小さな決意
その日から、エム商会のみんなは度々日曜日の教会を訪れるようになった。特にフェリシアは、ヒューリと一緒にほとんど毎週ボランティアに行っている。そのおかげで、ミアやフローラ、シスターや子供たちとも自然に話ができるようになっていた。
そんなある日。
人参の皮を剥きながら、フローラがフェリシアに声を掛けた。
「ヒューリさんから聞いたんですけど、フェリシアさんって、凄い魔術師なんですか?」
「どうかしら。よく分からないわ」
「でもヒューリさんが、あれほどの魔法が使える人間はそうはいないって」
「うーん、まあヒューリが言うなら、そうなのかもしれないわね」
フローラは、ヒューリからフェリシアの生い立ちを聞いていた。だから、フェリシアの答えも何となく予想はついていた。
「フェリシアさんって、治癒魔法も使えるんですよね?」
フローラが聞きたかったのは、じつはこれだ。
フローラにとって、攻撃魔法や補助魔法は興味の対象ではない。凄い魔術師なら、きっと高度な治癒魔法も使いこなすに違いない。
期待のまなざしを向けるフローラに、だがフェリシアは、予想と違う答えを言った。
「私、治癒魔法はほとんど使えないのよ。せいぜいリリアと同じくらいだと思うわ」
恥ずかしがる訳でもなくあっさりと答える。
「魔法に属性があるのは知っているでしょう? 治癒系の魔法は光の魔法に分類されるものが多いんだけど、私にはどうも向いてないみたいなのよね」
「そうなんですか?」
魔法に詳しいとは言えないフローラでも、魔法に属性があることは知っていた。魔法の基礎知識の一つだ。
魔法には、いくつかの分類方法がある。
一つは、用途による分類。
攻撃魔法、防御魔法、補助魔法、医療魔法、生活魔法など、主にどんな用途に使うかという視点だ。
あくまで”主に”なので、厳密な分類ではない。
もう一つは、修得難易度による分類。
もっとも修得が易しい第一階梯から、最高難度の第五階梯までの五段階がある。
威力や効果は、階梯が低いか高いかというよりも、術者の魔力量や熟練度合いで決まることが多い。
高位の魔法ほど込められる魔力の量が多くなるため、一般的には高位魔法のほうが強力だが、修得したばかりの第三階梯魔法に、熟練者が使う第一階梯魔法が勝ることも珍しくはない。
そして最後に、フェリシアの言っていた属性による分類がある。
火、水、風、地、光、闇の六つの属性に分ける方法だ。
この世界には、ありとあらゆる場所に精霊がいると言われている。
魔法を使うためには、呪文を通じて精霊たちに呼び掛け、彼らの力を借りる必要があった。呪文は必須ではなく、自分の中に明確なイメージを作ることができれば、精霊がそれを感じ取って力を貸してくれる。
属性という概念は、人間が便宜上作り出しただけで、精霊にそのような種類がある訳ではなかった。イメージする現象を、特徴に合わせて分類したに過ぎない。
一方で、人のイメージ力にはある程度の傾向や偏りがあることが分かっている。火をイメージしやすい人や、火は苦手でも水なら得意という人など、その人の得手不得手を表現するのにも属性という分類は役に立っていた。
フェリシアは、火、水、風、地の魔法が得意だ。つまり、それらの現象をイメージする力が高いということになる。どれをとっても、かなりの威力や効果を持つ魔法を使うことができた。
加えて、闇の魔法もそれなりに使えるレベルにある。
だが、光の魔法だけは苦手だった。
光の魔法には、ヒールなどの治癒魔法、キュアディジーズなどの医療魔法、スピードやパワーなどの身体強化魔法などがある。
非常に強力な攻撃魔法も存在していて、光の魔法の修得は、魔術師の誰もが目標としているところだ。
しかし光の魔法は、闇の魔法と並んで修得が難しい属性だと言われていた。ヒールなど、比較的多くの人が使える魔法であっても第二階梯に分類されている。
治癒魔法が使えないシスターがいるのも当然と言えた。
「でもね」
フェリシアが、包丁を持つ手を止めて言った。
「ミアは違う。あの子は、たぶん光の魔法ともの凄く相性がいいんだわ。おまけに、とんでもない量の魔力を持っている。ちゃんと魔法を学べばヒールの効果も効率も上がるし、もっと高位の治癒魔法も使えるようになるわ。医療魔法だって、もっともっと使えるようになるはずよ」
フェリシアの頬が紅潮していった。
だが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「あらいやだ。私、また一人で盛り上がっちゃったわね。ごめんなさい」
フェリシアは、恥ずかしそうに笑って包丁を持つ手を動かし始めた。そんなフェリシアを、フローラがじっと見つめている。
その胸には、小さな決意が生まれていた。
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