ロダン公爵
背の高い門をくぐりながら、フェリシアは思う。
これは、侵入しづらいわね
兵士が複数組、死角を作らない距離と向きを保って巡回している。屋根の上には監視塔があって、地上だけでなく空まで抜かりなく見張っていた。
精悍な体躯の犬が数匹遠くに見える。
ざっと探知したところ、あちこちに魔法のトラップが仕掛けてあるようだった。この様子だと、窓の鍵も二重になっているに違いない。そして、兵たちの士気も高い。
警備体制は万全のようだ。
どこかの伯爵家とは大違いだわ
ジュドー伯爵の屋敷は、ここよりもはるかに小さい。
だからこそ警備はしやすいはずなのだ。
意識の違いってやつね
マニアックな興味を抱くフェリシアの隣には、緊張気味のミア。少し前にはマーク。そのさらに前に、カイルとアランがいる。
兵士の一人に先導されて、五人はロダン公爵邸の敷地の中を歩いていった。
一行は、落ち着いた雰囲気の部屋に通されて公爵を待っていた。
フェリシアは、ひと通り部屋の中を観察し終えると、同席しているメンバーの表情を見ていく。
カイルとアランは何度か屋敷を訪れているはずだが、これほど奥に通されたことはないらしく、少し落ち着かない様子だ。
ミアは、完全に固まっている。
出されたお茶は、香り豊かでとても美味しいお茶だったが、残念ながらそれを味わう余裕はなさそうだ。
そのお茶を、マークがゆったりと飲んでいた。
ほんと、不思議な人
一般人なら、貴族の屋敷に足を踏み入れたただけでも緊張してしまうだろう。ミアが特別な訳ではない。
屋敷の警備体制に興味津々だったフェリシアだが、一番興味を引かれるのは、やはりマークだった。
観察を終えたフェリシアが、お茶を半分ほど飲み終えた時、ノックと共に一組の男女が入ってきた。
全員が一斉に立ち上がってお辞儀をする。
「ここは公の場ではない。みんな、座ってくれ」
気さくな声に、みんなは一礼して腰を下ろした。
すかさずカイルがマークたちを紹介する。
「公爵、こちらが先日お話しした三名です」
続けて、マークが挨拶をした。
「エム商会のマークと申します。隣が弊社の社員のフェリシア。その隣が、アルミナ教会のミアでございます」
「よろしくお願い申し上げます」
フェリシアは優雅に、ミアはぎこちなく挨拶をした。
「わしがロダンだ。隣にいるのは、妻のエレーヌ」
「みなさん、はじめまして」
ロダン公爵夫人のエレーヌが、にこやかに挨拶をする。
二人とも、貴族にありがちな高飛車な態度はまったくなかった。
「さて、早速本題に入ろう。カイルたちの話では、ロイにセルセタの花を煎じて飲ませる方法があるということだったが」
公爵の目が、瞬時に鋭どい光を帯びる。
「私からご説明申し上げます」
強い視線を正面から受け止めながら、マークが作戦の説明を始めた。
説明を聞き終えた公爵が、腕を組み、じっと考えた後で言った。
「不確定なことが多いとはいえ、その方法しかないのかもしれんな」
数多くの軍事作戦を指揮してきた公爵だ。今回の作戦が危ういものを含んでいることは、すぐに理解した。
だが、残りわずかな期間の中で、ほかに方法は見付かっていない。
「今まで何一つ希望なんてなかったんですもの。わたくしは、みなさんにロイの命を託したいと思います」
夫人がしっかりとした声で言う。
「そうだな。お前の言う通りだ」
公爵も頷いた。
「ところで、そちらの三人は金銭以外の報酬を望んでいると聞いたが、いったい何を望んでいるのだ?」
マークとフェリシア、そしてミアが背筋を伸ばした。
三人にとって、その報酬こそが最重要ポイントだ。
「はい。私たちが望むのは、アルミナ教会に対する支援です」
「教会への支援?」
思い掛けない話に公爵が驚いている。
その目を真っ直ぐ見つめて、マークが、教会に起きている出来事や調査結果、そしてロダン公爵に依頼したいことを話した。
「なるほど」
公爵が、再び腕を組んで黙った。
ロイの件と違って、教会の話は政治的に面倒なことにもなりかねない。
さらにやっかいなのは、ジュドー伯爵が、三公爵の一人、カミュ公爵の傘下にいることだ。
カミュ公爵はプライドの高い男だ。下手をすれば、つまらない政治闘争につながる可能性もある。
だが、ロイの件を除いても、伯爵のしていることはロダン公爵の許容範囲を超えていた。
しばらくして、公爵が言った。
「分かった。その話、何とかしよう」
公爵は、マークと、話の間中ずっと自分を睨み付けていたミアに答えた。
「ありがとうございます!」
マークよりも先に、ミアが礼を言う。
「よかったぁ」
一気に肩の力が抜けたようだ。
「これで交渉成立だな。危険な作戦になるが、よろしく頼む」
「かしこまりました。成功に向けて、全力を尽くして参ります」
そう言って、マークがにこやかに笑う。
困難な作戦を引き受けたというのに、その顔には何の悲壮感もない。だからと言って、軽い印象もない。
その笑顔は、不思議とみんなを安心させた。その笑顔は、みんなの心に希望の光を灯してくれた。
公爵夫妻が、つられて笑みを見せる。カイルとアランも小さく微笑む。
フェリシアは、脱力しているミアと、穏やかなみんなの顔をそっと見渡した。
今回の作戦は、フェリシアにとっても危険なものになるはずだ。
それなのに。
ほんと、不思議な人
フェリシアがマークを見つめる。見つめながら、フェリシアが微笑む。
その微笑みは、みんなのものとは少しだけ違って見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます