エム商会始動

「なるほど、話は分かった。それで、フェリシアはどうしたいんだい?」


 ここは、エム商会の事務所。

 事務机を挟んで、マークとフェリシアが話をしている。


「私、今回の件を調べてみたいんです」

「調べてどうする?」

「相手が分かったら、なるべく穏便な方法で、教会から手を引いてもらうように頼んでみます」

「穏便に、ね」


 後ろのソファで聞いていたヒューリが、小さくつぶやく。


「フェリシアの言う”穏便”って、きっと違う意味だよな」

「いいから黙ってろ」


 ミナセがヒューリを睨む。

 リリアとシンシアは、固唾を呑んで話の成り行きを見守っていた。

 四人に注目されながら、会話は続く。


「院長先生は、この件に手を出すなとミアさんに言ったんだよね?」

「そうみたいです」

「それでも、フェリシアは手を出すのか?」

「はい、そうしたいんです」

「どうしてそこまでするんだ?」


 マークが聞いた。

 するとフェリシアが、にっこり笑って答えた。


「覚悟がありますって答えた時のミアが、いい目をしていたからです」


 答えを聞いたマークは、ちょっと驚いたようだった。

 フェリシアの目を、マークが見つめる。笑っているその顔をじっと見つめる。

 やがて。


「いいだろう。今回の件、うちで引き受けよう」


 そう言って、マークもにっこりと笑った。


「うちでって、私だけじゃなくてですか?」

「そうだ。エム商会として、ミアさんの想いに応えたい」

「でも、正式な依頼じゃないですし、そもそもお金が出ないと思うんですけど」


 この話は、どう考えても商売にはならない。教会に恩を売ったところで、将来大きな利益が見込めるということもない。会社として引き受けるような話ではないはずだった。


「私が個人的に、空いた時間で動くくらいでいいのではないでしょうか?」


 自分で言い出したことながら、フェリシアが反論する。

 そんなフェリシアの肩越しに、マークが大きな声で聞いた。


「みんなはこの件、フェリシアだけに任せておけるかな?」


 すると。


「私も手伝う!」

「お役に立ちたいです!」

「やる」


 一斉に声が上がった。その声を代表するように、ミナセが言う。


「教会に危機が迫っているのに、黙って見ていられるはずがないだろ?」


 振り返ったフェリシアに、全員が笑顔を見せた。


「ということだ。この件、うちの総力を挙げて取り組むことにする。いいね?」


 予想通り、という表現は間違っていた。だけど、マークの言葉とみんなの反応は、予想外のものではなかった。


「ありがとうございます」


 フェリシアが頭を下げる。

 その顔には、微笑み。目を閉じて、静かに礼をしているその顔には、嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。



 翌日フェリシアは、仕事の合間に教会を訪れて、ミアに話をした。

 話を聞いたミアは、目を白黒させて驚く。


「ででで、でも、私、報酬とか何にもお支払いできませんよ?」

「大丈夫よ。ミアの体で払ってもらうから」

「えええっ!」


 ミアが両手で自分を抱き締めながら、後ろを向く。

 そして、少しだけ首をこちらに向けて、小さな声で言った。


「その、優しくしてくれるなら……」

「あなた、面白いわね」


 フェリシアが、まじめな顔でその姿を見る。


「冗談よ。お金のことは、とりあえず考えなくていいわ」

「えええっ! 冗談?」


 勢いよく振り向くミアを、フェリシアが笑う。


「ただし、ミアにも手伝ってもらうわよ。覚悟しなさい」


 緊張気味のミアに、フェリシアが、マークからの指示を伝えた。



 さらにその翌日。

 マークは、教会に院長を訪ねた。


「すみません、突然お邪魔しまして」

「いえ。社長さんにはお世話になっていますから」


 院長は、機嫌よくマークを迎えてくれた。

 ロロの実の一件も含めて、エム商会は、教会にとって大切な存在となりつつある。いつも穏やかに笑うマークの訪問は、院長にとっても嬉しいことだった。


「まずはご報告です。ロロの実の群生地に、ワイバーンはもういません。理由は分かりませんが、一時的な現象だったと思われます」


 魔物を倒してから再び復活するまでの期間は、”秘宝持ち”の魔物でない限り、短いもので数十分、長くても十日と言われている。

 フェリシアの偵察で、群生地にワイバーンがいないことの確認が取れていた。


「そうですか、よかったです。本当に……」


 よかったという言葉とは裏腹に、院長の表情は冴えない。


「それよりも」


 そんな院長に、マークが少し難しい顔をして話し出した。


「じつは、うちのお客様から聞いたのですが、ロロの実の薬が町で手に入りにくくなっているようなんです」

「そう、なんですか」

「はい。何人かのお客様がおっしゃっていたので、気になって薬屋さんを訪ねてみたんですけど、本当に薬がないんです。あったとしても、別の町から仕入れたものだとかで、とんでもない値段で売ってるんですよ」

「……」

「おかしいと思って、教会が薬を作っているはずだと言ったら、どこの店の店員も黙り込んでしまうんです」


 院長が目を伏せる。

 マークが、院長にストレートに聞いた。


「町の薬屋さんは、教会の薬を買ってくれないんですか?」


 院長は黙っている。その表情からは何も読みとることができない。

 しかしマークは、院長の拳が強く握られていることに気付いていた。


「すみません、変なことを聞いてしまって」


 あまり間を空けずに、マークが頭を下げた。


「いえ、そんな」


 院長が歯切れ悪く答える。目は、伏せたままだ。


「失礼ついでに、一つ提案があるのですが」


 目を伏せたままの院長に向かって、マークが話し出す。

 院長が、顔を上げた。その顔が驚きの表情へと変わっていく。


 話を聞き終え、しばらく考えていた院長が、やがて決意したように答えた。


「ぜひ、お願いします」



「社長、大変っす!」

「何だ?」

「ロロの実の薬が、町に大量に出回ってやがります」

「薬が?」


 社長と呼ばれた男が、渋い顔をする。


「売ってるのはどこのどいつだ」

「へい、薬屋です」

「てめぇは馬鹿か! その薬屋に薬を卸してるのは誰かと聞いてるんだよ!」

「すんません! それが……」

「それが?」

「エム商会っていう、何でも屋だって話です」

「エム商会?」


 知らねぇな


 男は首を傾げた。

 その時、また別の部下が部屋に走り込んでくる。


「社長! 教会の護衛をしてた奴らが分かりやした!」

「そうか。どこのどいつだ」

「へい。エム商会っていう、何でも屋だって話です」

「何だと?」


 男の持っていたペンが、バキッと音を立てた。


「エム商会ってのは、何者なんだ?」

「へい。町じゃあ、美人揃いのエム商会ってことで、ちょっとした噂になってるらしいっす」

「そんなこたぁどうでもいいんだよ!」

「すんません!」

「そいつらは強ぇのかって聞いてんだ!」

「へい! 何でも、護衛の仕事で失敗したことがないって話です。下手な傭兵団より強いって」

「傭兵団より?」

「へい」


 あの魔物を倒せるくらいだ。美人揃いってのはどうでもいい話だが、護衛の仕事で失敗したことがないというのは本当かもしれない。

 男が、腕を組んで考え込む。


 ロロの実採取の護衛をしたのがエム商会。

 薬屋に薬を卸しているのもエム商会。

 ということは……。


「そのエム商会ってのを徹底的に調べろ。後ろ盾がいるかどうかもな」

「へい!」


 バタバタと走り去る部下の背中を見ながら、男は不気味につぶやいた。


「院長先生。あんた、余計な真似をしちまったようだぜ」

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