説得

 フローラがフェリシアと話をした、その夜。


 子供たちを寝かしつけたミアは、お茶でも飲んでから寝ようと、食堂に向かった。

 孤児院の最年長であるミアは、子供たちの面倒を見るのはもちろん、掃除、洗濯、買い物に料理、裁縫や、時にはちょっとした建物の修理まで、何でもやった。

 ルールに背いてここに居させてもらっている引け目もあったが、もともと面倒見のいい質なので、何をするにも大して苦にはしていない。

 少し大雑把なところがあるので、細かいところにこだわるフローラに時々怒られてはいるが、明るく人見知りしないその性格もあって、子供たちには親しまれ、シスターたちからも好かれている。


 ゆえに、問題児と言えなくもないのだが。


 ミアが食堂に行くと、そこにはフローラがいた。

 孤児院には数人の専任シスターがいるが、夜の見回りなどは人手が足りないので、修道院から当直のシスターがやってくる。

 今夜の当直は、フローラだった。


「お疲れ様。子供たちは寝た?」

「うん。ちょっと手こずったけどね」


 ミアとフローラは、同じ十六才。

 性格はあまり似ていないのだが、馬が合うということなのだろう。二人は、お互いを大切な友達だと思っていた。


「ねえ、ミア」

「何?」


 フローラが、正面に座ったミアに話し掛ける。


「この間、フェリシアさんが勧めてくれた魔法の勉強のことだけど」


 とっさに目を伏せるミアを、フローラが見据えた。


「やっぱり、教えてもらった方がいいんじゃない?」


 ミアは、明らかに視線を外している。


「あの時ならともかく、ミアだって、もう断る大きな理由なんてないんでしょう?」


 なかなか痛いところをつく。さすが、十六年間一緒に育った仲だ。


 フェリシアに魔法の勉強を勧められた時、突然だったのと、自分が大切にしていることにいきなり踏み込まれた反発から、あまり迷うことなく断った。

 フェリシアがどういう人物なのか分からなかったということもある。

 だが、もともとミアは、人を嫌いになることがほとんどない。頻繁にやってくるようになったフェリシアともすぐに仲良くなったし、エム商会のみんなからその生い立ちを聞いて、尊敬の念さえ抱くようになっている。同じ孤児として親近感も持った。

 フェリシアになら魔法を習ってもいいかなと思うことも、じつは時々ある。

 何より、自分の魔法が未熟であることをはっきり告げられたことが、ずっと心に引っ掛かっていた。


 ミアは迷っていた。迷ってはいたが、何となく自分から頼みに行くことができなかったのだ。

 そんな揺れるミアの気持ちを、フローラは見抜いているようだった。


「ミア。あなたは、ずっと答えを探しているんでしょう?」

「答え?」

「亡くなった院長先生に言われたこと。”あなたが進むべき道を探しなさい”。その答えが見付からないから、ここから出て行かないんじゃない?」


 またまた鋭い。


 ミアは探していた。

 大好きだった院長先生の最後の言葉。

 自分の進むべき道。


 働きに出たり、養子に貰われていったり、シスターになったりしても、それが見付かる気がしなかった。

 明確な根拠がある訳ではない。


 何かが違う。


 ただ何となく、そう思うのだ。


 そんな曖昧な気持ちのくせに、断固としてここから出て行かない。しかも、答えを探すために努力をしているかと言えば、それほどでもない。

 我が儘もいいところだと、自分でも思っていた。


 親友の言葉に何も言えないまま黙っていると、フローラが意外なことを言い出す。


「私はね、できるだけ答えを見付けないように、答えを探さないように生きているの」


 その言葉にミアは驚いた。


「そうなの?」

「そうよ。私って、よくしっかり者なんて言われるけど、しっかりしようと思ってるのは日常生活だけなの。自分の将来とか人生とか、そういうことにはずっと目を瞑っているわ」

「でも、フローラは、立派なシスターになろうって決めて頑張ってるじゃない」

「それは、十五才になって、何かを選ばなきゃいけなかったからよ。選んだからにはちゃんとやりたいとは思うけど、選んだ理由は、一番無難な選択だったからってだけだわ」


 フローラとは、相談したりされたりで、お互いのことはそれなりに分かっている気がしていた。

 でも、こんな話を聞くのは初めてだった。


「いちおう言っとくけど、私は、自分の生き方が悪いことだとは思っていないから」


 そう言って笑うフローラには、たしかに暗い影などない。

 後ろめたい気持ちはまったくないようだ。


「でもミア、あなたは違う」


 フローラの声が、真剣になる。


「あなたは答えを探しているわ。探す努力をしてるかどうかは別として」

「フローラ、痛すぎだよ」


 胸を押さえながら、ミアがおどけて見せる。

 だが、フローラはそんなミアに構うことなく続けた。


「だからね、フェリシアさんの話はチャンスだと思うの。ミアが魔法をもっと使えるようになれば、できることが増えるかもしれない。そうすれば、新しい世界が見えてくるかもしれない。答えが見付かるきっかけになるかもしれないのよ」


 普段はおとなしいフローラが、身を乗り出して熱く語っている。


「この話のいいところは、あなたがここから出て行かなくてもいいところだわ。住み込みに出る訳でも、シスターになる訳でもない。デメリットがほとんどないんだもの」


 フローラが、ミアの手を強く握る。


「いい、ミア。このチャンスを逃しちゃだめよ。自分で言いにくいなら、私が言ってあげる。だから、今度の日曜日、フェリシアさんにお願いするのよ」


 この一年、フローラは、ミアのことをずっと見てきた。

 ずっとずっとじれったい思いで見てきたのだ。


 ミアには魔法の才能がある。そう思っていたところに、フェリシアがやってきた。フェリシアも、同じようなことを言っていた。


 チャンスなんだ。

 ミアにとって、これは大きなチャンスなんだ。


 フローラがミアに迫る。

 その迫力に、ミアは負けた。


「……分かった。大丈夫、私、自分で言うから。でも、タイミングは私に決めさせて」


 ミアは、苦笑しながら、でも内心ホッとしながらフローラに答えた。

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