覚悟
「もっと集中して!」
「ふんっ!」
「もっと力を抜いて。集中するのと力むのとは違うわ」
「はい!」
今日は日曜日。
炊き出しの後、教会の片隅で、ミアはフェリシアから魔法の特訓を受けていた。
「はい、そこまで!」
「ふぅ」
フェリシアの指導はなかなか厳しい。言葉は柔らかいのだが、ある程度の成果が出るまで許してくれない。
だが、今日はやけに短い時間で休憩が入った。
「ミア。あなた、何か心配事でもあるの?」
「えっ?」
ミアが、びっくりしたようにフェリシアを見つめる。
「何度も言うけど、魔法の発動には、リラックスと集中のバランスが大事なの。リラックスしてるんだけど、集中力は失わない。集中してるんだけど、心は冷静。そんな状態に自分を持っていく必要があるわ」
「はい」
「そのためには、雑念を追い払って、心をクリアにしておくことが大切」
「……はい」
「今日のミアは、雑念が多過ぎるわ」
「すみません」
戦士が体を鍛え上げるように、魔術師は、精神を鍛え上げる必要がある。
優秀な魔術師であるフェリシアは、ミアの心の揺らぎを敏感に感じ取っていた。
「聖人でもない限り、人の心から悩みが消えることなんてないけれど、悩みに心が支配されていたら、魔法の練習どころではないわよ」
その通りだ。
まったくもって、その通り。
うなだれるミアに、フェリシアが優しく言った。
「私でよかったら、話だけでも聞くけれど」
フェリシアが笑う。
その笑顔を見つめながら、ミアは考えた。
相談するべきだろうか?
でも、院長先生に余計なことはするなと言われてるし。
ミアは悩む。
そんなミアを、フェリシアは黙って待っていてくれた。
それが、ミアの気持ちを決めさせた。
「あの、フェリシアさん。お話ししてもいいですか?」
「……そう。教会もいろいろ大変なのね」
「そうなんです」
ミアは、最近知った教会の現状や、院長から聞いた話をフェリシアに伝えた。ここ数日ずっと悩んでいたせいで、話し出すともう止まらなかった。
話が飛んだりして、うまく分かってもらえたか自信はないが、とにかく一生懸命話をした。
「院長先生は、余計なことはするなっておっしゃるんです。でも私、何とかしたくて、だけどどうしたらいいのか分からなくて」
うつむくミアを見つめながら、フェリシアは思った。
意外と、重い話だったわね
日常生活の悩みとか女の子の悩みなら、話を聞くだけで楽になることもあるし、アドバイスもできたかもしれない。
だが、ミアの話はそういう類のものではなかった。
フェリシアは、とりあえず質問をしてみる。
「ミアの話だと、どこかの誰かが悪さをしているみたいだけど、心当たりはないの?」
「それが分からないんです。ベテランのシスターなら何か知ってるかもしれないですけど、私、孤児院の子供と同じ立場なので」
「フローラにこっそり聞くのは?」
「じつは、もう聞いてみました。でも、うまくはぐらかされちゃうんです」
「私たちが最初にここに来た日曜日、変な男たちがいたでしょう? あの男たちが関係しているとか?」
「最初の日曜日? ごめんなさい。私、その男の人たち見てないです」
そう言えば、あの事件があった時、ミアはちょうどあの場にいなかった気がする。フローラは何か知っているようだが、口止めされているのだろう。
ミアをじっと見ながら、フェリシアは考える。
今の状況で、私にできることと言ったら……
フェリシアは、さらに聞いた。
ゆっくりと、言葉を区切るように問い掛ける。
「ミア。あなた、院長先生の言いつけを破る覚悟、ある?」
「えっ?」
その質問と、フェリシアの真剣な表情に、ミアは驚いた。
言いつけを破る、覚悟?
今度はミアが考える。
今教会が置かれている状況は、どう考えても不自然だ。誰かが教会を困らせるために動いているとしか思えない。
その誰かとは、教会への寄付を止めさせることができたり、教会から薬の仕入れを止めさせることができたりする相手だ。そんな相手と関われば、危険な目に遭うかもしれないということはミアでも十分想像がつく。
あの夜、院長先生が急に冷たくなった理由。”分を越えたことは、くれぐれもしないように”、そう言った理由。
それは、間違いなくミアを危険から遠ざけるためだろう。
今フェリシアに聞かれているのは、この件に首を突っ込む覚悟があるかということだ。
ミアの日常に、危険を感じる出来事などない。このまま暮らしていけば、その日常は、少なくともしばらくの間は保たれるはずだ。
それでもなお、危険を承知でこの問題に取り組む気はあるのか?
フェリシアは、そう聞いているのだ。
ミアは考える。
考えて、そして答えた。
両手の拳を握り締め、大きな声で答えた。
「覚悟、あります!」
ミアが、フェリシアを睨み付けるように見ている。
フェリシアも、同じくらい強くミアを見つめ返した。
やがて。
「分かったわ。ちょっと時間をちょうだい。改めて連絡するから」
フェリシアが、表情を和らげて言う。
それを聞いたミアは、安心したように笑って礼を言った。
「はい、ありがとうございます!」
頭を下げるミアの肩に、フェリシアがそっと手を置く。その顔には、微笑み。フェリシアは、なぜだかちょっと嬉しそうに微笑みながら、ミアを見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます