いまだ健在だった。
大きな声を上げた訳ではない。むしろ、押し殺したような低い声だった。
それなのに。
「すげぇ」
カイルが身震いするほどの圧力。会場を支配する圧倒的なオーラ。
十年前を知る者はその強さを思い出し、十年前を知らない者は、初めてその恐ろしさを知った。
その中で一人、全身にびっしょり汗をかき、でっぷりとした体を小刻みに振るわせている男がいる。
その男は、自分を射抜く強烈な視線から逃れるように、テーブルの飲み物を手に取って、一気にそれをあおった。
「伯爵、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ」
同じテーブルの貴族が声を掛けてくれるが、ろくにその顔も見ない。そして男は、テーブルの反対側にいた貴族を、救いを求めるように見た。
だがその貴族は、はっきりと目が合ったにも関わらず、無言でそこから立ち去っていった。
「そんな……」
音楽が鳴り始め、周囲が歓談を再開しても、その男だけは、その場に立ち尽くしたまま動くことができなかった。
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