ワイバーン
翌日、一行はロロの実の採取場所に到着した。
ロロの実のなる木は、ミナセの身長に届くか届かないかくらいの低木だ。開けた平地に、その木がかなりの数あった。
深い緑の葉の間から、直径一センチくらいのきれいな赤い実が見えている。子供でも手を伸ばせば届くくらいの高さに、結構な数が生っていた。
「ここは、ロロの木の群生地なんです」
辺りを見回しながら、ミアが説明する。
「こんなにあるなら取り放題だな」
ヒューリが手近の実を突っつきながら言うが、ミアは首を振った。
「ロロの実は、収穫するタイミングが難しいんです。実は一年中採れるんですけど、この中で今採れるのは、一割あるかないかだと思います」
「そうなのか?」
「はい。例えば」
ヒューリが突っついていた実に、ミアが優しく触れる。
「これはまだ早いです。あと一週間くらいしないと採れません」
ヒューリがその実をまじまじと見つめる。
「じゃあ、どれなら採れるんだ?」
ミアが、いくつかの実に触れていく。
十個目くらいの実に触れた時、ミアが言った。
「これなら大丈夫です」
ヒューリが、今度はその実をまじまじと見つめる。
「……違いが分からん」
二つの実は、色つやも形も大きさも、ほとんど見分けが付かないくらい同じだった。ミナセもフェリシアも、実を見たり触ったりして違いを見付けようとしたが、まったく分からない。
「ロロの実は、魔力がちょうどいい具合に満ちているかどうかで、収穫できるかどうかを見極めるんです」
魔力を感じるということなら、ミナセとフェリシアの得意分野だ。
二人は、ミアが大丈夫と言った実に触れて魔力を確かめた後、採れそうな実を探し始めた。
しかし。
「これはまだ早いです」
「これは遅過ぎます。もう収穫できません」
良さそうな実を次々ミアに見てもらうが、ことごとくダメだった。
ロロの実は、ある時を境に急激に実が熟していく。そして、熟し切ると簡単に地面に落ちてしまう。
今も、ミアが「遅過ぎる」と言った実が、まさに目の前でポロリと枝から落ちていった。
熟す前でも、熟し切った後でも薬にはできない。
熟し切る直前の、本当にわずかな期間だけしかロロの実を収穫することはできなかった。
「もう、全然分からないわ!」
フェリシアが音を上げた。
そんなフェリシアに、ミアがアドバイスをする。
「実の中を流れる魔力に集中してください。早過ぎる実は、魔力の循環が早いんです。逆に遅過ぎる実は、循環がほとんど止まっています」
「循環? こんなに小さな実の魔力の流れを感じろって言うの?」
フェリシアが不満をもらす。
その横で、ミナセがもう一度、ミアが大丈夫と言った実に触れてみる。目を閉じ、しばらく集中した後、ほかのいくつかの実に触れていった。
そして。
「これはどうかな?」
一つの実を指す。
ミアがそれに触れると、驚いたように言った。
「これなら大丈夫です。ミナセさん、凄いですね!」
ミアは心から感心していた。
教会のシスターたちであっても、この感覚を掴むのに二、三年掛かるのが普通だ。しかも、治癒魔法が使えるような、魔力に敏感な者に限られる。
ミアは、十一才の時に初めてここに来て、その年のうちに感覚を掴むことができたが、それでさえ異例だったのだ。
「うーん、悔しい!」
フェリシアがムキになって実を触り始める。だが、結局収穫できる実を見付けることはできなかった。
「魔力の強弱を感じるのと、魔力の流れを感じるのとは別物なのね」
ついにフェリシアは諦めたようだ。
「さすがミナセだな」
ヒューリが褒めるが、ミナセは謙虚だ。
「いや、私なんてまだまだだよ。ミアが大丈夫って言ってくれた実とじっくり比べてみないと、見付けることができないからね。ちょっと触っただけで分かるミアとは大違いだ」
初めて収穫時期を見分けることができた時、飛び跳ねて喜んだ自分を思い出しながら、ミアは思う。
大人って、こういう人のことを言うんだわ
ミアが、ミナセを熱く見つめた。
その時。
「みんな、気を付けて!」
フェリシアの鋭い声がした。
次の瞬間、ミナセとヒューリが、ミアを守るように前に立つ。
フェリシアが、やや離れて南の空を睨む。
ミアは、目を見開いてみんなの動きを見ていることしかできない。突然の出来事に、何も反応できなかった。
「見えた! あれがワイバーンか?」
「そうよ。数は……十体」
見ると、南の空から鳥のようなものが近付いてくる。だがその姿は、ミアの知っている鳥とは似ても似つかないものだった。
絵本で見たドラコンを連想させる頭に、コウモリのような翼。
長い尻尾の先には、トゲのような突起物が見える。
唯一鳥らしさを感じさせる二本の脚には、鈍く光る爪がついていて、獲物を掴んで放すまいとする凶悪な意志を感じた。
怖い。もの凄く怖い。
怖いのに、ワイバーンから目をそらすことができない。目は動かせないのに、体は勝手に震え出す。
魔物を見るのは初めてではなかったが、頭上から、しかも猛烈な勢いで迫り来るワイバーンの怖さは、過去に見てきた魔物たちの比ではなかった。
目を見開いたままミアは立ち尽くす。
そこに、再びフェリシアの声が響いた。
「ワイバーンの動きは速いわ。至近距離から魔法を撃たないと当たらない。思いっ切り引き付けるから、援護をお願い」
そう言うとフェリシアは、両手を前に突き出して魔力を練り始めた。
「私が行く!」
双剣を抜きながら、ヒューリが素早くフェリシアの後ろに回った。
ワイバーンが、耳を覆いたくなるような恐ろしい鳴き声と共に近付いてくる。
その大きさは、二メートルから三メートル。
それが十体。
へたり込みそうになるのを、ミアは必死にこらえていた。
その肩に、ミナセがそっと手を置く。
「大丈夫だ。安心して見ていろ」
その顔には、信じられないくらい穏やかな微笑みが浮かんでいる。
短い時間だったが、ミアは、その顔に見蕩れてしまった。
そんな二人のすぐ近くでは、まさに戦闘が開始されようとしていた。
ワイバーンが、フェリシア目がけて急降下してくる。
フェリシアは動かない。
ヒューリも動かない。
ちょ、ちょっと、二人とも!
ミアは焦った。
いくら引き付けるって言ったって、それは!
二体のワイバーンがフェリシアに迫る。
その後ろにも、八体のワイバーンが続いている。
もう無理! お願い、早く!
ミアが喘ぐ。
息がうまくできない。
ワイバーンの口が、ガバッと開いた。
奥までびっしり生え揃った歯が見える。
やめて!
ミアが叫ぼうとした、その瞬間。
ズバッ!
二体のワイバーンが真っ二つに引き裂かれ、そのまま地面に激突した。
後ろに続いていた二体も、やはり体が二つに分かれた状態で落下していく。
「えっ!?」
ミアが目を丸くした。
何が起きたのかよく分からない。
一瞬で四体の仲間が倒されたワイバーンは、しかしその勢いを止めることはなかった。
右側に回り込んだ一体が、フェリシアの側面から襲い掛かってくる。
フェリシアは、それを無視した。
前方に向かって、両手からさらに魔法を放つ。
風の魔法の第三階梯、ウィンドカッター。
二体が真っ二つになった。
同時に。
側面から襲って来たワイバーンが、断末魔の声を上げながら地面に落ちる。その体は、信じられないことに、五つに分断されていた。
双剣を握り直しながら、ヒューリが次の獲物を探している。
「ヒューリ!」
フェリシアが叫ぶ。
「任せろ!」
ヒューリが答える。
フェリシアの反対側から急接近するワイバーンに、ヒューリが驚異的なスピードで反応した。
強力な爪がヒューリに迫る。
だがその爪は、何も掴むことなく地面に転がった。
ワイバーンの両足が根本から切断され、胴体には二本の剣が突き刺さっている。
「あと二体!」
ヒューリが振り返る。
しかしその視界に入ったのは、両手を下ろして静かに息を整えるフェリシアの姿だけだった。
「何が、起きたの?」
ミアが呆然とつぶやく。
あっという間だった。ミアの感覚では、ほんの数秒。
実際にはもう少し長い時間だったと思うが、それでも一分は掛かっていないだろう。
Bランクの冒険者でさえも戦いを避けると言われるワイバーンを、たったの二人で、しかも十体を、あっという間に葬り去ってしまった。
「ほかに反応は?」
冷静にミナセが聞く。
「もういないわ」
フェリシアが笑って答えた。
「なかなかいい連携だっただろ?」
ヒューリが剣を納めながら戻ってくる。
これが……
ミアが両手を握り締める。
これがエム商会!
噂は本当だった。
強い。
強い!
強過ぎる!!
ミアは感動していた。
こんなに凄い人たちが世の中にいたなんて!
つい先ほどまで涙目だったその瞳をキラキラさせながら、がっちりと握手をしているヒューリとフェリシアを、ミアは熱く見つめていた。
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