コクト興業
エム商会の事務所では、それぞれの調査結果を持ち寄っての打ち合わせが行われていた。
「ミアの情報、役に立ったな」
「そうですね」
「コクト興業か」
ミアが調べた、最近寄付をしなくなった人や会社のリストをもとに聞き込みをした結果、コクト興業の名前が浮かんできたのだ。
裏付けも取れている。
薬屋に怒鳴り込んで来た男のあとをつけた結果、コクト興業の社屋に辿り着いていた。
「悪い人も突き止めたし、教会にもお金は入ったし、ここまでは予定通りですね!」
聞き込み担当のリリアが嬉しそうに言った。
張り込み担当のシンシアも、隣で頷いている。
教会から仕入れた薬は、仕入れ値以上の値段ですべて売り切っていた。エム商会としても、それなりの利益を上げることができている。
もともと教会の薬は需要が高いのだ。”教会以外”からなら薬屋だって買ってくれる。しかも、客からはずっと苦情を言われ続けていたのだ。多少高かろうが、仕入れざるを得ない状況もあった。
「だけど、ここからが本番だな」
ヒューリが厳しい表情で言う。
「そうよ。奴らをおとなしくさせないといけないわ」
フェリシアも、怖い顔で続く。
怒っても可愛いフェリシアだが、今の表情は、本当にちょっと怖い。
「でも、その人たちの狙いって何なんでしょうか?」
リリアが不思議そうに聞いた。
それに、フェリシアがあっさり答えた。
「土地か女でしょ」
「えっ?」
リリアは、フェリシアの言葉が理解できないようだ。
「だって、教会ですよ? 神聖な場所に、いるのは子供たちとシスターだけ。そんなところから、何を奪おうって言うんですか?」
「そうね。女っていう線は薄いかもしれないけれど、土地が目的っていうことは、十分考えられるわよ。神聖な場所かどうかなんて、奴らには関係ない。だって、教会は町の一等地にあるんですもの」
「そんな!」
リリアにとって、教会はそこにあって当たり前の存在。町の中心、町の象徴、そして、人々の拠り所。
ボランティアを始めるまではほとんど教会に行ったこともなかった、とても熱心な信者とは言い難いリリアでも、それが侵されるなんて考えられないし、許せない。
「そんなことしたら、町のみんなが黙っていないんじゃないですか?」
納得のいかないリリアがフェリシアに詰め寄る。
すると、横からヒューリが答えた。
「土地が狙いだとしても、教会の敷地の一部だと思うよ。それを、教会が自発的に手放すように仕向ける。自ら手放したなら、町の人たちもそれほど文句は言えないさ」
「でも……」
リリアは悔しそうだ。
シンシアが、リリアの手をそっと握る。
「二人が言ったことは、あくまで想像でしかないよ。本当のところは何にも分かっちゃいないんだから」
ミナセが、リリアの頭を撫でながら優しく微笑んだ。
それを受けて、マークがみんなに言った。
「ミナセさんの言う通りだ。あれこれ話していても、今は意味がない。まずは、コクト興業を調べよう。ここからは慎重に行動してくれ。特に、リリアとシンシアは絶対に無理をしないように」
「分かりました」
「分かった」
二人を含めて、全員が真剣に頷いた。
その日の夜。
宿屋の食堂で、ミナセたち三人が食事をしていた。
ヒューリとフェリシアは酒を頼んだが、なぜかミナセは頼んでいない。
「体調でも悪いのか?」
「いや。何となく、な」
ヒューリの問いに、ミナセは曖昧に答えた。
ヒューリはしばらくミナセを見ていたが、それ以上は何も言わない。
「コクト興業の目的って、やっぱり土地よね?」
フェリシアが、どちらにともなく問い掛ける。
「たぶんね。院長先生が事情を話してくれれば、はっきりするとは思うけど」
「院長先生がこのことを表沙汰にしない理由って、やっぱり……」
「ああ。たぶん相手は、コクト興業だけじゃない」
教会の件は、いたずらレベルの話ではない。衛兵に通報すれば、何らかの措置は取れるはずなのだ。
それなのに、院長はそれをしない。
「私は、こういうの苦手だよ」
ヒューリが、酒をあおりながら苦々しくつぶやく。
「私は、こんなのばっかりだったけれど」
フェリシアが、料理を口に運びながら淡々と言う。
「どっちにしても、社長が言うように、まずは調べるしかないだろう」
そう言ってミナセは、くるくると回していたコップの水を一息に飲み干した。
深夜。
「たぶん、この辺りだろうな」
独り言をつぶやきながら、静まり返った町の一画をミナセは歩いている。
ここは、教会の東側。敷地を取り囲む塀の一部が少し崩れている。身軽な人間なら簡単に越えられそうだ。
塀の内側は雑木林になっていて、侵入したあと身を隠すにも都合がいい。
塀の外側にあるのは、建て替え中の商館だ。入り口に立ち入り禁止の看板が立っていた。
教会は、まさに町の中心にある。
遅い時刻とは言え、酔っぱらいも含めて、人がまったく近寄らないという場所などほとんどない。
だがこの一画だけは、繁華街が近くにないこともあって、人の通る可能性が低かった。
「さて、ここだと仮定して、あとは……」
ミナセは、目を閉じて神経を集中させる。
やがて。
立ち入り禁止の看板を横目に見ながら、ミナセは、躊躇うことなく建て替え中の商館の敷地に足を踏み入れた。
ガラスの割れている窓を開けてひらりと中に入り、懐中電灯を照らしながら階段を上がっていく。
そして、二階のある部屋の前まで来ると、なぜかノックをしてからその扉を開けた。
「お疲れ様です」
ミナセが、窓際に向かってにこやかに言う。
それに、聞き慣れた声が答えた。
「……参りました」
そこにいたのは、苦笑いをしているマークだった。
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