感謝

 ミアの面接が終わった次の日曜日。

 エム商会のみんなは、全員で教会に向かっていた。何だかんだと仕事が入るので、勢揃いは久し振りだ。

 特に最近マークは、事務所のアパートの庭に謎の小屋を建設中で、休みの日はそちらに掛かり切りということが多い。


「ミア、元気になったかな」

「大丈夫よ。あの子、芯は強い子だもの」


 ヒューリとフェリシアの会話を、リリアとシンシアが後ろで聞いている。

 二人は、目を合わせてこっそり微笑んだ。


 やがて教会が見えてくる。いつもは、門をくぐると同時にヒューリが子供に囲まれるのが常だった。抱き上げてもらう順番を巡って喧嘩が始まるほどだ。

 さて、今日はどんなお出迎えになるのか。


 みんなが門をくぐると、やってきたのは。


「フェリシアさん! やっぱり私に魔法を教えてください!」


 ミアだった。

 やたらと元気で活力溢れるミアが、子供たちを押しのけてやってきた。


「えっ? えぇ、いいわよ」


 しどろもどろでフェリシアが答える。


「ほんとですか? やったあ!」


 ミアが飛び跳ねる。


「あ、社長さん、先日はありがとうございました」


 思い出したように、ミアが頭を下げた。


「ミナセさん、ヒューリさん、フェリシアさん、その節はお世話になりました」


 今度は三人に向かってお礼を言う。


「ミア、順番がいろいろ違うと思うぞ」

「えへへ、すみません」


 ヒューリに注意されて、ミアが照れ笑いをする。

 だが、それでもミアは嬉しそうだ。


「私、面接落ちちゃいましたけど、でも頑張ります! また面接を受けさせていただけるように、一生懸命努力します。だから、これからもよろしくお願いします!」


 大きな声で宣言して、ミアがもう一度頭を下げた。


 ミナセとフェリシアは驚いている。

 ヒューリは呆れている。

 リリアとシンシアは笑っている。

 そしてマークは、とても優しい眼差しでミアを見つめていた。



 もう一度面接を受ける!


 そう決意した日から、ミアは教会のいろいろなところに興味を持つようになっていった。特に、シスターたちが何をしているのか、フローラからの聞き取りを中心に精力的に調べている。


 覚悟と感謝。


 マークに言われたことを、ミアなりに考えた結果だ。


 覚悟については、分かるようで分からない。入社に当たっての自分の気持ちなんだとは思うが、明確なものが見えなかった。

 なので、一旦置いておくことにする。


 もう一つの言葉、感謝。

 これは、分かるような気がした。


 ミアが感謝すべき相手。それは、たぶん教会の人たち。院長やシスターたち。

 十六年間お世話になってきたけれど、ミアは、きちんとお礼を言ったことがない。だから、まずお礼を言おうと思った。

 シスターたちを捕まえては、片っ端からお礼を言って歩く。いろいろ助けてもらったことや、ここまで育ててくれたことに対する感謝の言葉をとにかく伝えていった。

 院長にそれを伝えた時には心臓が飛び出るかと思うくらい緊張したが、目をつぶって一気に話した。院長はずいぶん驚いていたようだったが、ろくに院長の顔も見ずに、言った後すぐ逃げ出してしまった。


 こうしてお礼を言い終わると、今度は何か役に立つことをしようと思った。そこで、教会やシスターたちのことを調べるようになったのだ。

 孤児院の仕事以外に、シスターたちは何をしているのか。ミアは、知っているようで知らなかった。


 シスターたちの仕事は、多岐に渡っていた。

 信者や一般の参拝者の相手に、様々な来訪者の接客。

 町で行われるセレモニーへの参加。

 婚礼や葬儀の実施。

 スラム街への訪問に、奉仕活動など。


 ミアが知っていた仕事以外にも、本当にたくさんの仕事をしている。中でも、ミアにとってショックだったのが、お金に関することだった。

 教会が、薬を作って売っているのは知っていた。様々な人から寄付を集めていることも知っていた。政治的中立を保つために、貴族からの寄付は受けていないことも教わっている。

 だが、アルミナ教会の財政が意外なほど逼迫していることは知らなかった。そのために、シスターたちが必死で寄付金を集めているとフローラが言っていた。


 今まで、孤児院で食事が出ないということはなかった。新品の服など着たことはなかったが、少なくとも人前に出られる程度の格好はさせてもらっていた。

 だから、シスターたちから節約を呼び掛けられても実感としてはなかったのだ。


 しかし、状況は結構厳しいようだ。


 フローラによると、理由は分からないが、最近寄付が減っているらしい。そのため、修道院の食事は孤児院よりもだいぶ質素になっているそうだ。

 先日、数人のシスターが国内を巡って寄付を集めてきたことで何とか持ちこたえてはいるが、それも一時凌ぎでしかない。

 ロロの実がしばらく採れなかったことも、かなり影響があったに違いない。


「とにかく、うちの教会はお金がないのよ」


 見習いシスターのフローラにはまだ分からないことも多いようだが、先輩シスターや院長先生の顔が日に日に険しくなっていくように思えると、厳しい顔でフローラが言っていた。


「お金かあ」


 今さらながら、自分の言った言葉が恥ずかしい。

 商売として人を助けたりするのは違うだの、お金を稼ぐことに抵抗があるだのと、散々ミナセに言ってしまった。


 ミアだって、お金の大切さも、お金を稼ぐ大変さも知っていた。

 でも、それは実感を伴うものではなかった。


「はぁ。私ってお子様だわ」


 だけど。


「今からでも遅くない! 私にも何かできるはずよ!」


 ミアの切り替えは早い。

 気を取り直して、前を向く。


「私にできること、出てきなさい!」


 すり寄ってきたファンをお供に、できることを探して、ミアは教会の庭をずんずん歩いていった。

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