もう一度

 面接が終わった日、三人に送られて、ミアはどうにか教会に帰ってきた。

 ミナセたちが謝ったり励ましたりしてくれていたのは分かっていたが、ほとんど上の空で、頭には入ってこなかった。

 そのままベッドに倒れ込みたいところだったが、院長への報告だけはしなければならない。気力を振り絞って、ミアは院長室に向かう。

 結果を聞いた院長は、「また頑張りなさい」としか言わなかった。


 その後、フローラが何かを言っていた気がするが、それもあまり覚えていない。孤児院の入り口でファンがすり寄って来たが、軽く頭を撫でただけで、そのまま扉を開けて中に入ってしまった。

 部屋に戻ったミアは、着替えもせずにベッドへ潜り込む。


 ミナセたちを責める気持ちなどさらさらない。

 ましてや、社長を恨むことなどあり得ない。


 ただただショックだった。


 ミアは、その明るい性格もあって、周囲の人とトラブルになったことがない。子供同士の喧嘩はしたし、シスターに怒られることはもちろんあったが、誰かにあからさまに嫌われたり、拒絶されたりしたことはなかった。

 孤児院を出て行くべき年齢になっても、居続けることを許されてきた。ミアに対して、断固とした物言いをする人はいなかった。


 だが、今日の面接で、ミアは自分の思いをはっきり拒否された。

 希望をバッサリ断ち切られた。


 せっかく見付けたのに

 これだって思ったのに


 光り輝いて見えた未来が、真っ暗な闇に閉ざされてしまった。

 掴み掛けた何かは、あっという間に逃げ去ってしまった。


「覚悟と感謝、か」


 ぽつりとつぶやく。


 分からない。

 今の私には、ぜんぜん分からない。


「もーっ! 分かんないよー!」


 布団をかぶって、ミアは大きな声で叫んだ。


「分かんない分かんない、分かんなーいっ!」


 初めて味わう大きな挫折を、ミアは持て余していた。



 翌朝、ぼーっとしながらも、ミアはいつもの仕事をこなしていく。

 子供たちを起こして朝の礼拝へ。

 朝食を食べさせた後は、鶏の世話や子供でもできる畑仕事を指導。それが終わると、子供たちは勉強の時間だ。担当のシスターが教えている間に、掃除や洗濯をしなくてはならない。

 そうこうしているうちにお昼となり、子供たちに昼食を食べさせる。お昼が終われば、小さな子供たちはお昼寝、ほかの子供たちは自由時間だ。

 ホッと一息ついたのも束の間、今日は食材の買い出しに行かなければならない。

 ミアの一日は、結構忙しかった。


 買い物かごをぶら下げながら、ミアは町を歩いている。

 一人になると、やっぱり昨日のことが頭に浮かんできた。


「面接、落ちちゃったなあ」


 少し気持ちは落ち着いたが、ショックは消えていない。


「これからどうしよう」


 また答えを探す日々が始まる。

 また、もやもやした日々が始まる。


「はぁ」


 ミアが何度目かのため息をついたその時、いきなり後ろから軽やかな声がした。


「ミアさん!」


 振り向くとそこには、にこにこ笑うリリアと、うつむき加減に微笑むシンシアがいた。


「ミアさん、お買い物ですか?」

「うん、そう。二人は?」

「仕事の帰りです!」


 リリアはどこまでも元気で明るい。

 今のミアには、それが眩しかった。


「昨日は残念でしたね」


 グサッ!


 ミアの胸に、いきなり矢が突き刺さる。


「ミア、残念」


 グサグサッ!


 無口なはずのシンシアまでもが、無情にも矢を放つ。


 もうやめて……


 ほんのちょっとだけ閉じ掛けていた傷が、ガバッとこじ開けられたみたいだった。

 胸を押さえてミアがもがく。

 そんなミアを不思議そうに見ながら、リリアが続けて言った。


「ミアさん、次の面接はいつ受けるんですか?」


 もう無理! その話は……


 ……


 ……って、次の面接?


「次って、どういうこと?」


 ミアが、不思議なものを見るようにリリアを見つめる。

 リリアが、相変わらずにこにこしながらさらりと答えた。


「だって社長、”今回は不合格”って言ってたじゃないですか」


 えっ、今回は?


「じっくり考えろって、言ってた」


 シンシアも続く。


 じっくり考えろ?


「ここだけの話ですけど、ミアさんがミナセさんたちと出て行った後、社長がポロッと言ってたんです。”さて、これからのミアさんに注目だな”って。その時の社長、笑ってました」


 これからの私に、注目?


「それ、本当?」


 ミアらしからぬ、とっても小さな声で、リリアに聞く。


「本当ですよ。でも、内緒にしておいてくださいね。私がお茶を片付けてる時に聞いた、社長の独り言なんですから」


 ミアに突き刺さっていた矢が、光とともに弾け飛ぶ。

 血を流していた傷口が、強力なヒールによって全快した。


「私、また面接、受けられるの?」

「そうですよ。だからミアさん、頑張ってくださいね!」


 リリアとシンシアが笑っている。


 天使だ!

 天使がここにいた!


 ミアは、買い物かごを放り出して二人に抱き付いた。


「私頑張る。頑張るよ!」


 驚く二人に構うことなく、ミアが全力で抱き付く。


「よーし、やるぞー!」


 昼下がりの町に、ミアの雄叫びが響き渡った。

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