グレートウィルム

「くそっ、あと少しだってのに!」


 カイルが歯ぎしりをした。

 目の前には、巨体を横たえたグレートウィルムがいる。ぐったりしているようだが、まだ死んではいない。

 カイルたちは、グレートウィルムにとどめを刺すことができずにいた。


 ウィルムは、ドラゴンの一種だ。翼がないことと、知性が高くないことを除けば、ほかの特徴はドラゴンとほとんど同じ。

 その中でも、グレートウィルムは最も体が大きい種類だった。


 ウィルムの攻撃方法は、突進して相手を押し潰すか、長大な尻尾で相手を叩き伏せるか、口から吐き出すブレスで相手を焼き尽くすかのいずれかだ。

 その鱗は強靱で、普通の武器では表面に傷付けるのがやっと。魔法でも大したダメージは与えられない。


 ウィルムを倒す方法は、主に三つと言われている。


 一つ目は、鱗のない、腹もしくは首の内側の比較的弱い表皮を狙うこと。

 二つ目は、口の中もしくは傷口から魔法を打ち込んで、内部から破壊すること。

 そして三つ目は、ドラゴンスレイヤーなどの特殊な武器、あるいは光と闇の上位魔法のような、強力な魔法を使うこと。


 三つ目の方法は、普通選択できない。ドラゴンスレイヤーなどという特殊な武器は大国の宝物庫にすらないことがほとんどだし、光と闇の上位魔法を操る魔術師も、探し出す方が困難だ。

 多くの場合、ドラゴンやウィルムを倒すには、一つ目と二つ目の方法を組み合わせることになる。

 漆黒の獣も、それを狙って攻撃をしていた。


 魔法で強化した盾を並べてブレスを防ぐ。

 グレートウィルムのブレスは、およそ五秒で一度途切れる。次のブレスまでは、およそ三十秒だ。その間に兵士がウィルムに迫り、腹や首を狙う。

 ある程度のダメージを与えたら、魔術兵が突撃して傷口を狙う。

 多少の犠牲に目を瞑って攻め立てれば、倒せない魔物ではなかった。


 だが。


 フェリシアたちの休憩場所確保に兵を割いたことで、攻撃に厚みが足りなくなった。最後の一押しができなかった。

 致命傷を負っている訳でもないのに、グレートウィルムが守りに徹するように動かなくなってしまったのも、完全に想定外だった。


 横たわる巨体の向こう側には、キラキラと輝く泉が見える。泉の中央には、淡く青白い光を放つ、白く可憐な一輪の花が咲いていた。

 間違いなく、それがセルセタの花だ。


 そこにセルセタの花がある。

 それなのに、グレートウィルムが邪魔で近付くことができない。


 後ろから近付けば、グレートウィルムが振り回す長大な尻尾によって兵士が吹き飛ばされる。前から近付けば、高温のブレスによって体を焼かれる。

 やはりグレートウィルムを倒すしかないのだが、首も腹もほとんど隠れてしまっていて、攻撃をする場所がない。

 この作戦のために用意した盾は、すでにほとんどが耐用限度を超えていた。ブレスが終わった瞬間の口を狙うことも、もうできない。


「せめて、自分と同じくらいの魔術師がいれば」


 アランがつぶやく。

 強力な魔法の連続使用。それが実現できれば、あるいはグレートウィルムを倒せるかもしれない。

 だが、優秀な魔術師であるアランでも、それを一人では実現させることは不可能だった。


 睨み合いが続く。

 刻一刻と時間が過ぎていく。


「こんな結末があってたまるか!」


 カイルが全身に闘志をみなぎらせた。


「鱗と鱗の間なら、剣が通るはずだ!」


 そう言いながら、グレートウィルムの側面に回り込もうとする。


「無茶です! そんなことをしても、大したダメージは与えられません!」


 アランの声に、カイルが怒鳴り返した。


「じゃあどうするんだよ! このままじゃあ埒が明かないんだぞ!」


 カイルの目は血走っている。

 怒りと焦り、そして絶望。

 いくつもの感情の入り混ざったその目は、アランの胸を締め付けた。


 こうなったら、兵士を盾にしてブレスを防ぐしかない。

 アランが悲壮な決意をした、その時。


「ちょっとオンボロだけど、それなりに使える援軍はいかが?」


 驚いて二人が振り返る。


「フェリシア!」


 そこには、魔力も体力も使い切ったはずのフェリシアが、笑いながら立っていた。


「お前、大丈夫なのか?」

「人間の限界って、意外と先にあるものなのよね」


 カイルの心配そうな声に、軽い声でフェリシアが答える。

 そんなフェリシアの表情が、引き締まった。


「状況を教えて」

「ああ、そうだな」


 カイルは、グレートウィルムが動かなくて困っているという話をした。


「なるほどね。それで、作戦はあるの?」


 フェリシアの問いに、アランが答えた。


「一発勝負にはなりますが」


 アランが、魔術師の連携による攻撃方法を提案する。それを聞いて、フェリシアは考えた。

 アランの作戦は、本人も言っている通り一発勝負だ。今のフェリシアには、何度も魔法を発動する余力はない。うまくいかなければ、それで完全に終わりだ。


 それよりもっと高い確率で、グレートウィルムを倒す方法はあるけれど……


 フェリシアは知っていた。

 ウィルムやドラゴンの強靱な鱗でさえも破壊することができる、強力な魔法。


 闇の魔法の第四階梯、アシッドブレス。

 ありとあらゆる物質を溶かしてしまう、強烈な酸のブレスだ。


 それを使ってグレートウィルムの鱗を溶かしてしまえば、そこから魔法を打ち込むことができる。アランの作戦よりよほど確率は高い。

 だが、アシッドブレスは闇の魔法。しかも第四階梯。今のフェリシアに、それを使う魔力など残っているはずがない。

 それでも魔法は発動する。

 そしておそらく、自分は死ぬ。


 以前のフェリシアなら、迷うことなくその魔法を使っていただろう。呪文を唱えながら、表情も変えずに飛び出していったに違いない。


 でも今は……


「無事に帰ってこいよ」


 みんなの声が聞こえる。

 みんなの笑顔が見える。

 マークの優しい目が、自分を見つめている。


 はぁ。私、ダメ人間になっちゃったわね


 フェリシアは、心の中でため息をついた。


「アラン、あなたの言った作戦しか今はないと思うわ。私はもう素早く動けない。私が作戦の前半を担当するから、とどめはお願い」

「分かりました」


 フェリシアの言葉にアランが頷いた。

 覚悟を決めたカイルが、グレートウィルムを強く睨み付けた。

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