試験飛行

 屋敷の廊下を歩きながら、フェリシアがミアに指導をしている。


「いい、ミア。さっきもずいぶん無駄な魔力を使っていたわ。それと、時間が掛かり過ぎてる。あれじゃあ最後まで持たないわよ」

「はい、すみません」

「出発まで毎日特訓するから、覚悟しときなさい」

「よろしくお願いします!」


 その後ろでは、男二人が小さな声で会話をしていた。


「私は、すっかり自信を無くしてしまいました」


 がっくりと肩を落とす医師を、アランが励ます。


「大丈夫ですよ。フェリシアさんも含めて、あの二人は特別です。そう、特別なんですよ。あはははは……」


 自信喪失二度目のアランは、開き直りの境地に達したようだった。


 やがて一行は、中庭に到着した。


「ここで、フライの確認をします」


 マークが夫妻に伝える。

 そして、持参してきた背負子をミアに背負わせた。


 フェリシアのフライは、まだ一人としか一緒に飛ぶことができない。

 相手の魔力と同調し、相手を自分の延長とみなして飛ぶ。そのために、相手が二人になると急激に制御が難しくなって、長時間発動し続けることができなかった。

 そこで、ロイをミアが背負い、フェリシアが魔力を同調する相手をミアだけにする。

 ロイを背負う分ミアに負担は掛かるが、それは仕方がなかった。


 ミアと、リリアとシンシアの協力も得て事前に実験は済ませてあるが、今日はその実践だ。

 公爵が、ロイをそっと背負子に座らせる。

 その重みを肩に感じながら、ミアが聞いた。


「座り心地はいかがですか?」

「うん、大丈夫」


 ミアの問いに、ロイはしっかりと答えた。


「では、始めます」


 ミアの手を握り、集中を始めていたフェリシアが言った。

 みんなが注目する中、三人がゆっくりと上昇を始める。


「うわぁ」


 ロイが、驚きとも感嘆とも取れる声を上げた。

 三人は、そのまま二階の窓と同じくらいの高さまで上昇していく。


「これから前方に、ロイ様から見て後ろに進みます」


 フェリシアの声と共に、三人はゆっくりと平行移動を始めた。


「すごーい!」


 今度のロイの声は、明らかに楽しげだ。


「ロイ様から見て左に旋回します」


 三人が旋回を始める。速度はゆっくりだが、姿勢は安定している。

 ロイは、目を輝かせて空中の散歩を楽しんでいた。


「あなた、ロイがあんなに楽しそうに」

「ああ、そうだな」


 肩を寄せ合いながら、夫妻が笑う。

 涙を浮かべながら、ロイと同じくらい嬉しそうに二人は笑っていた。


 徐々に速度を上げながら、三人は上昇、下降、旋回を繰り返していく。しばらくすると、飛ぶことに慣れてきたロイが、背中に向かって言った。


「ねぇ。僕、前を向いてみたいんだけど」

「ロイ、あまり我が儘を言うものではありませんよ」


 下から見上げている夫人が心配そうに言うが、フェリシアは、ロイの要望に応えることにした。


「ミア、手をつなぎ替えて」

「はい」


 フェリシアの左手を右手で握っていたミアが、左手で握り直す。必然的に、ミアは後ろを向くことになった。


「わぁっ、すごい!」


 がらりと景色が変わった瞬間、ロイがはしゃいだように声を上げた。


 建物に囲まれた中庭だ。景色がいいという訳ではない。

 それでも、ロイは嬉しかった。


 久しぶりの外の空気。

 初めてのフライ。

 何年振りかの、両親の笑顔。


「フェリシア、ミア」

「はい、何でしょう」

「僕、頑張るよ!」


 力強くロイが宣言する。


「僕、絶対によくなってみせる!」

「はい。三人で頑張りましょう!」


 飛んでいたのは二十分足らず。

 だが、その二十分で、ロイの心には生きる意欲と勇気が生まれていた。


 試験飛行を終えて、三人が降りてくる。

 そこに夫人が駆け寄った。


「ロイ、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。でも」

「何? どこか悪いの?」

「あの……僕、お腹が空いてしまいました」

「もう、あなたったら」


 夫人がロイを抱き締める。


 お腹が空いた。

 たったそれだけの言葉に夫人は涙した。


「よし、すぐに食事を用意させよう」


 涙ぐみそうになりながら、公爵が執事に合図をする。

 一行はそのまま食堂へと向かい、共に昼食を取ることにした。


 普段はベッドの上で取る食事を、ロイは食堂のイスに座って食べた。妹もやって来て、親子四人揃っての楽しい食事となる。


 しかし、食事の途中でロイがぐったりし始めた。

 夫妻が慌てる。メイドが医師を呼びに走り出す。

 その光景を見ながら、マークが冷静にミアに伝えた。


「一時間と十五分だね」

「はい」

「予定通り、一時間ごとに魔法を掛けてくれ」

「分かりました」


 ベッドへと運ばれていくロイを、マークが険しい目で見つめていた。

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