魔法を教えます

「やっぱり我慢できない。あとはお願い!」


 お玉をシンシアに押しつけて、フェリシアは、ミアに向かってずんずん歩いていった。

 そして、ちょうど交代のために立ち上がったミアの前まで行き、その目の前に立ちふさがる。


「なななっ、何ですか!?」


 突如現れた女に、ミアは驚いた。


 背は、自分より少し高い。

 まず目に入ったのが、大きな胸。ミアもわりと大きな方だったが、この女にはかなわない。

 腰に手を当て、ミアを睨み付けるその瞳には、何だか分からない炎が燃えているような気がした。

 そして何より、距離が近い。

 いろんな意味で迫力を感じるその女が、じっと自分を見つめている。


 一方、フェリシアもミアを観察していた。


 ブロンドのショートヘアに金色の瞳。

 目を丸くして驚いているその表情が、何とも愛らしい。

 顔にはまだあどけなさが残るが、柔らかい曲線を描くその身体は、十分に大人だ。

 顔だけ見れば美少女。全体で見れば、美女と言っていい。

 アンバランスなその姿が妙に魅力的だ。


 ミアをじっと見つめていたフェリシアが、沈黙を破って言った。


「あなた、可愛いわね」

「ふぇっ!?」


 何ですか!?

 何なんですか、この人は!?


 混乱するミアに、フェリシアがにっこりと笑った。


「ごめんなさい。ちょっと間違えたわ」


 何を!?

 何を間違えたんですか!?


 ますます混乱するミアに、今度こそ、フェリシアが用件を伝えた。


「あなたに魔法を教えます!」



 フェリシアとミアが、フローラとエム商会のみんなに囲まれ、向かい合って座っていた。


「痛いわ……」


 頭をさすりながら、フェリシアがヒューリに文句を言う。


「当たり前だ! 初対面の相手に、あんなことを言うお前が悪い」


 まったく!


 ヒューリは、まだフェリシアを睨んでいる。

 怒られるフェリシアを見て、ミアは思った。


 この人、可愛いかも


 最悪だった第一印象は、少し回復できたようだ。

 みんなの取りなしもあって、どうにかお互いの自己紹介を終えると、フェリシアが本題に入る。


「あなた、魔法を習う気はない?」

「私がですか?」

「そうよ。あなたが治癒魔法を使うところを見ていたわ。正直言って、無駄が多すぎる。たぶんあなたは、本来の力の十分の一も使えていない」

「そうなんですか?」

「間違いないわ。ちゃんと魔法を制御して、ちゃんと魔法を使えば、あなたはもっと凄いことができるようになる」

「凄いこと?」

「そう、凄いこと」


 ミアが黙った。

 ミアの魔法は、ほとんど独学だ。ほかのシスターと遜色ない治癒魔法が使えていることもあって、誰かから指摘を受けたことはない。ミアも、誰かに教えを乞うことはしなかった。


 普通に考えれば、きちんと魔法を教えてもらうべきだろう。”凄いこと”の意味は分からなかったが、今より効率よく魔法を使えるようになるのであれば、治癒魔法の施術も楽になるに違いない。


 それでもミアは、フェリシアの話を断った。


「私は、今のままでいいと思っています」


 ミアにとって治癒魔法は、大好きだった院長先生との絆。

 院長先生の想いを受け継ぐ唯一の手段。


 頑なに、というほど強固な意志ではなかったが、ミアは、そこに他人が入り込むことに抵抗を感じた。

 しばらくミアを見つめていたフェリシアが、やがて答える。


「そう。じゃあ仕方がないわね」


 あまりにもあっさり引き下がるフェリシアに、周りのみんなが驚いた。


「いいのか? あんなに熱く語ってたのに」


 ミナセがフェリシアに確認する。


「私ね、最近、冷静に自分の人生を振り返れるようになったの」


 フェリシアが、エム商会のみんなを見ながら話し始めた。


「私は、ずっと他人の言う通りに生きてきたわ。お前には選択肢なんてないんだって言われて、それをそのまま鵜呑みにしていた。おかげで私は、簡単に人を騙したり、簡単に命を奪うことのできる人間になってしまった」


 フェリシアの言葉にミアが驚く。


「でも、今の私は違う。社長やみんなと出会って、いろいろな選択肢があるんだってことを知った。自分の意思で、進む道を選んでもいいんだってことが分かったの」


 ミアを見て、フェリシアが微笑んだ。


「だからね、私、人に選択を押し付けたりしたくないの。相手の人に、納得して選んでほしいのよ」


 フェリシアの本心らしかった。


「それにしちゃあ、最初の声の掛け方は強引だったと思うけど」

「そうね、反省してるわ」


 ヒューリの冷静な指摘に、フェリシアは照れくさそうに笑った。


「私ね、あの夜、社長に”来い!”って言ってもらって、凄く嬉しかった。心が震えるほど嬉しかったの。それでね、ミアは絶対に魔法を勉強するべきだって思った時、一瞬社長の顔が浮かんじゃって……」

「たしかにあれは感動的でした!」


 リリアが、あの夜の出来事を思い出して目を輝かせる。


「でも、無理があるわよね。あの時とは状況が違い過ぎる。ミアにとって、私は突然やってきた謎の人間だもの」


 フェリシアが、ミアにきちんと向き直った。


「ごめんなさい、変なことを言っちゃって」


 そう言いながら、頭を下げる。


「あ、いえ、そんな」


 ミアは、曖昧に返事をした。

 その顔は、ちょっと困ったような、ちょっと気まずそうな、そんな表情だった。

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