最強!?
ワイバーンが残していった魔石を拾い、短い休憩を取った後、四人はロロの実の収穫を始めた。
ミアが指し示す実を、三人が丁寧に摘んでいく。間違ってはいけないからと、ミナセは選別に加わっていない。
三時間ほど掛けて、麻袋いっぱいのロロの実を採ることができた。
「これだけあれば、しばらく薬作りに困ることはないと思います」
ミアが嬉しそうに言う。
しばらく振りの収穫だ。教会のみんなの喜ぶ顔が目に浮かんだ。
「皆さんのおかげです。本当にありがとうございました」
麻袋を抱き締めながら、ミアが頭を下げた。
「いやいや、これが私たちの仕事ですから」
「うふふ」
おどけるヒューリをフェリシアが笑う。
そんな二人に、ミナセが言った。
「ヒューリ、フェリシア。休みなしで悪いけど、すぐ調査に向かってくれ。暗くなるとやっかいだからな」
「調査?」
ミアが首を傾げる。
「実は社長から、ちょっと調べてくるように言われてることがあってね。院長先生には断ってあったらしいんだけど、ミアには伝わってなかったかな。すまない」
「いえ、それは構わないんですけど」
自分が知らなかったことなど、特に気にはならない。
それより、調査って?
「とりあえず行ってくる。日が沈む前には戻るよ」
「じゃあね、ミア」
そう言いながら、ヒューリとフェリシアが歩き出した。
「あ、あの!」
ミアが、不安いっぱいという顔で二人を見る。
私はここに残るの?
ミナセさんと二人だけなの?
ヒューリさんとフェリシアさんがいない時に魔物が来たら……。
そんなミアの気持ちを察したのか、ヒューリが笑いながら言った。
「心配すんな。ミナセがいれば大丈夫だよ」
フェリシアも笑顔で言う。
「そうよ。だってミナセは、うちの中で最強だもの」
「えっ?」
手を振りながら去っていく二人を、ミアが固まったまま見送っていた。
蜂蜜を溶かした甘いお茶が、疲れた身体に染み込んでいく。
ミナセとミアは、ロロの木の群生地から少し離れた草地で、焚き火を挟んで向かい合っていた。
「あの……」
ミアが、ミナセに声を掛ける。
「何?」
ミナセが穏やかに返事をした。
「その……いろいろと、ごめんなさい」
「?」
ミアの言葉の意味を取りかねて、ミナセが首を傾げる。
ミアは、大いなる勘違いをしていた。
ヒューリとフェリシアの入社までの経緯を聞き、その強さを目の当たりにして、ミアは、あの二人がエム商会のツートップだと思い込んでしまった。
ミナセからは、強い魔力を感じない。剣を携え、スラリと立つその姿は確かに凛々しい剣士そのものだが、常に冷静で穏やかな人柄は、強いというよりも、きれいで頼れるお姉さまという印象だった。
それが、最強?
あの二人よりも強いってこと?
ミアが、さりげなくポケットの中身を確かめる。
このハンカチ、真剣に洗わなきゃ
「ところで、ミナセさんはどうしてエム商会に入ったんですか?」
会話のきっかけになればと、ミアはミナセに話し掛けた。きっかけと言いながら、しかしミアは、ミナセの答えに結構期待をしている。
果たしてミナセからは、どんなドラマティックな話が聞けるのか。
「私はね、町を歩いてたら、社長にスカウトされたんだ」
「へぇ、そうなんですか。それで?」
「それだけだよ」
「それだけ?」
「そう、それだけ」
「……」
あれ、もっと感動的なお話は?
悲劇を乗り越えて今に至るとか、考えられないような人生を送ってきたとか、そういうのは、ないのかな?
ミアは、露骨に残念な顔をしそうになり、慌てて反省した。
ダメダメ、この人は最強
そんなミアを知ってか知らずか、ミナセが話し始める。
「でも、リリアやシンシアは、入社までに大変な思いをしてきたんだ。リリアは四年以上過酷な環境に耐えてきたし、シンシアは、一時声を失うくらい悲しい出来事を経験してきた」
ミナセが、リリアとシンシアの入社までの経緯を語った。
「うっ、うっ……」
ミアが泣いている。一生懸命我慢しているが、やっぱり涙が溢れ出してくる。
ミアは、ポケットからハンカチを取り出して、乱暴に涙を拭った。
「これ、ちゃんと洗って返しますから」
「あげるから、持ってていいよ」
「いいえ! そんな訳にはいきません!」
妙なところで頑固さを発揮するミアに、ミナセが苦笑する。
「エム商会の皆さんって、本当に凄いんですね」
少し落ち着いたミアが、尊敬を込めて言った。
フェリシアが育った孤児院とは比較にならないくらい、アルミナ教会の孤児院はいい環境にある。
お腹いっぱい食べられるとか、きれいな服を着られるということはなかったものの、平和なこの国で、シスターたちの愛情に包まれて育ったこともあって、ミアは自分が不幸だと思うことはあまりなかった。
前の院長が亡くなった時はとても悲しかったが、それ以外は平穏な人生だったと言える。
みんなに比べて、私は……
「私って、やっぱり甘いですね」
何度目かの言葉を、ミアはしみじみと吐き出した。
本当にイヤになる。
自立もしていないし、目標もない。
何となく孤児院にいて、何となく生きている。
何とかしなくちゃって、毎日思ってる。
毎日思って……。
「ハッ!」
ミアは突然思い出した。
フローラの顔と、その約束。
そうだ。私、落ち込んでる場合じゃなかったんだ。フェリシアさんに話さなきゃ!
でも、フェリシアさんは今いない。やっぱり今夜?
いやいや、だめだめ。昨日もそう思ってて、言うのを忘れてしまった。
どうしよう……。
目の前で、ミアの身体がくねくね動いている。
その姿を見ながら、ミナセはどうしたものかと考えていたが、いちおう声を掛けてみることにした。
「ミア、どうかしたのか?」
声を掛けられたミアは、しばらくミナセの顔を見つめていたが、やがて決意したように話を始めた。
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