小太りの男

「今回は、何も見付からなかったっていうことか」

「はい。ワイバーンが飛んで来た方向を中心に探しましたが、魔法陣も、人が何かをした痕跡も見付かりませんでした」


 ミナセたちは、ミアの護衛を終えて事務所に戻ってきていた。ロロの実の収穫が無事終わったことを報告した後、フェリシアが、マークから指示のあったワイバーン出現の原因調査について話をしているところだ。


「私の知る限り、天変地異などで大きく地形が変わった場合を除けば、その場所で発生する魔物が変化することはありません」

「地形が変わると、発生する魔物も変わるのか?」

「はい。霊力の流れや、そこに住む精霊の質が変わるためだと考えられていますが、本当に大きな地形変動でなければ、魔物の種類が変わることはないと思います」


 魔物の発生には、霊力と精霊が関わっている。自然界と密接に関連するこの二つの要素は、地形の変化による影響を受けやすいのだろう。


「少なくとも、見てきた範囲には大きく地形が変わった様子はありませんでした」

「なるほど」

「いずれにしても、またワイバーンが発生するかどうかを確かめる必要はあると思います」


 フェリシアの話を聞いたマークが、腕を組んで考え込む。

 ワイバーンは、飛翔種ではあるが、あまり移動をしない魔物だ。自分たちのテリトリーに入ってきた敵を襲うことはあっても、獲物を求めて彷徨うことはない。

 フェリシアの言う通り、またワイバーンが発生するかどうかを見極める必要があるだろう。


「分かった、ありがとう。ミナセさんとヒューリもご苦労様」


 マークは、三人をねぎらった後、改めて三人に向かって聞いた。


「それで、ミアさんとは何か話ができましたか?」


 やはり、マークはミアのことを気にしていたようだ。

 ミナセが、ほかの二人と頷き合った後、マークに言った。


「じつは、ミアが、うちに入りたいと言っています」

「うちに?」


 マークが意表を突かれたように聞き返す。

 そんなマークに、ミナセが経緯を説明した。



「なるほど。想定とはちょっと違いましたが、まあ、ミアさんにとっては大きな前進なんでしょうね」


 マークにとっても、この結果は意外だったようだ。


「ミアには、とりあえず社長に話をしてみると言ってありますが、どうしましょうか?」


 ミナセの問い掛けに、マークは再び腕を組んで考え込む。

 ワイバーンの件よりもだいぶ長い時間黙っていたマークが、顔を上げて三人に言った。


「俺が、院長先生と話をします。その上で、ミアさんと面接をしましょう」



 ミアたちが無事にロロの実を採ってきた、その二日後。

 院長室に、険悪な空気が流れていた。


 院長の前には、背の低い小太りの男が横柄な態度で座っている。その後ろには、体格のいい二人の男が、院長を睨み付けるように立っていた。


「院長先生。前々からお話ししている件、考えていただけましたか?」


 言葉は丁寧だが、男の顔はにやけている。非常に印象が悪い。

 男の顔を真っ直ぐに見ながら、院長が答えた。


「何度来ていただいても同じです。あの話はお断りいたします」


 きっぱりと答える院長の顔は、だが苦渋に満ちていた。

 男が、余裕の表情で話を続ける。


「まあそうおっしゃらずに、もう一度考えてみてくださいよ。どうやらロロの実を手に入れたようですが、頑張って薬に加工しても、たぶんどこも買ってくれないと思いますよ」

「あなたたち! 何かしたんですか!?」

「いやですねぇ、何にもしてませんよ」

「卑劣な!」

「いくら清らかな体の持ち主でも、飯は食わなきゃならない。子供たちも大勢いるし、貧しい人たちに施しをする必要もある。やっぱり金は必要ですよねぇ」


 腹立たしいほど落ち着き払って、男がニヤリと笑う。

 院長は、拳を握り締めてうつむいた。


「寄付も減っている。薬も売れない。地方での寄付集めにも限界がある。ここまで来たら、もう選択肢はないと思うんですけどねぇ」


 そんな男に、決然と院長が言った。


「帰ってください。穢らわしい!」

「何だとぉ!」


 立っていた男の一人が、院長に迫るように一歩前に出る。


「まあ待て」


 小太りの男が、片手を上げてそれを制した。


「今日はこれで帰ります。ですが、せいぜい気を付けることですね。今以上の不幸なことが起きないとも限りませんから」


 そう言いながら、小太りの男は、二人を従えて部屋を出ていった。

 院長は、しばらくの間そこから動くことができなかった。



 教会の敷地を歩きながら、小太りの男が低い声で部下に話し掛ける。


「で、ロロの実採取の護衛をしたのは、どこのどいつかまだ分からねぇのか?」

「へい。教会を見張ってた奴の話じゃあ、女が何人かいたってことですが」

「そいつらが何者なのか、早く調べろ」

「分かりやした」

「今すぐ調べに行くんだよ!」

「へ、へい!」


 慌てて走り出した部下の背中を見ながら、小太りの男は考える。


 面倒なことになったな


 ロロの実は、並の人間では採りに行けないはずだった。ランクの高い冒険者か、質のいい傭兵でもなければ無理だ。そして、そんな人間を雇えるほど教会に余裕はない。

 そう思って油断していたところに、教会がロロの実を手に入れたという情報が入った。

 薬屋には手を回したから、教会が薬を売ることは防げるだろう。だが、あの魔物を倒せるほどの奴らが教会についたとなると、やっかいなことになるかもしれない。


 こいつは急がなきゃなんねぇ


 不機嫌な表情で、男は教会の門を出ていった。

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