準備不足
「ミアさんは、どうしてうちの会社に入りたいと思ったんですか?」
「…………はい?」
ミアが、目をまん丸くしてマークを見る。
部屋の片隅には、同じく目をまん丸くしている三人がいた。
「うちに入りたいと思った理由、志望動機を教えてください」
マークがもう一度言った。
「志望動機……」
ミアの背中を冷たい汗が流れる。
「えっと……こちらの社員の皆さんが、いつも楽しそうにしているのを見て、その……私もそんな風に働けたらと、思ったりしたりして……」
マークを見て、手許を見て、壁を見て。
視線が落ち着きなく動く。
「なるほど。では次の質問です」
ゴクリ
ミアの喉が鳴った。
「ミアさんは、うちの会社に入ったら、どんなことができると思いますか?」
「……」
ミアがちらりと部屋の隅を見る。
そこには、両手を合わせ、頭を下げている三人がいた。
「そ、そうですね。えー、お掃除とか買い物とか、子供のお世話とか……。そんなことは、できるかもしれないです」
頬を汗が伝う。
手汗を服で拭う。
口の中はもうカラカラだ。
「分かりました」
淡々とマークが進めていく。
何一つアピールできていないミアは、焦った。
「では、最後の質問です」
もう最後?
焦りが加速していく。
ミアは、拳を握り締めてマークの質問を待った。
「うちへの入社希望を、院長先生にはどのようにお話ししましたか?」
「院長先生に、ですか?」
「そうです」
またもやまったく考えていなかった質問だ。
ミアが必死に思い出す。自分が、院長先生に何を伝えたか。
「たしか、自分のやりたいことが見付かったことと、こちらの、エム商会の皆さんの素晴らしさをお話ししたと、思います」
院長に話した時、ミアは興奮していた。そして、今は極度の緊張状態だ。
正確に思い出せたかどうか自信はないが、大体合ってると思う。
「分かりました」
そう答えると、マークは手で顎を撫でながら考え始めた。
沈黙が訪れる。その場にいる全員が息を潜める。
やがて。
「ミアさん、面接の結果をお伝えします」
ここで!?
この場所で!?
ミアは逃げ出したかった。
答えは聞きたくない。
少なくとも、今は聞きたくない。
だが、無情にもマークは、しっかりとミアを見つめて言った。
「残念ながら、今回は不合格です」
ミアが息を呑む。
その場にいる全員が息を呑んだ。
マークが続ける。
「ミアさんの人柄や能力は問題ありません。ただ」
マークの視線が、ミアに突き刺さる。
「面接を受けるに当たっては、明らかに準備不足だと感じました」
「準備、不足……」
「はい。そして何より」
マークの言葉が、ミアに突き刺さった。
「今のミアさんには、覚悟と感謝が足りません」
「覚悟と、感謝?」
ミアが、掠れた声で繰り返した。
「そうです。その二つについて、一度じっくり考えてみてください。ここで言えるのはそれだけです。以上で面接を終わります。お疲れ様でした」
マークが、呆然とするミアに軽く頭を下げて席を立つ。
ミアは、しばらくそこから動くことができなかった。
朦朧と歩くミアを支え、励まし、そして謝りながら孤児院まで送ったミナセとヒューリ、フェリシアの三人は、宿屋の食堂で酒を飲んでいた。
注文の時以外、誰も何も言わない。
そんな沈黙に堪えきれず、ヒューリが声を上げた。
「あーもー、ちくしょー! 何だってんだ!」
言っている意味は分からないが、気持ちは分かる。
「完全に、私たちの失敗だな」
ミナセがぼそっと続いた。
再び沈黙。
その沈黙を、今度はフェリシアが破った。
「私ね、ずっと考えていたのよ」
「何を?」
「私たちと、ミアの違い」
「違い?」
「そう。社長って、今までまともな面接をしてこなかったでしょう? それなのに、どうしてミアにはあんな質問をしたのかしら?」
「それは……」
ミナセとヒューリが考える。だが、答えは出ない。
しばらくして、フェリシアがまた言った。
「社長がね、前に言ってたの。”俺は、うちの社員が一緒にいたいって思った人を採用してきた”って」
「社員が、一緒にいたいと思った人?」
「そうよ。社長はそう言ったわ」
それを聞いたミナセが、ハッとしたようにフェリシアを見た。
ミナセをちらりと見て、フェリシアが続ける。
「今まで社長って、面接をする前には、その人を採用するかどうか決めてたんじゃない? 面接をするのは、その人の覚悟を固めるためっていうか、壁を乗り越えさせるためっていうか」
フェリシアの言う通りだ。
心当たりのあるヒューリが大きく頷く。
「ってことは、私たちに原因があるってことか」
「面接を受けたのはミアなんだから、一番の原因はミアにあると思うわ。ただ、少なくとも今は、周りも含めて、ミアが入社できる状態ではないってことなんじゃないかしら」
「周りも含めて、か。きっと私たちにも何かあったんだろうな」
「そうかもしれないわね」
その時ミナセが、思い詰めたような顔で聞いた。
「ヒューリは、どうしてミアが入社してもいいと思ったんだ?」
「私? そうだなあ。ミアと私って、結構気が合うんだよね。細かいことは気にせず、すごく大きな視点で物事を見てるところとか」
「ざっくりしてるってことね」
「フェリシア、言い方が間違ってるぞ」
内容はともかく、理由は明確なようだ。
「フェリシアは?」
「私はねぇ、ミアが可愛いからよ」
「ブレないな、お前は」
こちらも、内容はともかく理由が明確だ。
「ミナセは?」
ヒューリに聞かれたミナセは、少し考えた後、答えた。
「ミアは、いい子だと思う。けど、経験とか、考え方とか、そんなものが足りないって思うんだ」
「まあ、そうね。あの子、世間知らずだから」
「お前が言うか!」
「あいたっ! 何するのよー」
ヒューリに頭をチョップされて、フェリシアが口を尖らせる。
そんな目の前のやり取りを、ミナセはまったく見ていなかった。
「ミアが落ちた原因は、私にあるのかもしれない。私は、ミアを心から歓迎していなかった」
ミナセが難しい顔をする。
リリア、ヒューリ、シンシア、そしてフェリシア。
みんなを迎え入れる時、ミナセは本気で入社を願っていた。
心から応援していた。
だがミアは……。
「こらこら、そんな顔するな」
ヒューリが、ミナセの肩をバンバン叩く。
「そうよ。ミナセのせいなんかじゃないんだから」
フェリシアも笑っている。
「まあ、あれだよ。私たちはミアのことをよく分かっていないし、ミアも私たちのことをあんまり分かっていない。これからお互いに理解し合って、もう一度お互い考えてみればいいんじゃないのか」
「ヒューリ、いいこと言うわね」
フェリシアが感心したように言う。
「私、ミアと交流を深めて、もう一回魔法の勉強のことを言ってみるわ」
「ぜひ、清らかな交流を頼むぞ」
「あら、清らかなだけじゃ、子供はできないのよ」
「何の話だ!」
楽しげな二人の会話で、ミナセは救われたような気がした。
「私も、もっとミアと話してみるよ。今度の日曜日は、私も教会に行く」
「おお、歓迎だ。みんなで炊き出しがんばるぞー!」
「あなたは何にも作らないでしょ」
「にゃにをー!」
最初は沈んでいた三人も、今は笑っていた。
ミナセの気持ちも、笑いと共に融けていく。
「よし、やるぞー!」
ミナセにしては珍しく、大きな声で叫んでいた。
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